8 キスはまだ早いです
翌朝。エミリアは朝食を持ってリオンの部屋を訪れた。エミリアが部屋に入って来ると、リオンは相変わらず嬉しそうな顔をエミリアに向けてくる。
(またそんな顔をして……本当に、戦っている時とのギャップがありすぎてなんだか困ってしまうわ)
「おはようございます、リオン様」
「ああ、おはよう、エミリア」
リオンのベッドのサイドテーブルに朝食の乗ったトレイを置くと、リオンはふふっと小さくわらった。
「どうしたんですか?」
「いや、俺は今までこうやって安静にしていなければならないほど傷を負ったことがなかった。でも、こうして毎日エミリアに食事を食べさせてもらえるなら、傷を負うのも悪くないなと思って」
リオンの言葉に、エミリアは眉を盛大に顰める。
「リオン様、本当は自分で食事をとることができますよね?昨日は仕方ないと思って食べさせてあげましたけど、今日からはちゃんと自分で食べてください。あと、傷を負ってもいいだななんてそんなこと言わないでください。屋敷の皆さんも、兄も、……私もリオン様が怪我をするのは嫌です」
(初めてこんなに怪我してしまったのに、困ったり嫌がるどころかむしろ嬉しそうにするなんて……リオン様ったらやっぱりちょっとズレてるのよね)
少しムッとした顔でエミリアがそう言うと、リオンは目を丸くしてからふんわりと嬉しそうに微笑む。
「エミリア、俺のことを心配してくれるんだな。嬉しいよ。わかった、エミリアの嫌がることはしない。あと、食事も仕方ないから自分で食べる。でも、薬は飲ませてくれるだろう?カイルは俺の言うことはなんでも聞くようにと言っていたはずだ」
「なっ………!」
少し意地の悪そうな顔をするリオンに、エミリアは昨日のことを思い出して顔を真っ赤にする。薬は、リオンの希望で口移しで飲ませることになったのだ。
(あ、あんな恥ずかしいことをまた今日もするなんて無理!)
「く、薬もご自分で飲んでください!」
「どちらもダメなのか?せっかくエミリアがこうしてそばにいてくれるのに。仕方ない、カイルにエミリアが俺の言うことを一つも聞いてくれないと泣きついてみるか」
「リオン様!それは卑怯ですよ!……でしたら、朝食は食べさせてあげます。それならいいでしょう?」
(お兄様に告げ口なんてされたら、また突然乗り込んできて何を言われるかわからないわ)
エミリアが慌ててそう言うと、リオンは顎に手を添えてふむ、と考えると、すぐににっこりと微笑んだ。
「わかった、それで手をうとう」
満足げな顔でリオンは言うと、ふと何かを思い出したようにエミリアを見つめる。
(リオン様、どうしたのかしら?)
エミリアが不思議そうにリオンを見つめ返すと、リオンはエミリアの手を取ってエミリアを引き寄せた。
(えっ!?)
「そういえば、キスをするんだった。昨日できなかったんだ、今日しよう」
「はっ?なっ!どうしてそうなるんですか?昨日も言いましたけど、キスはしなければいけないものではなくてですね、したいと思うからするのであって」
「だから、俺はエミリアとキスがしたい。昨日もそう言っただろう、それだけではダメなのか?」
「……へっ?」
(今、リオン様、キスがしたいって言った?私と、キスがしたい?そういえば確かに、昨日そう言われはしたけど……)
突然のリオンの言葉に、エミリアは唖然とする。そして、さも当然だと言うような顔のリオンに見つめられて、だんだんとエミリアの顔は熱くなってくる。
「昨日も言ったが、俺は君のことが好きだ。君は勘違いだと言うが、これは勘違いでもなんでもない。君のことが好きで、触れたいしキスがしたい」
(な……!?)
リオンの美しい金色の瞳が、期待と不安の間で揺れながらだんだんと近づいてくる。そして、リオンの唇がエミリアの唇にもう少しで触れてしまう所まで近づいた時。
「だ、ダメです!今日からお互いにお互いのことを知るようにしましょうと言いましたよね!先にそちらからですよ!」
エミリアがリオンの口元に手を当ててガードしながら言うと、リオンはジトっとした目をエミリアに向けて、エミリアの手を掴んでよける。
「それはそうだが……お互いのことを知るのが先ということは、それができたらキスしてもいいと言うことか?」
掴んだエミリアの手を握ったまま、リオンはエミリアを期待の眼差しで見つめる。
(うっ、そんな目で見ないでください……!)
「そ、それは……」
「そうじゃないなら、今すぐキスを――」
「あーっ、そうです!そうですから!今すぐはダメですよ!」
エミリアが慌てると、リオンは口の端を上げてしてやったりな顔をする。
「言質は取ったぞ」
(どうしてこの方はこう、疎いと思っていたら急に積極的になるの!?意味が分からない!)
わかりやすそうに見えて全く掴めないリオンに、エミリアは振り回されっぱなしだ。
「う……あ、とりあえず朝食!朝食を食べましょう!せっかくの食事が冷めてしまいます」
エミリアはそう言ってそそくさとトレイに手を伸ばす。そんなエミリアを見て、リオンは嬉しそうに微笑んでいた。