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6 それは勘違いです

「今からキスをしよう」


(私、今何か聞き間違いをしてる?リオン様、何を言ってるの?)


 エミリアはリオンの突拍子もない発言に意味が分からず力が抜けてしまい、また椅子に座りこんでしまう。そんなエミリアの両手からリオンはトレイを取って、サイドテーブルに静かに置いた。


「あの、どうしてそうなるのですか?」


 リオンの言ってる意味がさっぱりわからない。エミリアが唖然としていると、リオンはさも当然だというような顔をしている。


「口移しで薬を飲ませるまえに、本来はキスをするべきだったんだろう?順番が逆になってしまったが、今からキスをしたらいいと思って」


(あ、ダメだこの人、やっぱり考え方が斜め上を行き過ぎててついていけない)


 エミリアは頭を抱えてうーっと唸る。そんなエミリアを見て、リオンは頭にはてなマークを浮かべながらきょとんとしている。そんな不思議な空間の中、突然廊下からバタバタと走って来る音が聞こえてきた。


「リオン殿下!失礼します!」


(その声は、お兄様!?)


 エミリアが驚いて顔を上げると、ドアが盛大に開かれて一人の騎士が入って来た。それは、エミリアの兄、カイルだった。癖のないサラリとした金髪にエミリアと同じアメジスト色の瞳。騎士服を着た体は鍛え抜かれていて逞しい。


「カイル!急にどうしたんだ?」

「本当に、うちの妹が申し訳ありませんでした!」


 カイルは部屋の中に入って来ると、部屋の中央で突然土下座をする。


「お兄様!?」

「……何事だ?」


 エミリアもリオンも驚いてカイルを見るが、カイルは土下座したまま頭を上げない。


「妹を庇ったせいで、リオン殿下が大きな傷を負ったと聞きました。殿下がそのような大きな傷を受けることなど、今までありませんでした。本来であれば、むしろ妹が殿下をお守りすべきです。これも、妹が騎士として半人前だったからに他なりません。『最強の騎士』のギフトを持つ者として、あるまじきこと。本当に、申し訳ありません」


 カイルはそう言って、床に額を押し付ける。


(お兄様……!)


 自分のせいで兄が土下座をしている。突然前触れもなく第三王子の部屋に突入してくるあたり失礼すぎるのだが、この兄は普段から猪突猛進なところがある。リオンにとっても当たり前の光景なのだろう、リオンは気にすることなくカイルに声をかけた。


「カイル、顔をあげてくれ。それに、いつもみたいに呼び捨てで構わない。学生時代からの、俺とお前の仲だろう?」


(お兄様は守秘義務だとか言ってあまりリオン様の話をなさらなかったけれど、そう言えばリオン様とお兄様は学生時代、同級生だったのよね)


 リオンの言葉に、カイルは唇を噛みしめながら顔を上げる。


「謝られることじゃないから気にしなくていい。それに、エミリアのことを庇ったのは俺が勝手にやったことだ。エミリアは何も悪くない」

「だけど……」

「エミリアは俺の婚約者で大切な未来の奥さんだ。俺が守るのは当たり前だろう?兄であるお前が土下座することじゃない。むしろそんなことされたら、俺の方が困ってしまう」

「リオン……」


 カイルはゆっくりと立ちあがり、ベッドのそばまできて片膝をついた。そして、真剣な表情でリオンを見つめる。


「リオン、俺の大切な妹を守ってくれてありがとう。数日は安静に過ごさなければいけないんだろう?妹になんでも言ってくれ。エミリアも、リオンの頼みは何でも聞くように、いいな!」

「うっ、はい……」


 カイルの言葉を聞いて、リオンはニヤリと悪い笑みを浮かべエミリアを見る。それに気づいて、エミリアはひえっと肩をすぼめた。そんな二人を見て、カイルは満足そうに微笑み、立ちあがる。


「リオン、お前がエミリアの婚約者になってくれて本当によかった。ありがとう」

「ああ」

「突然悪かったな。実は仕事を抜け出してきてしまったんだ。俺は戻るよ」


 カイルはそれじゃ、と言って部屋を出て行った。カイルが去ると、部屋の中は静寂に包まれる。チラ、とリオンの方を見ると、リオンはエミリアを見て微笑んでいた。


「カイルは、俺の頼みを何でも聞くように、と言っていたな。そういうわけだ、今からキスをしよう」

「いやだからなんでそうなるんですか!もうっ」


(お兄様、突然やって来たと思ったら変な爆弾投下してすぐにいなくなってしまうんだから)


 はあ、と小さくため息をつくと、リオンは少し寂しそうにエミリアを見つめる。


「そんなに俺とキスするのが嫌なのか」

「……えっ?そういうわけではないですけど」


(って、思わず何を言ってるの私)


 エミリアの言葉に、さっきまでシュンとしていたリオンは目を輝かせて嬉しそうにしている。それを見て、エミリアは顔を片手で覆ってうなだれた。


「あのですね、そもそもキスはしたいと思うからするもので、しなきゃいけないことではないんですよ。それにリオン様は別に私のことを好きなわけではないでしょう。それなのにキスしようだなんて……」

「は?」


 リオンから、ドスの効いた低い声が聞こえてくる。エミリアは驚いて顔を上げると、リオンからおどろおどろしい空気が醸し出されている。


(えっ、お、怒ってる!?)


「どうして俺が君を好きじゃないと?俺は、君のことが好きだと最初に言ったはずだ」

「それは……」


(どうしよう、今まで勘違いしてるから、とは言えなかったんだ……!)


 うっと言葉に詰まっていると、リオンはエミリアの両手をしっかりと握り締める。


「俺は、君のことが好きだ。君に殴られたとき、胸がドキドキしてどうにかなりそうだった。真剣勝負で君の剣が目の前をかすめたとき、胸が熱くなってたまらなかった。君といると、俺は今まで感じたことのない思いに駆られて我を忘れそうになる。こんな風になるのはエミリアだけだ」


(やっぱり、そうなんだ。リオン様は、今まで感じたことのない感覚を得て、ただ高揚しているだけ。それを、恋と勘違いしているだけ)


 胸がきゅっと痛む。最初から分かっていたことじゃないか。それなのに、胸が痛い。それでも、ちゃんと言わなければいけない。エミリアは、小さく息を吐いてからジッとリオンの目を見た。


「リオン様、それは私のことが好きなのではなくて、勘違いしているだけです。初めての感覚で得られる胸のドキドキを、恋したドキドキと勘違いしているだけです。だから、リオン様は私のことが好きなわけではないんですよ」


 自分の手を掴むリオンの両手をそっと外して、優しく諭すようにエミリアは言う。そして、エミリアは立ち上がり眉を下げて微笑んだ。その顔を見て、リオンは両目を大きく見開く。


「それが恋心ではないとわかったなら、いつ婚約を解消されても私は構いません。リオン様には、きっともっとふさわしい方がいらっしゃいます。私みたいなできそこないの騎士のせいで傷を受けることももうありません。リオン様は、もっとご自分を大事になさってください」


 エミリアはベッドから少し離れて、立ち止まった。


「リオン様、一緒に過ごした時間は少なかったですし、驚くようなことばかりでした。でも、楽しかったです。今までありがとうございました」


 そう言って、エミリアはお辞儀をしてすぐに踵を返し、ドアへ向かって歩き出す。


(これでいい、リオン様には、勘違いだってちゃんとわかっていただくのが一番いいのよ)


 どうしてか胸がズキズキと痛むのを無視して、エミリアは前を向いて足を進める。だが、ドアにたどり着く前に、トンッと背中に温かいものが触れる。


「……リオン様?」


 エミリアは、リオンに後ろから抱きしめられていた。 


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