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龍つかいの憂鬱  作者: 河辺 螢
龍つかいの憂鬱
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8

「グミの実取りに行くけど、一緒に行く?」

 だらりとベッドで寝ているルヴェインに、外に行くことを誘ってみたけれど、

「いや、家にいる」

と相変わらずの引きこもり龍。傷はほとんど癒えたのに外に出たがらない。まあ怖い目に遭ったんだから、仕方がないか。

「じゃあいい子で留守番しててね」

 少しだけ窓を開けて風が入るようにして、一人で森に行くことにした。窓から見送るルヴェインに手を振ってみたけど、プイっと顔をそむけられた。愛想ないな。しっぽくらい振ればいいのに。

 栗やくるみもそろそろ採れるかもしれない。他にも何か見つかるかな。明日は街に行く予定があるし、ちょっと変わったものを買って帰れば喜ぶだろうか。

 そんなことを考えながら歩いていると、

「キュイイイイイイイイッ」

 突然、悲鳴のような叫び声がした。

 龍の声だ。

 とっさに声のする方向へ走って行くと、龍が首に縄をかけられ、無理やり引っ張られていくところだった。その先には荷馬車があり、捕らえた龍を運ぶつもりらしい。

 龍の密猟?

 だとしても、私一人で何ができるだろう。龍を捕らえる者が三人、馬車を御する人が一人、大人の男の人四人を前にしてできることなんて…。

 そうだ。龍を呼ぶ口笛。普段は私が吹いても誰も来てくれないけど、誰か気付いてくれるなら…。

 へたっぴな口笛に一番に気が付いたのは、捕らえられようとしている龍だった。

「キュウウウ、キュウウ」

 助けを呼ぶようにこっちに向かって叫び声をあげる。そのせいでこっちに視線が集まり、

「見られたぞ!」

 男の一人が走ってきた。

 慌てて逃げたけれど、何かが腕に刺さり、そうしないうちに体がしびれて動けなくなった。

 右腕に刺さっていたのは矢で、先にルヴェインの体に埋まっていたのとよく似た針がついていた。

 いとも簡単に捕まり、ずるずると引きずられ、悲鳴を上げる龍と一緒に積み込まれると馬車は動き出した。

 

 気が付けば、どこかの古い家にいた。

 手足を縛られ、矢は抜かれていたけれど右腕がおかしい。熱をもっていてしびれがある。やはり針には瘴気か毒が仕込まれていたみたい。

 すぐ近くに大きな箱型の檻があり、さっきの龍が閉じ込められていた。この龍も同じ針を何本か撃ち込まれているようで、それを抜かれることもなく、痛いのかキュイキュイと鳴いている。

 檻に近づくと、ずいぶん警戒して檻の奥に行ってしまう。こんな目に遭って人間が恐いよね。でも、もし一方通行でも言葉が通じるなら、協力して脱出することを考えたい。

「もし私の言うことがわかるなら、この手を縛ってる紐を切ってくれないかな。一緒に逃げる方法を考えない?」

 龍は私の目をじっと見て、ゆっくりと近づいてきた。

 後ろ手に縛られた手を檻に近づけると、龍が口先を寄せて何度もロープを噛み、数回でぶちっとちぎれる音がした。手が解放されたけれど、右手は矢傷のせいかうまく動かない。仕方がないか。

 足を結んでいた紐も固く結ばれていたけれど何とかほどけた。

 深緑色の龍だけど、針の刺さっている付近の鱗が白く濁り、まだらに見える。針の瘴気のせいで変色しているみたい。

「針を抜くね。痛いけどちょっと我慢して」

 檻に手を伸ばし、龍に刺さっている針を抜いていった。長く突き出ているものしか抜けなかったけれど、三本は抜けた。折れて手では抜けないものがあと二本はありそう。ずいぶんひどいことをする。

 ポケットに木の実が少しだけ入っていた。クコの実にザクロ。手のひらに乗せて龍に差し出すと、おいしそうにほおばっていた。おなかも空いてたんだ。

 龍は檻を頭で何度か押したけれどびくともしない。鍵がないとどうにもならないか。

 部屋の中に鍵がないか探したけれど、さすがにここに置きっ放しにするほど間抜けではなかった。

「ちょっと待っててね。鍵がないか探してくるから」

 部屋には鍵がかかっていなかった。辺りを警戒しながらそっと抜け出し隣の部屋を開けると、そこにも二つ檻があった。一つは空で、もう一つは龍が丸まって眠っている。

 近づいて声をあげられても困るので、部屋を見渡し、檻以外何もないのを確認して、そっとドアを閉じた。

 右腕の痛みが強くなってる。体が熱くて脂汗が出て来る。普通の針じゃ龍の体を通さないから、瘴気を持たせた針を使っているんだろう。こんなものを龍に打ち込むなんて。こんなことして捕まえたって、龍が言うことを聞くわけがないのに。

 一階には居間があった。ドアは開けたままで、部屋はずいぶん散らかっていた。今は誰もいないけど、誰かがここを日常的に使っているようだ。

 中に入って部屋の中を物色していると、机の上の新聞の下にいくつか鍵を束ねた輪があった。こんなに簡単に見つかるなんて。この家の主はありがたいことに片付けできない人みたい。

 鍵束を手に取り、最初にいた部屋へ戻った。

 龍の檻の鍵、どれだろう。効き手でない左手だけで鍵穴に刺すのが結構難しい。どの鍵が合うか順番に試し、三本目で鍵穴に鍵がうまくはまった。回すとカチャと音がして、扉が開くとすぐに中の龍が出てきた。

「暴れちゃ駄目よ。人間がどこにいるかわからないから」

 そう言って隣の部屋に行こうとすると、龍もついてきた。

 隣の部屋の龍は、私が近づこうとすると警戒して低いうなり声をあげた。一緒に来てくれた龍が何か話しかけるとうなり声を止め、私が鍵穴を触っている間もかろうじて大人しくしてくれた。

 不器用な作業に龍もいら立っている。でも仕方がない。ようやく合う鍵が見つかり、開錠して扉を開けようとすると、中にいた龍は扉に体当たりして強引に開き、その勢いで倒れた私のことなど見向きもしなかった。そしてものすごい勢いで檻から飛び出したかと思うとそのまま窓に突進した。

 ガシャン

 躊躇なく窓を割り、龍は飛び去って行った。そして割れた窓から最初に助けた龍も飛んで行き、二頭の姿はどんどん小さくなり、見えなくなった。

 そして取り残された飛べない私。ここは…、二階だ。

「龍が逃げたぞ!」

 窓の向こうに戻って来たばかりの馬車が見えた。男たちが飛び降りて家の中に入ってきた。まずい、逃げなくちゃ。

 焦る私、迫る男たち。この際ここから飛び降りてでも…。でも足を怪我したら逃げられない。迷ってる暇はない。でも…

「レーナ!」

 聞き慣れた声に顔をあげると、割れた窓の向こうにルヴェインがいた。羽を動かし、宙に浮いてる。

「来い!」

 窓枠に足をかけたものの…、無理。ルヴェインは私を乗せて飛べるサイズじゃない。私がしがみついたら落ちてしまう。

「絶対に受け止めてやる」

「無理だよ」

「迷うな。飛べっ!」

 その言葉に足が窓の桟を蹴った。しがみつくにも小さい、胸に抱けるほどの龍。なのに私は飛び出していた。

 ルヴェインの足が私の左腕を掴んだ。宙ぶらりんになり、よたつきながらもゆっくりと降下していく。が、限界!

 どてっと落ちたところで地面は近かった。

 力尽きたルヴェインを片手で抱きかかえ、ここがどこかもわからないままとりあえず木の茂みの方へ向かって走って行った。走りながら時々口笛を鳴らす。息が荒れてますますへたっぴでも誰かの耳に届いたなら…

 バサバサバサ

 激しい羽音がして、見上げると龍の群れがいた。

 騎龍隊だ。隊長の号令で龍たちは一斉に屋敷に向かい着地していった。

 その後ろには二人の兄がいて、龍に乗って駆け付けてくれていた。そのそばには一緒に捕まっていた龍もいた。ここまでみんなを導いてくれたんだ。

 ああ、助かった。もう大丈夫…。

 へなへなとその場に座り込み、腕の中にいるルヴェインをぎゅっと抱きしめると、ルヴェインは首を私の肩に乗せてもたれかかってきた。


 犯人たちは全員捕まり、古い家の中には他に龍はいなかった。

 兄たちを導いてくれた龍は毒針の治療のためしばらく我が家に滞在することになった。

 先に逃げたもう一匹の龍はどこに行ったかわからなかった。毒針に苦しんでないといいけど。


 帰りはジュストに二人乗りで龍に乗せてもらった。何だかルヴェインが不満気なので、

「ルヴェインも一緒に乗る?」

と聞いたら、

「ばかにするな!」

と怒られた。

 一緒に飛んでいると、確かにルヴェインの飛行速度はものすごく速い。でなければ騎龍隊を差し置いて、一番に私のところまで駆け付けることはできなかっただろう。

 一番にかけつけてくれた。ルヴェインの精一杯の力で助けてくれた。あんなに家から出るのを嫌がっていたのに、私のために。

 思い出すほどに、にやける顔が止まらなかった。


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