僕の恋はいつだって告白前に終わってしまう
「はぁ~~~~」
「なんだよ辛気臭いな。溜息なんか吐いて」
高校の昼休み。
友達の竹中 啓介が菓子パンを食べながら超ローテンションな僕に声をかけた。
高校になってから出来た友達で、三年生になるまでずっと同じクラスなこともあり仲良くしている相手だ。
「彼女が欲しい」
「あ~またか?」
「聞かないで」
「ご愁傷様。ほんっと、なんでそんなに女運ねーのかな」
女運というよりタイミングの問題だと信じたい。
「んで、今回はどんな感じだった?」
「聞かないでって言ったでしょ」
「良いじゃんか、減るもんじゃないし」
「僕の正気度がガリガリ減るんだって」
「俺の幸福度が増えるからプラマイゼロだな」
「他人事だと思って面白がって……」
「だって他人事だもん」
とはいえ竹中が面白がって揶揄っているだけではないことは分かっている。
僕が気持ちを溜め込まずに吐露してスッキリ出来るようにと気を使ってくれているのだ。
決して思い出したくはないけれど、メンタルケアの誘いに乗っておかないと心が持ちそうにないから渋々と説明する。
「幼馴染」
「それって内海さんのこと?」
「うん」
内海 羽菜 は僕の幼馴染で同級生の女子。
家が近所なので幼い頃は一緒に遊んでいたりもしたけれど、成長してからは徐々に疎遠になったよくある関係だ。
「でもお前、内海さんは恋愛対象外だって言ってたじゃん」
「そう思ってたんだよ」
家族みたいな感じで恋愛対象とは思えなかったし、向こうもそう思っていたはずなんだ。
「でもちょっと前に羽菜を女として意識しちゃうことがあってさ」
「その時に良い雰囲気になってしまった、と」
「うん。てっきり向こうも僕のことを男として意識したのかと思ったよ」
でも現実は残酷だった。
「お前の事だ、すぐに告白しようと思っただろ」
「うん。でもやっぱり遅かった」
「というと?」
「男と一緒にメスの顔してラブホテルに入る羽菜を見た」
「あちゃ~」
「しかも入る前に超濃厚なキスしてた」
「やばすぎ」
あの大人しくて純情そうな羽菜が、あんなにも心から堕ちきった表情で男といちゃつくだなんて信じられなかった。僕とのあのラブコメ風ないちゃいちゃ未遂は何だったのさ!
脳が焼き切れそうな程に苦しかった。
どうしてどいつもこいつも好意を抱いた直後に見せつけて来るんだ。
せめて告白くらいさせてよ。
玉砕すらさせてくれないなんて酷すぎる。
これこそがボクにかけられた呪い。
幼い頃から苦しませ続けられた呪い。
最初は家庭教師の美人のお姉さんだった。
テストで百点とったら告白しようだなんて幼いながらに思っていたけれど、必死に頑張って百点をとった帰り道でお姉さんが男といちゃついているのを目撃してしまった。最悪の初恋ブレイクだ。
そこから僕の恋はいつだって告白前に終わってしまう。
せんぱいせんぱーい!って慕ってくれる可愛い後輩女子を好きになって、きっと脈があるだろうと告白を決意したら他の男子とデートしているのを見かけてしまった。
いつも笑顔で揶揄ってくる綺麗な先輩女子を好きになって、二人っきりで良い雰囲気になることが何度かあったからきっと僕のことを少なからず想ってくれているに違ないと思ったら、告白する直前に本人の口から大学生の彼氏の話が飛び出て血反吐を吐きそうになった。
好きになった女の子には、必ずお相手が居た。
あるいは僕が告白する前にお相手を見つけてしまった。
彼氏が居ないことを確認したのにその直後に彼氏を作ったクラスメイトの仲の良かった女子の時は、あまりのショックで脳が完全に破壊されて数日寝込んだよ。
付き合ってないから浮気ですらなく怒れるはずもない。
かといって僕が先に好きだったなんて訳もなく、僕が後から好きになったケースの方が大半。
この悲しみや憤りのぶつけ先が見つからず、枕を涙で濡らすことしか出来ない。
せめて……せめて告白失敗で許して下さい。
どうして好きな女の子が彼氏とイチャイチャしている姿を目撃するだなんて最低最悪の終わり方ばかりなんだ。酷すぎる!
竹中がメンタルケアしてくれなかったら僕はとっくに壊れていたかもしれない。
「まぁそのなんだ。ジュース飲むか」
「慰め方が下手!」
「しゃーないだろ。悲惨すぎて何も言いようが無いんだから」
「そこをどうにか頑張って慰めるのが親友ってものだろ」
「俺がTSするまで待ってろ」
「違う意味で脳が破壊されるから止めてくれない?」
それにTSしても同じオチになって確実に脳が破壊されそうだから止めてくれ。
でも話し相手になってくれてありがとう。
「ねぇ」
僕が竹中と悲劇の語らいをしていたら、誰かが話しかけて来た。
「儚田さん? どうしたの」
クラスメイトの儚田夢衣さん。
可愛いけれど、心配してしまうほどにほっそりとした体と色白な肌が特徴的なクラスメイト。
病的な見た目は文字通り病気を患っていたから。
長く難病に苦しんでいて、最近になって復学して来た僕達の一つ年齢が上の同級生。
その経歴のためにクラス中からとても優しく、あるいは腫物を扱うかのようにされていて可哀想だけれど少し浮いている。
「…………」
「?」
儚田さんは何故かじっと僕を見ている。
口を小さく開けたり閉じたりをしているから、何かを言おうとして躊躇っているのかな。
「もしかして『てっぱり』君?」
「え!?」
てっぱり。
それは僕がオンラインゲームをする時に使っている名前の事。
どうして儚田さんがそれを知っているのだろうか。
「私『モモンガ次郎』」
「え!?!?」
モモンガ次郎。
それはオンラインゲームで仲良くなった友達の名前。
「その反応。やっぱりてっぱり君なんだね」
「儚田さんが『モモンガ次郎』だったなんて……てっきり男だと思ってたのに」
「ごめんなさい。姫プレイが嫌だからネナベしてたの」
「あ~そういうこと」
時々話の内容が男っぽくないなって思った時があったんだけれど、本当に女性だったんだ。
「おいおいなんだよ。何の話だ?」
「竹中、ちょっとあっち行っててくれない?」
「ひどっ!」
冗談だったのに本当に空気読んで行っちゃった。
僕達が二人で話しやすくなるように敢えて割り込んで追い出されようとしたのかも。
竹中はそういう気遣いが出来る奴だ。
「でもどうして僕が『てっぱり』って気付いたの?」
「その……振られる話が」
「あはは……」
そういえばオンラインゲームで僕が告白すら出来ない愚痴を『モモンガ次郎』に何度も言った覚えがある。この辺りに住んでいる的な話もしたし、聞いた事のある話だったからもしやと思ったのだろう。
「愚痴ばかりでうざかったよね。ごめん」
「そんなことないよ。とても楽しかった……ってごめんなさい!」
「あ、あはは……気にしないで」
竹中と一緒で、聞いてくれたことで僕のメンタルケアになったんだ。
感謝することはあっても失礼だなんて思わないよ。
それに他人の恋愛事情が面白いのは普通の事だし、僕だってこれが他人事だったらそう思っちゃいそうだし。
儚田さんが焦って謝罪したことで変な空気になりそうだから、いつもの話をして場を明るくさせよう。
「そうだ『モモンガ次郎』に言おうと思ってたんだけど、次のイベントって……」
ゲームの話に移りながら僕は裏でこう思っていた。
どうせまた僕が彼女を好きになって告白しようと思ったら、彼女は誰かと付き合っていたってオチになるのだろうって。
だから僕は決めたんだ。
今回ばかりは絶対に彼女を好きになんてならないぞ。
今年は受験生だからオンラインゲームは程良い生き抜きになる。
そこでの大切な話し相手を失うなんてことになったら勉強の意欲だって失われかねない。
絶対に好きにならない。
告白しようとなんて思わない。
それなら今まで通りの関係が続くはずだから。
脳が破壊されるなんてことは起きないはずだから。
――――――――
はいダメー
好きになっちゃいました。
好きで好きでたまらないでーす。
だって仕方ないじゃないか。
可愛い。
体つきも血色も日に日に健康的になる。
趣味が同じで話が弾む。
会話が楽しい。
可愛い。
惚れない要素無いよね?
我慢なんて出来るわけが無いじゃないか。
でもどうしよう。
告白したいけれど、告白を決意した瞬間に全てが終わってしまいそうな恐怖がある。
そう疑心暗鬼になってしまう程に、僕の恋愛脳はダメージを受けているんだ。
でも時間をかければかけるほど、彼女が他の男を見つけてしまう機会が増えるのではとも思ってしまう。
どうすれば良いんだよ!
その答えは思わぬ形で明らかになった。
それはある日の英語の授業の時。
「それじゃあ儚田さん、今のブロックを最後まで読んでください」
「はい」
授業中に指された儚田さんは立ち上がって英文を読もうとした。
その時。
「儚田さん!?」
大きな音を立てて、儚田さんが崩れ落ちたんだ。
僕は慌てて駆け寄り彼女を抱え起こす。
「う……ん……」
視線が定まらず、意識が朦朧としているみたい。
「保健室に連れて行きます!」
保健委員でも無いのにでしゃばってしまったけれど別に良いよね。
クラスメイトは僕達が仲が良いのを知っているので止めようとはしない。
僕は彼女を抱き抱えて教室から飛び出した。
どうして忘れていたのだろうか。
彼女は難病を患っていたのだった。
それが完治したのかどうか僕は知らない。
見た目が健康的になっているから問題無いのだと思い込んでいた。
もしもまだ彼女が病気で苦しんでいたとしたら。
もしも彼女がこのまま目覚めなかったとしたら。
また告白する前に恋が終わってしまう。
それも最低最悪の形で。
こんなの脳が破壊されるどころの話では無い。
人生に絶望するレベルの悲劇だよ。
こんな終わり方があるだなんて想像してなかった。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
「死なないで儚田さん! 僕は君が好きなんだ! 生きていて欲しいんだ! 告白をさせてくれ!」
きゅっと、僕の腕が強く握られた。
意識を取り戻したのかなと彼女の顔を見ると、その顔は真っ赤に染まっていた。
「…………」
「…………」
あの、もしかして、とっくに回復してましたか?
今の僕の言葉、聞こえちゃってましたか?
「やっと言ってくれたね」
「え?」
彼女は照れくさそうにそう答えた。
「てっぱり君が告白してくれるのを待ってたんだよ」
「待って……た?」
「うん。告白をさせてあげたかったから」
「あ……」
彼女は僕が告白をしたがっていたことを知っていた。
だから待ってくれていた。
「遅いよ。ばか」
「ごめん……」
「私から告白しようかってずっと悩んでたんだから」
それはつまり儚田さんも僕のことを。
ああ、なんて嬉しいのだろう。
告白が出来るだけでは無くて、両想いだったなんて。
幸せ過ぎて脳が焼け切れてしまいそうだ。
あはは、結局脳がダメージを負う定めだったんだね。
そろそろ病院に行かないと危ないかも……ってそうだ!
「儚田さん体調は!?」
「大丈夫だよ。ただの立ち眩みだから」
「で、でも!」
「病気なら完治してるから大丈夫。お医者さんのお墨付き」
「そうだったんだ……」
僕の早とちりだったってことか。
「てっぱり君がどうしたら告白してくれるかなって悩んで夜更かししたから、寝不足で立ち眩みしちゃったのかも」
「え!?」
そんなこと言われたらやっぱり脳が破壊されてピンク色に染まっちゃうから止めて!
「でもてっぱり君。告白あんなので良かったの?」
「え?」
「私としては情熱的で最高だったけれど、てっぱり君的にはもっとちゃんと伝えたかったんじゃない?」
確かに僕からするとただ焦って気持ちを口にしただけの雑な告白だったかもしれない。
というか独り言みたいなもので告白にすらなっていないのでは。
今なら絶対に脳が壊れないというボーナスタイム。
しかも彼女にこうして流れをお膳立てされてやらないなどありえない。
「儚田さん。好きです」
「私もあなたが好き」
彼女は僕の首に両腕を回し、優しく唇にキスをした。
そのお姉さんキスがあまりにも愛おしくて僕の脳はやっぱり破壊されたのだった。
作中で立ち眩み女子を抱えて保健室に連れて行ってますが、動かさないで保険医を呼ぶのが正解かも。