第5話 アルカディウス辺境伯
ゴトゴトゴト――
「……ん」
身体に伝わる規則的な振動に、リリアーナの意識が浮上する。
「リリアーナ様、お目覚めになりましたか!」
リリアーナの様子に気付いたニケは安心した笑顔を見せる。
「ニケ……ここは、馬車の中?」
「はい。この馬車は辺境伯様の馬車で、予定通り辺境伯領へ向かっています」
「どうして? 私が眠ってしまった間に何があったの?」
「実は魔物に襲われた際に助けてくださった騎士様が、アルカディウス辺境伯だったのです」
「そんな、辺境伯様の前で倒れてしまうなんて、無礼をはたらいてしまったのね。今アルカディウス辺境伯様はどちらにいるの?」
「騎馬隊の皆さんと一緒にこの馬車の先導をしてくださっています」
「そうなのね。後でお礼を言わなくては。それと、私たちの乗っていた馬車の御者と騎士は……」
「残念ながら……」
「そう、そうよね」
リリアーナは自分のせいで失われた命に、ぐっと拳を握る。
(私がこんなところへ来ることになってしまったばかりに、罪もない人々を死なせてしまった)
リリアーナの様子に、心を痛めたニケは話題を変えるように努めて明るい声で言う。
「あっ、お嬢様、もうすぐ村へ到着するようですよ! ほら、外をご覧ください」
「ええ、後でせっかくだからアルカディウス辺境伯様にこの地の美味しいものを聞きましょうね」
「ふふ、はい! リリアーナお嬢様!」
「――ありがとう、ニケ」
馬車の外には賑やかな人の声と平和な朝市が広がっていた。
村を通りすぎる中、度々聞こえてくるのは、活気のある声だった。
「カシウスさま~」
「はくしゃくさま、おはようございます」
そしてカシウスを呼ぶ親し気に呼ぶ住民たちの声にリリアーナは驚いた。
(随分と民に慕われているのね。社交界ではよくない噂ばかり聞いていたけれど、所詮は蹴落とし合いの世界ね)
社交界は華やかではあるが、様々な愛憎渦巻く世界だ。
腹芸など当たり前ではあるが、ことさら真実視の目を持つリリアーナにとって得意な場所ではあれど、とても好きなところとは言い難い。
馬車の小さな窓から外を見ると、馬に乗っているカシウスに声を掛ける子供たちと、威厳と気品のある態度でありながら、優しい表情で子供たちと会話するカシウスが目に映る。
(民のことを思う素晴らしい統治をされているのだわ。素敵な人)
ふとカシウスがリリアーナの方を振り向き、目が合った。
「ッ!」
突然の出来事に驚いたリリアーナは思わずめくっていた日よけを下ろすと、慌てて正面を向いた。
「お嬢様?」
ニケが不思議そうな顔をするがそれどころではない。
(私ったら、婚約者にもこんなにドキドキとしたことはなかったのに……)
軽く微笑んだカシウスの表情に、鼓動が早鐘をうつ。
(あの方は他の人とは違う気がする)
リリアーナは自分の中に生まれた恋心を自覚する。
思わず目線を外してしまった、失礼なことをしてしまったと後悔するが、早く話したいという気持ちと詳しい話をすることが怖いという思いで揺れるのだった。
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