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2 真剣勝負するなんて聞いていません

「でかしたぞ、エミリア!第三王子から婚約を申し込まれるなんてすごいじゃないか!」


 その日、夜会から帰ってくるとすぐにリオンから婚約を申し込まれたことを父親へ報告した。すると、父親は両手を広げて大喜びしている。


「いや、あの、婚約を申し込まれた理由を言いましたよね?父親としてそんな相手に娘を嫁がせるのは心配ではないのですか?」

「何を言うか。リオン殿下はお前に一目惚れしたようなものだろう?それにお前の拳にも惚れたなんて、アルベルト家として誇らしいじゃないか」

「そうよ、『最強の騎士』のギフトがあるせいで、あなたは今までどんな男性にも女性として全く魅力を感じてもらえなかったのよ。婚約にすら辿り着けなかったのに、まさか婚約の申込み、しかも第三王子からだなんて!喜びこそすれ、心配するだなんておかしいわ」

「リオン殿下がエミリアのお相手となるなら、俺も心強いな。エミリアよりも弱い男になんて絶対にエミリアを渡さないと思っていたが、リオン殿下なら申し分ない。むしろ、エミリアでいいのかと思ってしまう。本当にありがたい話だ」


(あーだめだ、この家の人間はみんなこういう人たちだった。自分の血の繋がった家族とはいえ、なんでこうみんなちょっと思考がずれてるのかな?脳筋すぎる)


 確かに、エミリアは『最強の騎士』のギフトのせいで、男性から距離を取られていた。どうせ自分よりも強いのだからと恋愛対象にも婚約者対象にもならないのだ。

 だからといって、今回の話が嬉しいものかと言われると違う。


 だが、両親と兄は手放しで喜んでいて、誰一人エミリアの憂いに気づこうとはしない。エミリアは片手で頭を抱えながら大きくため息をついた。





(ど、どうしてこんなことになっているの!?)


 エミリアの目の前には、剣を構えたリオンがいる。リオンの屋敷の一角にある鍛錬場で、エミリアとリオンはそれぞれ剣を構えて向かい合っていた。


 エミリアがリオンの頬に拳をクリーンヒットさせ、婚約を申し込まれてからあれよあれよと言う間に顔合わせが終わり、正式に書面での婚約が済み、エミリアはリオンの屋敷に住むことになった。エミリアがリオンの屋敷に越してきたこの日、リオンはエミリアに手合わせを申し込んできたのだ。


「どうして本物の剣なんですか。手合わせするなら模擬刀であるべきでは」

「模擬刀では意味がない。君とは真剣勝負がしたいんだ。そうすれば、死の恐怖を俺も感じることができるかもしれない」


(ああ、だめだ、この人本当にだめだ。婚約を申し込まれた日にわかっていたことだけど、やっぱり本当にだめな人だ)


 エミリアははあ、と大きくため息をつく。死の恐怖を味わいたくて、婚約者に真剣勝負を申し込むなんてやっぱりどうかしている。


「さあ、いつでも来てくれ。君の剣を受ける準備はできている。今回は、魔法は使わずに剣だけの勝負にしよう。ああ、でも身体強化魔法は例外だ。使ってくれて構わない」


 ワクワクとした顔でリオンが言うと、エミリアは困惑した顔で首を振った。


「いえ、できません!殿下に剣を向けるなんて……」

「俺が望んでいるのに?それに、もう俺たちは婚約者だ。君を傷つけるつもりはない。だが、君が来てくれないのであれば、俺は全力で君に向かう。君も本気を出さないと命がないと思ってくれ」


(何なのよーっ!無理無理無理無理、意味がわからない!どうして真剣勝負しなきゃならないの!?)


 エミリアが困惑していると、リオンは突然ものすごい勢いでエミリアに向かって剣を振りかざす。


(本当に来た!?)


 エミリアは既のところでリオンの剣を避けるが、リオンはスピードを緩めず、次々と剣をむけてくる。あまりの勢いにエミリアは剣を避けることしかできない。


(この人、本気の本気だわ!このままじゃ本当にまずいかも!)


 エミリアは攻撃を避けながら身体強化の魔法を自分にかけ、さらに剣にも強化魔法をかける。だが、その一瞬の隙をリオンが見逃さなかった。リオンの剣を避けきれずエミリアは咄嗟に剣を受けるが、あまりの威力に吹っ飛ばされそうになるのをなんとか堪えた。


(くっ、重い……!身体強化してなかったら受けきれずに即死だったかも)


 両足の接する地面がメリッと沈む。エミリアは必死に耐えながらリオンの顔を見るが、その形相に目を見張った。リオンの顔は血にうえた獣のように獰猛で残酷さが滲み出ていたのだ。


(これが、リオン殿下の本当の姿……)


 このままでは本当に殺されてしまうかもしれない。エミリアはキッとリオンを睨みつけると、腕に力を入れる。


「はあああ!」


 剣を跳ね返すと、エミリアは自らリオンへ剣を繰り出していく。先ほどまでのスピードをさらに上回る速さだ。剣と剣がぶつかり合い、その衝撃で周囲に暴風が巻き起こる。地面も壁も本来の機能を果たさないほどに崩壊していた。


 エミリアの剣がリオンの目と鼻の先を掠め、リオンの髪の毛がほんの少し切られて宙を舞う。その髪の毛を見たリオンは、ぎらついた目をしたままニヤリと心底嬉しそうに笑った。そして、なぜかそこからリオンのスピードが急激に上がる。


(どうして急にスピードが!?)


 エミリアもなんとかリオンのスピードに追いつき、既のところでリオンの剣を避けたり受けたりしている。だが、明らかに先ほどよりもさらに剣の威力が増していて、エミリアは守るだけで精一杯だ。


(このままじゃ、体力も持たない、かも)


 通常はこんな規格外な戦いはしない。身体強化の魔法をかけているとはいえ、体力も限界が近づいていた。そう思った次の瞬間、リオンの剣がエミリアの剣を跳ね飛ばす。


 キイイン!


 跳ね飛ばされたエミリアの剣が手から離れ、宙を飛んでいく。そのまま、リオンはエミリアへ剣を向け、エミリアは避けようとして体制を崩し、地面に倒れ込んだ。


「ぐっ!」


 倒れ込んだエミリアは呻き声をあげ、見上げる。その視線の先には、エミリアを冷酷な表情で見つめ剣を今にもエミリアへ下ろそうとしているリオンの姿があった。


(だめだ、殺される……!)


 まさか、この国の第三王子から婚約を申し込まれ、挙句の果てにその婚約者に殺される日が来るとは思わなかった。ただ、夜会で逃亡者を捕まえようとして、間違って第三王子の頬に拳をクリーンヒットさせてしまっただけなのに。


(王子に拳を当ててしまった時点で、私の命はないようなものだったのかもしれない)


 リオンの剣が降ってくるのが見えて、エミリアは両目をぎゅっと瞑った。


 ザシュッ


(……あ、れ?)


 どこも痛くない、血も出ていない。剣が刺さった感覚がどこにもなくてエミリアは不思議に思い、うっすらと目を開ける。すると、剣は自分の体の横に突き刺さっていた。剣を確認してからリオンを見上げると、エミリアは小さく悲鳴を上げた。


「ひっ!」


 リオンは目をギラギラさせたまま高揚した顔をしてエミリアを見ている。その表情に、エミリアは死とはまた違う恐怖を抱いた。


「君は、本当にすごいな、俺に、こんな感覚を抱かせるだなんて……!」


 そう言って、エミリアから視線を逸らすと、リオンは自分の両手をじっと見つめている。その両手は、小刻みに震えていた。その両手をリオンはぎゅっと握りしめると、地面に突き刺した剣をリオンは抜いて鞘へおさめた。

 それからまたエミリアの方を向き、エミリアへ片手を差し伸べようとする。だが、その手はエミリアの側に行く前に止まり、ぎゅっと拳を握ってすぐに引っ込まれてしまう。


「本当は、君の手をとって君を起こしてあげるべきなんだろうけど、俺は今それができない。今君に少しでも触れたら、俺は君を押し倒してメチャクチャにしてしまうだろう。今までそんな欲求、一度も感じたことがなかった。だからきっと制御ができない。本当は今すぐにでも君に襲い掛かりたいんだ」


(……は?え?何を言っているの?)


 戦闘の後は興奮がおさまらずその手の欲求も高まるという話は聞いたことがある。だが、今までそんな欲求を感じたこともない人間、しかもあれほどまでの戦闘能力の持ち主だ、今襲われでもしたら違う意味で死ぬ可能性がある。エミリアは青ざめた顔でリオンを見つめると、リオンはそんなエミリアを見て悲しげな、本当に申し訳ないと言わんばかりの表情をした。


「俺は先に自室に戻るよ。君も落ち着いたら自分の部屋へ戻って、湯浴みでもするといい。夕飯までには時間があるから、ゆっくりしていてくれ」


 そう言って、リオンはエミリアに背を向けて歩き出した。リオンの姿が見えなくなると、エミリアは呆然としたままゆっくりと立ち上がる。だが、すぐに腰が抜けてその場に座り込んでしまった。


「こ、こわかった……」


 勝負の時のリオンの表情を思い出し、エミリアはゾッとする。まさか、婚約者に殺されそうになるなんて、通常の令嬢であればありえないことだ。


 エミリアも騎士団を統率する家の娘として、戦場へ何度か駆り出されたことはある。だが、ここまで命の危険を感じることは初めてだった。


(アルベルト家に生まれてしまった以上、仕方がないことなのかしら)


 普通の年頃の貴族の令嬢のように、男性にエスコートされたり優しくされたり守られたり、蝶よ花よと大切に扱われたことは一度もない。むしろ、最強の名を誇るアルベルト家の娘として、守る必要などないだろうと思われているのだ。


 できるはずのない婚約者ができたと思ったら、その相手に真剣勝負を申し込まれて殺されそうになる。こんな目にあう令嬢はなかなかいない。いや、世の中のどこを探してもきっと自分だけだろう。


 まだ恐怖で小刻みに震える両手をぎゅっと握り締めながら、エミリアはふーっと大きく息を吐いた。


(ないものねだりしても仕方ないわ。私は私として生まれてしまったのだから)


 静かに立ち上がると、足で地面をトントンと軽く叩く。何とか立って歩けるようだ。エミリアはしっかりと前を向いて、ゆっくりと歩き出した。




 それから数時間後。なぜかエミリアは自室のソファでリオンと二人きり、密着した状態で座っている。リオンはエミリアの腰に自分の手を回し、もう片方の手でエミリアの手を大切そうに優しく握りながら撫でている。それはもう、大切で大事で仕方のないと言わんばかりの態度だ。


「本当に、さっきはすまなかった。いくら命の危険を感じたかったとはいえ、婚約者に、それも今日屋敷へ来たばかりの君にあんな真似をするなんて、俺はどうかしている。冷静に考えて謝って済まされることではないとわかる。だが、謝らせてくれ、本当にすまない。どうしたら許してもらえる?怒っているだろう?いや、それとも軽蔑したか?……君に軽蔑されるのは辛い。だが、されても仕方のないことを俺はしてしまったんだ。どうしたら挽回できるだろうか」


 リオンはシュンとしてただひたすらに謝罪の言葉を述べている。その間も、リオンはエミリアの手を愛おしそうに撫でていて、リオンの言葉と態度にエミリアは顔を真っ赤にするしかなかった。


(んんん!?どうして?なぜこんなに甘いの!?何がどうなっているのーっ!?)



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