第6話 不思議な人
馬車が止まったのはアルカディウス辺境伯の城塞だった。
間近には国境があり、その先は蛮族の住むという不毛の地が広がっている。
城に到着するとリリアーナとニケは客人として迎えられた。
城内の一室にお茶と菓子が準備され、リリアーナはカシウスと向き合っている。
「ようこそ、我が領へ。改めましてこの辺境を治めております、カシウス・アルカディウスと申します」
「私はリリアーナ・ヴェリディア、ヴェリディア侯爵家の娘でございます。この度は私と従者の命を助けていただきありがとうございました」
「ヴェリディア侯爵家の令嬢が何故こんな辺境まで来られたのか、詳しい話をお聞かせいただけますか?」
「ええ。長い話になるのですが――」
リリアーナは、義妹の起こした聖女騒動、婚約者との婚約破棄で王都を追われたこと、協力者を求めて辺境を目指していたことを話した。
事の顛末を聞き終えたカシウスは大きく息を吐き出すと、リリアーナを気遣う。
「そうでしたか。つらいことを思い出させて申し訳ありません。ここにはあなたを害する人はいませんから、安心してください」
「ありがとうございます。もう平気ですわ。もともと婚約者が義妹を好きであることは知っておりましたし、義妹の嫉妬も知っておりました。ですが、罪もない民衆を操るという大罪を起こした義妹を許すわけにはまいりません。どうか、お知恵をお借りしたく思います」
「ええもちろん。聖女を謀る偽物とは、こちらも許してはおけません。それにこの件は、私が追っている話ともつながりそうです」
「追っている話?」
リリアーナが首を傾げる。
「ええ、これから話すことは他言無用でお願いいたします」
カシウスの真剣な声に頷くリリアーナを見て、カシウスは話を続ける。
「実は私は、エルドラン王国の第二王子で、アルセリア国王の依頼を受けてこの地を管理するとともに、アルセリア国王の近くにいる裏切り者を探していました」
「まぁ! 知らずとは言えご無礼をお許しください」
「気にしないでください。それよりこのことはごく一部の者しか知りませんので内密に」
「分かりました。それで、その」
「どうぞ、カシウスと呼んでください」
「では、カシウス様、先ほど言っていらした裏切り者のことですが」
「ああ、調査の結果、宰相のガレル・クロマクが、現アルセリア国王の失脚を目論んで御しやすい王太子を王に担ぎ上げようとしていることが分かりました」
「ガレル・クロマク侯爵ですか……確かに王都でもよい印象はありませんでした」
リリアーナは真実視の目で見たガレルの陰湿な印象を思い浮かべる。
表向きは国王に忠誠を誓う忠実な姿勢を見せているが、野心が高く、忠義の心など全くない男だ。
カシウスの情報とリリアーナの能力によって感じ取れる印象が一致している。
思い返せば、セラフィナの聖女事件の場と王宮での婚約破棄の場、どちらにも他の貴族たちと共にガレルの姿があった。
「ガレル・クロマクは王都で暗躍しており、自分にたてつく者達を追放していました。私はこの地で追放された者達を集めてガレル・クロマクとその一派の失脚を狙っています。こちらでリリアーナ嬢の継母と義妹がクロマク一派であるか、詳しく調べてみましょう」
「ありがとうございます。私に出来ることがあればおっしゃってください」
「それは心強い。ですがリリアーナ嬢、ひとまずゆっくり休んでください。気丈にふるまっておいでだが、王都での裏切りは貴女の心を大きく傷つけたでしょう」
カシウスの深い紫の瞳が真の慈愛を持ってリリアーナを見つめる。
(なんなのかしら、この人は?)
何故彼女達を助けたのか、裏に何かあるのではないか、信じてもいいのだろうか?
リリアーナの力をもってしても、カシウスから伝わるのは、自国とアルセリア国王どちらの民をも守ろうという広い心とリリアーナに対する優しさだけだ。
(私は、傷ついていたのかしら?)
裏切られるのが当たり前で、人の裏にある気持ちはいつ牙をむくか分からない。
真実視の目の力を持つリリアーナは、そのことを肝に銘じて生きてきた。
それは彼女にとっては、当たり前すぎて、今回のセラフィナのことも傷ついたという感情があったのか、悲しいと思ったのか、自覚がない。
だが、カシウスの言葉は、何となくリリアーナの心を温かくする。
「カシウス様、お気遣いありがとうございます」
リリアーナは笑みを浮かべる。
(おばあ様、ここでなら、この方なら……)
リリアーナの心に新しい何かが芽吹いた。
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