19 どうしてそんな顔をしているのですか
夜会の主催者へ挨拶をすませ、リオンはエミリアを連れて屋敷へ戻った。屋敷へ戻る最中も、屋敷へ戻ってからも、リオンはずっと悲し気な顔で無言だ。
(どうしてそんなに悲しそうな顔をしてらっしゃるのかしら)
夜会でヴォルデウス公爵夫人に言われたことを気にしているのだろうか。理由がわからず、エミリアの心はなんとなくざわついて落ち着かない。そうこうしているうちに、エミリアとリオンはそれぞれ部屋の前にたどり着いた。
「今日は疲れただろう。あんな不愉快な思いもさせてしまって本当にすまない。今日はゆっくり休んでくれ」
リオンはエミリアの手を優しく掴んで手の甲にキスをすると、それじゃ、と言って自室のドアを開けようとする。そんなリオンの服の裾を、エミリアは思わずつかんだ。
「……っ、エミリア?」
「リオン様、どうしてそんな悲しそうな顔をしてらっしゃるのですか?帰りもずっと無言でしたし」
心配そうにリオンの顔を覗き込むエミリアに、リオンはさらに眉をさげ、悲しそうな顔をする。まるで捨てられた子犬のようだ。
「……俺の部屋に一緒に来てくれないか」
*
リオンの部屋に通されたエミリアは、ソファに座るように促され、リオンはエミリアの隣に腰を下ろした。
「俺はそんなに悲しそうな顔をしているのか?」
「はい、ものすごく」
(こんなに悲しそうな顔のリオン様は初めてだわ。どうしてこんな表情なのか、教えてほしい)
見たことのないリオンの表情に、エミリアは戸惑いを隠せない。いつの間にか、自然にエミリアはリオンの頬に片手を添えていた。そのエミリアの手に、リオンは目を瞑って静かに頬を摺り寄せた。
「……エミリアがあんな風に言われたことに腹が立ったんだ。腹が立ったのと同時に、俺と一緒にいるせいであんなことを言われてしまったんだと思って、エミリアに辛い思いをさせてしまって、申し訳なくて」
「リオン様……」
まさか、リオンがそんな風に思って悲しんでいただなんて思わず、エミリアは驚いてしまう。リオンは自分自身が言われたことではなく、エミリアが言われたことに腹を立て、そしてエミリアがそれを聞いてしまったことに悲しみ傷ついていたのだ。
(ご自分のことより、私のことを思ってくださっていたのね)
「リオン様、気にしないでいいんですよ。私はあんな風に言われることは慣れています。昔から、当たり前のように言われていましたからへっちゃらです。それに、リオン様のせいではありませんから」
ね?と微笑みながら首をかしげると、リオンは目を見開いてからエミリアの両肩をぎゅっと掴む。
「でも!だからこそ俺は許せないんだ。あんな風に言われることが当たり前だなんてそんなの俺は許せない。それに、言われれ慣れてるだなんて、へっちゃらだなんて、そんなわけないだろう。エミリアは微笑んでいたけれど、辛そうだった。俺は、エミリアにそんな顔してほしくない。辛い思いなんてしてほしくないんだ」
リオンの金色の瞳が、悲しみを湛えて揺れている。そんなにまで、リオンは自分のことを思い、悲しんでくれていた。その事実に、エミリアの心臓は大きく音を立てて鳴り響く。
「……でも、私はリオン様がそう思ってくださるだけで嬉しいし、救われる思いがします。確かに、あんな風に言われて胸は痛みました。でも、今までは何を言われても平気だったんですよ。むしろ、強いと言われることはアルベルト家の人間として、誇らしいとさえ思っていました。でも、今はそれだけではないんです。誇らしいと思うのと同時に、なぜか胸が痛くて苦しくて。それは、きっと……」
そう言ってから、エミリアは自分の胸元をぎゅっと掴んだ。言葉に詰まるエミリアを、リオンは不思議そうな顔でじっと見つめる。
「エミリア?」
覗き込むリオンの顔を、エミリアは見つめ返した。リオンの金色の美しい瞳に、自分の顔が映っている。まるで今から言うことを恐れているような、でも伝えなければいけないというような、強い思いのこもった顔の自分が映っている。
エミリアは目を瞑って小さく息をすって、静かにゆっくりと吐いた。そして、目を開いてまたしっかりとリオンを見つめる。
「胸が苦しくなったのは、こんな私がリオン様にふさわしくないと思ったからです。侯爵夫人が言ったとおり、私の手は魔物の血で汚れています。人を斬ったことはありませんが、魔物はたくさん斬って倒してきました。その度に、たくさんの血を浴びています。普通の令嬢にはあり得ないことです。こんな私が、リオン様にふさわしいなんて思えないんです。リオン様にはきっと、美しいドレスの似合う、清楚で、可愛らしくて、守ってあげたくなるようなご令嬢が、ふさわしいと……ってリオン様!?」
エミリアが言い終わる前に、いつの間にかエミリアはリオンの腕の中に包まれていた。




