18 そんな風に思ってくださっていたなんて知りませんでした
「いい加減にしないか」
リオンの恐ろしい声に公爵夫人もファンナも驚いて肩をびくっとさせた。エミリアもハッとしてリオンを見上げるが、リオンは公爵夫人とファンナを睨みつけていた。
「ヴォルデウス公爵家とは確か数年前に俺との婚約話が上がっていたはず。しかし、お互いに顔合わせすらすることなく、当時は娘がまだ幼いからと婚約話はうやむやになり、無くなった。実際は公爵夫人と娘が、『不屈の身体』をもつ化け物のような男との婚約などありえないと言ったからだと聞いている。無口で無愛想、何を考えているかもわからず、感情も乏しいような男などごめんだと。俺の耳にその話が入らないとでも?」
(そんなことが……?たしかにリオン様は『不屈の身体』のギフトをもっているけれど、それで化け物のような男だなんてあまりにもひどすぎるわ)
そもそも神からのギフトは選べるものではない。リオンだって欲しくて得たものではないのだ。それなのに、そんなことを陰で言って婚約を無しにするなんてあまりにも身勝手すぎる。顔合わせすらせず、相手を知ろうともせず、憶測だけで相手を決めつけ拒否したのだ。
リオンの言葉に、夫人もファンナも目を大きく見開いて震えている。
「そ、それは……」
「う、噂では、前髪で目元を隠し人と交流を持たず、陰湿で陰険だと聞いていたのです。『不屈の身体』のせいで痛みも感じず、死の恐怖すら知らないような恐ろしい方だと。ですが、今日こうしてお会いしてみたら、目元は隠れることなく美しい金色の瞳が見えて、しかも表情は柔らかく、エミリア様を優しくエスコートするお姿が見られました。まさか、こんなにも素敵な方だと知らなかったのです」
ファンナは両手を胸元で握り締め、うるうるとした瞳でリオンへ訴えかけた。
「そ、そうなのですわ!こんなに素敵な方であれば、アルベルト家の『最強の騎士』のギフトを持つようなご令嬢より、うちの娘の方が何千倍もふさわしいと思うのです。きっと、私たちだけではなく、王家の皆様もそうお思いになると思いますわ。それに、当時はリオン殿下も婚約話に乗り気ではなかったとお聞きします。でも、今はエミリア様と婚約なさっている。どういういきさつで婚約されたのかは知りませんが、どうせ政略的なものなのでしょう?でしたら、エミリア様ではなく、ぜひうちの子を!」
夫人は水を得た魚のようにイキイキとしてそう言うと、隣のファンナもとびきり可愛らしい微笑みをリオンへ向けた。だが、それを見てリオンはさらに眉間に皺を寄せる。
「噂をうのみにして顔合わせすらしなかった家の人間が今さら何を言う?俺が見た目を気にするようになったのも、表情が柔らかくなったのも、全てはエミリアのおかげだ。エミリアがいたから、俺はこうしていろいろなものに心を動かすことができる。それにこれは政略的な婚約ではない、エミリアを選んだのは俺だ」
リオンはそう言って、エミリアの肩を抱いてそっと優しく引き寄せる。それを見て、夫人もファンナも信じられないというような顔をする。
「エミリアのことを女性らしくないだのドレスに着せられてるだの強すぎるだのさんざん言ってくれたが、俺はエミリアはとても女性らしく、聡明で可愛いくて、とても優しい女性だと知っている。もちろん『最強の騎士』のギフトを持つのだからとてつもなく強い。そこら辺の男では太刀打ちできないだろう。だが、俺はそんな彼女だから惹かれた。エミリアはエミリアだから好きになったんだ。それに、彼女の強さは身体的な強さだけではない、心の強さもだ」
リオンのエミリアの肩を掴む力がグッと強まる。エミリアは、リオンの言葉を聞きながら次第に顔をほんのりと赤らめ始めていた。
「あなたたちのような心のすさんだ人間に興味はない。俺はエミリアのような心の美しい、そして強い女性が好きなんだ。この好きという気持ちも、エミリアだから生まれた。話は以上だ。今後一切、俺たちの前をうろちょろしないでくれ」
リオンがそう言うと、夫人とファンナはプライドが傷つけられたのだろう、黙ったままわなわなと肩を震わせている。
「エミリア、もう帰ろう。気分を害した。不審者も捕まえたんだ、俺たちの役目は終わった。ここにいる必要はもうない」
そう言ってエミリアの顔を覗き込むリオンの顔は、微笑んではいるが少し悲し気だった。




