10 婚約者に蹴られて興奮する意味がわかりません
ものすごい勢いでリオンへ向かっていくと、エミリアは目にもの見えぬ速さで蹴りと突きを繰り出していく。リオンは両目を見開いてニッと口の端を持ち上げると、エミリアからの攻撃を受ける。
(長引けば私の方が不利になる。早く終わらせないと)
エミリアはキッとリオンを睨みつけると、拳を一発大きく振りかぶった。その拳をリオンは腕で受け止めるが、強すぎて受けきれずそのまま吹き飛ばされてしまう。
ドオオオンと大きな音がして、リオンは地面を抉りながら飛ばされていく。勢いが弱まったタイミングでリオンは地面に片膝と両手をついて体制を立て直すが、すぐに目の前にエミリアの蹴りが飛んでくる。既のところでリオンは避けると、宙を飛び、それを追ってきたエミリアに反撃をした。だがエミリアはそれを受け流し、一瞬の隙を見てリオンに踵落としをくらわせる。
リオンは両腕で受けるが、リオンの体はすごい勢いで落下しそのまま地面に埋まっていく。辺り一面が砂ぼこりにまみれてお互いの姿は全く見えない。リオンは地面の中から飛び出して辺りを見渡すと、背後からヒュンッと風をきる音がしてエミリアの拳が向かってきていたのでリオンは間一髪のところでそれを避けるが、リオンの頬に一筋の血がが流れた。
リオンは避けながら振り返るが、気がついた時にはエミリアの蹴りが飛び込んでくる。
(仕留めた!)
エミリアの蹴りはリオンの腹を直撃し、リオンは衝撃とともに吹っ飛ばされる。そして鍛錬場の壁に激突して、リオンはゲホッと血を吐いた。だが、すぐに前に視線を向け体制を整えようとしたその時。
ドオオオン!
リオンの顔のすぐ横に、エミリアの足がある。エミリアの足は、リオンの顔のすぐ横の壁をさらに粉々にしながら壁にめり込んでいる。リオンは、横目でエミリアの足を見てからハッ、ハッ、と呼吸を荒くする。そして口から血を流し両目を見開きながら呆然とエミリアを見上げた。
「これで満足ですか?満足ですよね?これに懲りて、もう二度と私に手合わせを願わないでください。あなたの美しい顔をぐしゃぐしゃにしたくはありませんので」
そう言って、エミリアはめり込んだ足を壁から抜き取ると、リオンに背を向けてその場から離れようとする。
「ハ、ハハハ、ハハハ……!」
背後から何故か嬉しそうな笑い声が聞こえてくるので、エミリアは眉を顰めながら振り返り、目に映った光景にさらに眉を盛大に顰めた。
リオンは少し震えながら恍惚とした表情で目を大きく見開いて笑っている。金色の瞳はギラギラと怪しい輝きを放っていてどう見ても正常ではない。だが、リオンはとても嬉しそうに楽しそうに笑っている。
「リオン様……?」
「ハッ、君は、君は本当にすごいよ。ハアッ、ハアッ、こんな感覚初めてだ……!恐怖というのは、こういうことなんだな!こんなに興奮するなんて……ハッ、ハアッ、ああ、どうしよう、今にも達してしまいそうだ」
(は?今なんておっしゃいました?)
婚約者にボコボコにされてそんなことを言うとしたら、かなりの変態発言だ。エミリアは呆れたような顔でリオンを見つめているが、リオンは息を荒くしたまま羨望の眼差しでエミリアを見つめている。そして自分の両手を開いてそれを見るが、その両手は小刻みに震えていた。
「ハアッ、こんな、こんなに興奮するなんて、ハッ、君からくらった蹴りも痛かったし、ハアッ、君の蹴りが俺のすぐ横を、掠めて、壁が、めり込んで……ハッ、ハッ!」
(あ、だめだ、なんか悦に入っちゃってるっぽい。だめだこの人)
なんだか見てはいけないものを見ているような気がして、エミリアはそっと視線を逸らした。そもそもリオンはこれでも第三王子だ。そんな人が婚約者の前で、しかも婚約者にボロボロにされて興奮しているなんて、他の人に見られでもしたらどうするのだろうか。
(ここはリオン様のお屋敷だし、鍛錬場には二人しかいないから大丈夫だろうけど……)
はあ、と小さくため息をついてエミリアはリオンの近くまで行こうとする。だが、リオンが片手でそれを制した。
「ハアッ、今、俺に、ハッ、近づかないでくれ!今、君がそばに来たら、ハアッ、ハアッ、本当に、俺は……」
ブルッと身震いをして、リオンは首を大きく振る。そんなリオンを複雑な表情でエミリアは見つめ、また小さくため息をついた。
「それでは、私は先に屋敷に戻ります。落ち着いたら、リオン様もお戻りになってください」
(一人にしておくのは心配だけど、人を呼ぶのはやっぱりまずい気がする。リオン様のこんな姿、屋敷の人が見たらきっと気絶しちゃうわ)
エミリアは小さくお辞儀をして、申し訳ないと思いつつもその場を後にした。




