第1話 リリアーナの憂鬱
久しぶりの新作です。リハビリがてらぼちぼち書いていきますのでお付き合いただければうれしいです!
鏡に映る自分の瞳を見つめながら、リリアーナ・ヴェリディアは小さく息を吐いた。
(こんな能力、なければいいのに……何度思ったかしら)
彼女の深い蒼色の瞳にはヴェリディア侯爵家に伝わる不思議な力が宿っている。
『真実視の目』と呼ばれるこの力は、相手の嘘を見抜き、隠された感情を暴く。
この瞳のせいでリリアーナは、人の心が信用ならないものだと知っていた。それが家族であっても。
「お姉様、レオナルド様がいらっしゃいましたわ」
ノックの後に扉の向こうから声がかかる。
セラフィナ・ヴェリディア——16歳になったばかりの義妹は、まるで天使のような美しい微笑みを浮かべて立っている。
「ありがとう、セラフィナ。すぐに行くわ」
リリアーナが微笑み返すと、セラフィナの表情に一瞬陰りが映る。
普通の人間なら見逃してしまうほど微細な変化だったが、真実視の目の前では隠すことなどできない。
(嫉妬、憎悪……野心ね)
リリアーナの表情は変わらなかった。むしろ、より優しげな微笑みを浮かべる。
「セラフィナ、その髪飾りとても似合っているわね。お義母様からの贈り物?」
「あ、はい! 母様が私には聖女様のような清楚さが似合うと贈ってくださいました」
セラフィナの頬が薔薇色に染まる。
(レオナルド様からいただいたのね。婚約者である私に見せたかったというところかしら)
その言葉に込められた嘘をリリアーナは正確に読み取った。
「やあ、リリアーナ」
「お待たせいたしました、レオナルド様」
リリアーナとセラフィナが応接室へ向かうと、婚約者のレオナルド・グランディアが立ち上がって挨拶した。
22歳の彼は公爵家の長男で、金髪に緑の瞳の美しい青年だ。
2人へ優しい笑みを浮かべているように見えるが、リリアーナの瞳には別のものが映っている。
彼の視線がセラフィナに向けられる瞬間の熱量、愛情。そして、リリアーナを見る際に映るのは義務感と微かな退屈さ。
(この人は、私との婚約を政略結婚としか思っていない。そして、セラフィナに惹かれている)
リリアーナは2人が自分を裏切っていることを知っていた。
レオナルドが婚約者に会いに来たということで、3人で茶会を行うのはいつものことだ。
「セラフィナ、昨日は教会の慈善活動に行ったんだって? どうだった?」
レオナルドはセラフィナへ声をかける。
「ありがとうございます。貧しい子供たちが喜んでくれて、とても嬉しかったです」
セラフィナは頬を染めて答える。
リリアーナは静かに紅茶を飲みながら、二人の会話に耳を傾けた。
表面的には何の問題もない、兄妹と義妹の日常会話。しかし、真実視の目は全てを暴いている。
セラフィナの慈善活動への参加は、純粋な善意ではなく、レオナルドの気を引くためだった。
またレオナルドも彼からの贈り物を付けているセラフィナを可愛らしいと思っている。
「そういえば、来週の聖堂での祈祷式だが二人はどうする?」
「もちろん参加させていただきます」
セラフィナが即座に答える。
「そうか。素晴らしいな」
「いえ、私は恵まれない方の救いになればと。お姉様も参加されますよね?」
表向きは心優しくリリアーナを誘うセラフィナだが、リリアーナを見る目には、巧妙に隠された敵意と企ての気配がある。
「もちろんよ」
リリアーナはふわりと上品な笑みを浮かべて答える。
夜、リリアーナは自室で読書をしていた。
本に目を通しながらも考えているのは、セラフィナたちの行動について。
彼らは以前からリリアーナを邪魔だと思っている。
前妻の娘でありヴェリディア侯爵家の長女であるリリアーナは、継母と連れ子のセラフィナからすれば疎ましい存在には違いない。
(ずっと彼らにいい感情は抱かれてなかったけれど、そろそろなにか行動しようとしているのね。だけど、方法までは分からない。用心しておいた方がいいわね)
リリアーナは聡明で美しいだけではなく、高い魔力を有している。
その上、真実視の目を授かっていた。
知っていたのは、亡くなったリリアーナの祖母だけだった。
母は幼い頃に亡くなり、父は仕事で忙しい人であるためリリアーナの特殊な能力に気付くことはなかった。
リリアーナは祖母の遺言を思い出していた。
「いいかいリリアーナ。その力は絶対に知られてはいけないよ。貴女が心から信用できると思った人にだけ話しなさい」
祖母は若い頃に同じ能力を持っていた。
リリアーナを守るためにそう言ったのだと、リリアーナは身をもって実感している。
(おばあさま、信じられる人なんて見つかるのかしら……)
ゆっくりと目を閉じて祖母のことを懐かしむ。リリアーナの静かな夜は更けていった。
読んでいただきありがとうございました!