4 ギャップがありすぎて困ります
「エミリア嬢。今日は来ていただいてありがとうございます。団長は別の任務で不在なので、エミリア嬢が来てくれて本当に助かりました」
エミリアがリオンと婚約することになってから一週間後。エミリアは騎士として獰猛な魔物が出没すると言う森の中へ来ていた。
エミリアは騎士団に所属していないが、騎士団をまとめる侯爵家の娘であり『最強の騎士』のギフトを持っている。そのため、エミリアの兄である騎士団団長のカイルが不在の時は、よくエミリアが任務に駆り出されていた。
「いえ、私でお役に立てるのであれば光栄です」
騎士服に身を包んだエミリアがにっこりと微笑むと、隊長はほんの少しだけ頬を赤らめる。だが、エミリアの背後に視線を移すと、今度は打って変わって青ざめた。
「な、リオン殿下!どうしてこちらに?」
(え?リオン様?)
隊長の慌てぶりにエミリアも驚いて振り返ると、いつの間にかエミリアのすぐ後ろにリオンがいて、エミリアの肩をそっと抱き寄せる。
(んんん!?えっ!?何!?)
突然のことにエミリアはパニックになり、顔を真っ赤にしながら驚いてリオンを見上げる。すると、リオンはエミリアを見下ろしながら顔を顰めた。
「エミリア、今日も顔が赤いぞ。また風邪でもひいているのか?そんな体では任務に行かせることはできない。君はすぐに屋敷に帰るんだ」
「はえっ!?いや、あの、突然リオン様がこんなに密着しているので驚いただけです!風邪をひいてはいませんし、とても元気だから大丈夫です!」
エミリアが慌ててそう言うと、リオンはさらに顔を顰めてじっとエミリアを見る。
「そうなのか?それならいいが……」
「あの、リオン殿下、どうしてこちらに?今日は非番の日ではありませんか」
「婚約者が任務に駆り出されたと聞いて慌てて来たんだ。ここの魔物は獰猛で危ないと聞く。そんなところに俺の大事な婚約者を任務に当たらせるわけにはいかない」
「いや、でも、エミリア嬢は今までも度々任務に来ていただいています。それに、エミリア嬢には『最強の騎士』のギフトがあるんですよ。誰よりも強いんです、魔物ごときにやられるわけが……」
隊長がそこまで言ってから突然ひいっと小さく悲鳴をあげて縮こまる。エミリアが不思議に思ってリオンを見ると、リオンはものすごい形相で隊長を睨みつけていた。
「たとえ『最強の騎士』のギフトを持っていても、エミリアに危険が及ぶ可能性はゼロではないだろう」
「う、は、はい、おっしゃる通りでございます」
(いやいや、先週私を殺そうとしていた人が一体どの口でそんなことを言ってるんですか)
呆れた顔でエミリアがリオンを見つめていると、リオンは何だろうか?という顔でエミリアを見つめ返す。エミリアが口を開いて何か言いかけたその時。
「うわああああ!」
突然悲鳴が聞こえ、近くの野営場にいた騎士たちがバタバタと逃げてくる。
「どうした!」
「ヒュドラが!突然!」
「は?ヒュドラだと!?」
隊長が驚いたように言うのと同時に、前方の木々がバキバキッと大きな音を立てて崩れていく。そして、目の前には五つの首をもつ大きなヒュドラがいた。
「どうしてこんなところに!?獰猛な魔物がいるとは聞いていたけれど、ヒュドラがいるなんて報告はなかったぞ!こんなの太刀打ちできるわけがない!て、撤退!一時撤退だ!全員撤退!」
隊長が大声をあげると、近くにいた騎士たちは一斉に走り出す。エミリアも走り出そうとするが、運悪くヒュドラの頭の一つがエミリアに向かって頭突き攻撃をしてきた。エミリアは咄嗟に避けるが、ヒュドラの頭がいくつも連続して攻撃してくるので避けることしかできない。
(ヒュドラの攻撃を避けるのが精一杯で、この場から逃げることができない!なんとかしないと)
エミリアが剣を構えて走り出す。向かってくるヒュドラの首を一撃で切り落とすが、首はすぐに再生してしまった。
(やっぱり切るだけじゃ無理よね。すぐに再生してしまうもの……どうしたらこの場を切り抜けられるだろう)
走りながらエミリアが考えていると、気づかないうちにヒュドラの顔がエミリアのすぐ目の前にある。
(いつの間に!?ダメだわ、間に合わない!)
ヒュドラの口が大きく開き、牙がエミリアの体を貫こうとしたその時。
ザシュッ!
(あ、れ?痛くない?)
目を瞑っていたエミリアは、そうっと目を開く。すると、目の前にはレオンの背中がある。だが、その体はヒュドラの牙によって貫かれていた。
「レオン様!!」
エミリアの悲鳴のような声が鳴り響く。
「……エミリアには何人たりとも、たとえ魔物であったとしても絶対に指一本触れさせない!エミリアに触れていいのは、俺だけだ!」
そう叫ぶレオンの顔は、獰猛という言葉がぴったりだった。レオンは大量の血を流しながら目の前のヒュドラの首を一撃で切り落とす。さらに、そのままものすごいスピードで走り出し、ヒュドラ全体を目では追うことのできない速さで切り刻んでしまう。
「これで終わりだ」
レオンの剣が光り、剣に炎が宿る。そしてレオンが剣をみじん切りになったヒュドラに向けて一振りすると、辺り一面が炎に包まれる。ヒュドラは、あっけなく再生不能になって倒された。
(え……何?この光景……レオン様が、あっという間に、ヒュドラを倒した?)
目の前には、炎の光に照らされながら剣を鞘におさめているレオンがいる。『不屈の身体』のおかげだろうか、傷口から流れる血は止まっていた。
「大丈夫か?エミリア」
振り返りエミリアの方へ歩いてそう言うレオンは、なんてことないいつも通りのレオンだ。あまりの光景にエミリアは唖然としていたが、ハッとして目を大きく見開いた。
「レオン様!大丈夫ですか!?」
「ああ、別に、これくらい痛くもなんともない」
そう言ったが、不意にレオンがふらり、と立ちくらむ。
「レオン様!」
エミリアが慌ててレオンの体を支えると、レオンは力なく微笑んだ。
「すまない、眩暈がした」
「当たり前です!あんなに血を流したんですよ!とりあえず座ってください、治癒魔法をかけますから」
エミリアがそう言ってゆっくりと地面にレオンを座らせると、エミリアは急いで治癒魔法をかける。真剣な眼差しで両手をレオンへ向けるエミリアを、レオンはじっと見つめていた。
「……綺麗だな」
「……?喋らないでください、傷口が開きます」
「すまない」
(こんなに大きく抉られているのに、普通に喋っているなんて、やっぱり『不屈の身体』のギフトの持ち主なんだわ。でも、だからってこんな無茶するなんて……)
バックリと割れた傷口を見ながら、エミリアは驚き戸惑っていた。何より、レオンは自分を庇ったせいでこんなにも悲惨な傷を受けているのだ。エミリアは悲痛な顔でレオンに言う。
「申し訳ありません。私を庇ったせいで、こんなことに」
「いいんだ。君が無事でよかった。俺はこの通りギフトのおかげで痛くもなんともない。だから気にしなくていい」
「でも……」
「俺は君が危ない目に合う方がよっぽど嫌だ。君には死んでほしくない、絶対に」
真剣な眼差しでレオンは告げる。
(でも、それは私がレオン様に痛みを与えられる人間だからということなのよね?レオン様にとって貴重な人間だからと言うだけで、別に愛情があるわけでもなんでもない……って、何を考えているの?今はレオン様の治療に専念しないと)
エミリアの胸の中がなぜかチクリと痛む。だが、その痛みを考えないようにして、エミリアはレオンに治癒魔法をかけ続けた。
「これでなんとか傷口は塞がりました。でも流れ出た血まで魔法で回復するわけではないので、数日はちゃんと栄養のあるものを食べて安静にしていてくださいね」
「ああ、わかった。ありがとう、エミリア」
治療が終わると、レオンは嬉しそうにエミリアの手を握って微笑む。その微笑みに、エミリアの胸はまたなぜかチクリと痛んだ。レオンが立とうとするのでエミリアも一緒に立ち上がる。すると、レオンはまたふらついてしまい、エミリアに抱き止められる形になる。
「大丈夫ですか!?急に立ち上がってはダメですよ」
「すまない、……少し、こうしていてもいいだろうか?エミリアの温もりを感じていたい」
レオンは、支えてくれているエミリアの肩に頭をそっと乗せている。そしてそのまま、頭を小さくグリグリとエミリアの肩に押し付けた。
「レオン様!?」
「ん……こうしているのは、迷惑か?」
顔を少しあげて、エミリアを見上げるようなレオンの表情は、まるで捨てられた子犬のようにしょんぼりしている。
(な、何!?その顔は反則なのでは!?)
「め、迷惑ではありません」
「……そうか、それならよかった。もう少しだけ、こうさせてくれ」
そう言って、レオンは嬉しそうにエミリアの肩にまた頭を添えている。
(え……もしかして、レオン様に甘えられている?う、嘘でしょう?)
さっきまであんなに獰猛で、ヒュドラをあっという間に倒してしまうほどの強さなのに、今はまるで可愛い子犬のように甘えてきているではないか。あまりのギャップに、エミリアは胸がキュンとしてしまった。
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