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龍つかいの憂鬱  作者: 河辺 螢
龍つかいの憂鬱
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 ルヴェインが言葉を話しても兄たちは驚いていなかった。

 ルヴェインこそ、父や兄がドラゴネッティ王国に呼ばれた理由であり、行方不明になっていたドラゴネッティの王族の龍。アデリーナやラウレッタがお世話をお断りした龍だった。


 本龍(ほんにん)の話によると、アデリーナとの顔合わせでこの国を訪れることになったルヴェインは、道中何者かに襲われ、毒針のついた矢を受けていた。多少体調は悪くなったものの何とか王城までたどり着くことができ、翌日には予定通り顔合わせに参加した。ところがアデリーナの失礼な物言いに怒って、碌に治療も受けず、その日のうちに城を飛び出してしまった。

 一人で飛んで帰っていたところをまたしても矢を打たれ、執拗に追いかけまわされた。毒針を何本も打たれながらも何とか逃げ切り、うちに近い森に隠れて回復を待っていた。数日間森の中をさまよっていたところに崖から落ちた私を見つけ、とっさに助けようとしたものの飛ぶ力もなく、やむを得ず落下地点で受け止めようとした。そう、ルヴェインはたまたまそこにいたのではなく、自ら私の下敷きになっていたのだ。私を助けるために…

 うちに運び込まれ、我が家が安全だと判断すると、ルヴェインは回復するまでうちに隠れることにした。家から出たがらなかったのは怖いからではなく、密猟者に見つからないようにするためだった。


 ドラゴネッティの王族の龍は、龍の王族。ルヴェインは龍たちの中でも上位種であり、うちの龍たちがルヴェインが近づくとおびえるように大人しくなったのはそのせい。

 どうりであんな生意気でえらそうなわけだ。

 私、龍の王族とケンカしてたよ。龍の世界じゃ不敬罪かもしれないけど、助けた者と助かった者。龍使いと龍ながら、私とルヴェインは友達と言ってもいい仲だもん。許されるよね。


 龍を毒針で捕獲していた連中はドラゴネッティの王族の龍を狙っていた訳じゃなかった。国境を越えて龍を密猟していた密猟団で、たまたま我が国内でルヴェインを見かけ、上物だと狙いをつけたらしい。大体、高貴な龍なら一人で飛ぶなってもんだけど、たまたまでも二度も同じ密猟団に出くわすなんて、運が悪いとしか言いようがない。


 一方でドラゴネッティの王は、うちの国が王の龍を連れ去り、隠しているのではないかと疑っていたようで、父と兄は疑いを晴らすためにも龍を見つけよと命じられていた。龍使いを求めて訪問してきたのは向こうなのに。

 父も驚いたろうなあ…。まさか探してた龍が我が家にいたなんて。

 そういえば、父にもジュストにも野良龍の世話をしていることは言っておいたけど、ルヴェインを見せてなかった。見せたところで、探していた龍とはわからなかったかもしれないけど。



 ルヴェインの身元が割れると、ルヴェインは我が家から王城に居を移すことになった。龍使いの家だから龍を飼うには問題ないはずなんだけど、王族の龍が滞在するには我が家ではちょっと「格」が足りないらしい。まあ、我が家は家族経営の小規模龍使い一家ですからね。

 ルヴェインはこのままうちにいたいと言ったけど、認められなかった。わがままが通らなくても従っているのを見て、私は甘やかせすぎたかなとちょっと反省した。

 

 私も、私と一緒に捕まった龍も一週間ほどであの毒針の傷は癒え、龍は自分が元いた地へと帰って行った。

 ルヴェインのために摘んでおいたヒメグラシ草が自分の役に立とうとは。

 ヒメグラシ草は、塗るだけでなく乾燥させたものをお茶にして飲んでも効果的だった。薬草のことももっと勉強しなくちゃね。

 


 うちを離れて二週間後、ルヴェインは国に帰ることになり、ルヴェイン自身の希望でうちに挨拶にやってきた。

 相変わらず生意気そうながら、その鱗は濡羽色に変わり、見違えるほど体も大きくなっていた。顔の位置は私と変わらず、もう抱っこで運ぶのは無理だ。

 あの針に仕込まれた瘴気を長く体に取り込んでしまった影響で全身の鱗が変色し、体も小さくなっていたけれど、本当は人が乗れるくらいに大きいらしい。王家の龍使いの適切な治療で瘴気も体から抜けたようだし、そうしないうちに元の大きさに戻れるだろう。ヒメグラシ草の効果もあったならお世話した甲斐があったってものだ。

「最初に育てた龍が王様の龍だなんて、自慢できるね」

 そう言った私に、

「育てただと? おまえが龍仕えになりたいというから、俺に仕えさせてやったんだ」

 龍仕え? はぁ?

「龍仕えじゃないよ。私がなりたいのは龍使い」

「おまえなんかに使われてたまるか」

「何ですって!」

 気が付けば、また口ゲンカになってしまう。でもルヴェインはふと笑って語気を緩めると、

「まあ、おまえとの暮らしは悪くなかった」

と言った。そう言ってもらえると、悪い気はしない。

 もう会うこともないんだろうな。そう思ってちょっと寂しくなっていたら、

「おまえ、…俺の国に来い。三年後、迎えに行く」

 突然の申し出に驚いた。そういえばルヴェインは龍使いを探しにこの国に来てたんだっけ。

「え? 私を龍使いとして雇いたいの? 今、私に使われたくないって言ったじゃない」

「俺が探していたのはつがいだ」

 つ、…つが、い? それは、よく聞く龍の結婚相手って奴?

「え? アデリーナも姉も龍のお世話をする人を探してるって言われたみたいなんだけど…」

「王は俺を従わせる龍使いを探してたかもしれないが、知ったことか」

 いや、お世話役と嫁じゃあ全然違うでしょ。

「まさか本気でお嫁さんを探して? …それが私? 何で??」

「おまえが俺に求婚してきたからだ」

「きゅうこん? …? 花が咲くあれ?」

「ばかか。結婚の申し込みだ。…手づから実を喰わせておいて、今更連れない素振りをするとは。おまえは魔性の女だな」

「ま、魔性?」

 そんなこと、人生で一度も言われたことないよ。この私のどこに魔性の要素がある?

「あんな赤くて甘い実を差し出しておいて、しらばっくれる気か?」

「喰わせろって言ったの、そっちじゃない。私が口元に差し出さないと食べなかったくせに」

「同じ寝床で巣ごもりしておきながら、今更裏切りはないだろうな」

「いや、そっちが私のベッド乗っ取ったんじゃない!」

「俺が使っている巣に入ってきたのはおまえの方だ」

 なっ、何でそうなる訳?

「私のベッドを乗っ取ったから、取り返しただけだもん!」

 求婚なんて言いながら、色っぽさのかけらもない会話。にらみ合っていたのに、はあ、と溜め息を漏らし、ルヴェインがじっとこっちを見つめてきた。ちょっと視線が熱く感じる。

「…おまえの願いは叶えてやる。種を食えというなら、種くらい喰ってやってもいい」

「種を食べてほしいなんて思ってないから」

「肉も骨が付いててもかじってやる。何なら骨ごと喰う」

「そんな必要ないし、無理したら死ぬよ? やめた方がいいよ」

「おまえが実を取りに行く時は、寸足らずなおまえを乗せて飛んでもいい」

「寸足らずはどっちよ。私に抱っこされてたくせに」

「ああ、ああ言えばこう言う! ともかく三年後だ。覚悟して待ってろ」

 結局最後は怒りんぼなまま一方的にとんでもない宣言をして、ルヴェインとその一行はドラゴネッティ王国に帰って行った。


 本気かなぁ。

 通りすがりの落下物(私)を助けて、ちょっと一緒に暮らしただけで一生を共にする存在を決めてしまうなんて。しかも、同じ龍でなく人間だよ、私。

 まあ、冗談でも社交辞令でもいいか。

 その時の私は軽く考えていた。

 しかし一週間後、我が家にドラゴネッティ王国から使者が来て書状が渡され、私は正式にルヴェイン・ドラゴネッティの婚約者ってことになっていた。向こうの王から直接龍の世話役を見つけることも頼まれていた父には、引き受ける以外の選択肢はない。

 一応打診はされたけど、

「いいよ」

と答えた。

 龍が婚約者。あはははは。ちゃんと王族の家名持ってるなんて、さすが王族の龍。

 私みたいなのが準王族扱いになったりするんだろうか。やばいなー。それらしい教育なんて受けてないよ。まあ、龍のお相手にはそこまで求められないか。

 どうしたもんだろうね。

 とにかく、私が目指すのは龍使い。別に人間の夫なんていなくていいし、王族の龍だろうと、龍としてお世話してやろうじゃない。


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