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文学

獄炎と雲の物語

作者: 緋西 皐

 ルート三分の一ほどの天国と三分のルート六だけの地獄感が纏わりついて道の半ば。身体の大半は下層送りされてしまったから、毎日を憐れんでは憎むばかりである。

 今頃私の足は天を歩いているのか、そうでもなければどうしてこうも感覚がないのか、正当な進化ならば翼ゆえの対価だろうか。


 私がここに目をつけてから驚いたのはヒトラーはもちろん咳に喘いでは、アダムスミスもマルクスも性懲りもなく喧嘩しているところ、そして環境活動家の隣で閻魔の気熱に汗を掻いているのである。それで昔の大統領は名だたる学者を集めて今度は冷たい爆弾でも作ろうとしているのか。コロンビアの麻薬王はそれを見て笑い、あながち楽しそうにしているところ、殺人鬼たちと談話をしていた。

 偏見だったのだろう。全てそうだ。善人ほどここに来ては無駄に喚いてしまい、死刑囚ほど慣れ親しむ程度である。今となっては処刑人と手を繋いでいる者も。

 結局のところ天を飛んでいるのは鳥と幽霊と天使ほどだ。人間はもちろん鳥ではなく、幽霊も嫌われてしまって、天使は崇めてしまう性だろう、どれにもなれず大半は泥を踏んでいる。そしてそれでも飛ぼうとした蒸気がここに蔓延している。


 このような世は酷評だ。ゆえに草を探しては狭い視覚をなぞり、それを抱いては快楽に浸ろうとする。一部としては危機感を持てと罵られたりもするようだが、その炎は閻魔より冷たく、それも楽らしい。

 ともあれ杞憂を浮立たせて天を眺めて浮遊に浸るしかないのである。そうでもなければやってられない。ただ彼らはここの色が赤いと言うが、やはりそれも妄想だろう。青ではないのか。

 

 どちらにせよ殺伐とした世であるが、悪いことばかりではない。こうなって初めて時間を超越し、名だたる偉人と会話できるのはとても幸福だ。壊すことも造ることもできぬ身体となって、もはや翼なき幽霊のように色々と談笑する愉楽しかないのだ。

 やはりたまに口論などを目の当たりにするがここには余り余るほどの裁判の専門家と、ここではもはや使い物にならない司法の創始者も多い。だから目を光らせて彼らが現れると口論は幻に変わるようだ。これもある意味のアイスだろう。無駄と悟りなおすらしい。


 また偉人ばかりではない。その超越ゆえの原始人と古代人、また宇宙人も何故かいる。大概の若い様相は原始人と古代人であるようだ。彼らも何かしらの罪を犯したのかと思われるかもしれないが、彼らにはっそういった認識はないらしい。そもそも罪の概念もここに来てから教えてもらったと。

 実は偉人の次に人気なのが彼らだったりするのだ。紙や石に残らなかった信仰や思想は新鮮である。また感性も豊かで話がおもしろい。そしてここに最も詳しく知識多く慣れている。わからないことは彼らに聞けばいいのだ。

 

 ここに来たばかりの私にとって彼らはまさしくそういった存在になっている。ここと天の違いは何なのか、なぜここに来てしまったのか、そもそも天とはなんなのか。何があるのか。誰がそこにいるのか。有難いことにそういったことを伺わせてもらっている。

 しかしながらその多くは疑問のまま。彼らはあまり天のことを話したがらないのだ。その三分のルート六ほどは単純知らないと言うが、他のルート三分の一は考えたこともなかったと。そもそも彼らにとって天を考える娯楽はないらしい。

 それでも一つだけ答えてくれたのは天にいるかもしれないのはせいぜい砂粒ほどの数だけで、ほとんどはここにいるのだと。そして本当に天があるのかを知る者はここにいないと。知人でここにいない人数を数えてみた結論らしい。

 

 蒸発した涙を浮かべる一人、ごくたまに見かけるのだ。彼らが絶望する理由は貧困や罪悪感、無き空腹感ではないようで、愛しき人に会えないからのようだ。まさかそういった人柄がここにあるのは何かの異変なのかと疑うが、確かに見かける。

 尊きその人らの多くは途方もないここを歩き探し回っては息切れしている。彼らにとってそれは終わらぬ労働のようだ。周りの人は少ない良心で心配するが、彼らの意思は固いようだ。その強さゆえにまた歩いては干乾びそうになっている。

 

 きっと彼らの徒歩には意味がないのだろう。ただそれはある種の幸運だ。なにせ天に愛しき人は暮らしているのだから。そう励ますのなら彼らは泣くのをやめるだろうか。

 ならばと天へ向かうと糸を探す者もいるかもしれない。ただ糸があるなど噂にもならない。ならそれならばと宇宙人に円盤を聞くのか。ただ私たちには鉄の一つも組み立てられない。

 そうしてここには絶望しかないと気づく。彼らはまた溶ける獄炎に涙を浮かべるのだ。この雲の一つもない世界で。


 ただ私は彼らが泣くたびに思い出す。我々は鳥でもなく幽霊に成り果てず天使にも辿り着けなかった。しかしながらその揮発した涙は空を浮かぶ。彼らの涙は天へ昇ることだろう。

 いつしかそれが雲となり雨が降ってきたのなら彼らは救われるのかもしれない。とはいえこういった妄言はやはり空を漂うばかりの世迷言。何の意味もないだろう。ただ時間潰しになるのなら僅かな愉楽になるのがこれならばと、やはり物語があるのだろう。

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