7
父とジュストは一週間ほどで戻ってきた。ドラゴネッティ王国へはやはり龍に関する事件がらみで呼び出されていた。詳しいことは聞かされなかったけれど、一つはドラゴネッティの龍が行方不明になっていて、調査を頼まれたみたい。密猟や誘拐も疑われているからうちも気をつけなきゃ。
父は私がまたしても孵化に間に合わなかった話を聞いて、困ったような、呆れたような複雑な表情を見せた。
「もう、運がないとしか言いようがないな」
父に言われて改めてしょげてしまった。けれど崖から落ちた時に下敷きにしてしまった龍がまだ部屋にいて、怪我もあってもうしばらくの間面倒を見ることを伝えると、
「そういう出会いも大事だよ」
とジュストが励ましてくれた。
数日後、同じ龍使いをしているカルリ家の当主がうちを訪れた。先日父とジュストがドラゴネッティ王国に行った用件に関わる話し合いがあるみたいで、シモーネとアデリーナの兄妹も一緒にやってきた。
カルリ家の嫡男シモーネが父親に同行するのはわかる。でもアデリーナは話し合いに参加する訳でもないのに一緒に来て、妙な笑みを見せながらわざわざ龍舎まで足を運んで掃除をしている私に声をかけた。
「あら、ごきげんよう、レーナ」
「おはよう」
「あなた、また龍の孵化に立ち会えなかったんですってね」
それを言うためにわざわざ来たのか…。
「…それが何か?」
「あなた、呪われてるんじゃない? それだけ龍に縁がないなら、龍使いになんてなれないわね」
「そうかもね」
適当に相槌を打って相手にせず、黙々と掃除をしていても自慢話は続く。
「私なんて先月六回目の孵化に立ち会ったわ。今は二頭の子龍のお世話をしてて、先月から成龍も任されてるのよ。一人で龍に乗って少し遠出もしたんだから。龍使いたるもの、やっぱり龍を乗りこなせなきゃね」
あー、はいはい。
カルリ家は雇いを含めて龍使いが十人いる。お嬢様には優先的に龍が回される好環境だ。そんな人がわざわざうちに自慢話をしに来るこの嫌味っぷり。同い年だけど、ライバル視するほどのものが私にあるとは思えず、単に優越感を味わいたいだけなんだろう。
「それに、この前なんてドラゴネッティの王から私に龍を任せたいって依頼が来たのよ」
ドラゴネッティ。つい先日父と兄が呼ばれた国だ。
「でもお断りしたわ。あんなカビみたいな色の龍、私の好みじゃないもの」
カビ色…?
「そのうちあなたの家にも依頼が来るかもよ? 女の龍使いを探しているらしいから。まあ、あなたの場合、まずは龍使いになるところから始めないといけないもの。心配することないわね」
「カビ色の龍って、子龍?」
「成龍よ。試しに乗ってみるかって言われたけど、断ったわ。あんな変な色のカッコ悪い龍になつかれても困るもの」
乗れるほどの成龍ならルヴェインじゃない。まあ王の龍がうちの周りをうろついている訳ないし。灰緑色のルヴェインは人によってはカビ色ともとれるかもしれない色合いだ。私はそう思わないけど。それが普通の色ならルヴェインもドラゴネッティ付近に住む龍なのかもしれない。
アデリーナはちらりと龍舎を覗き、うちの龍の様子を見ると、充分話し足りたのかようやく龍舎から離れ、我が家に入って行った。客のくせに気ままに人んちをうろつくんだから。
その日、父と姉がしばらく話をしていた。女の龍使いを求める話がうちに来たのなら、我が家には姉しかいない。でも今姉は子龍を二頭抱えている。生まれたばかりの子龍を置いて他国の王の龍の世話を引き受けるのは難しいだろう。もちろん私にできることはない。
龍舎に戻って来た姉に聞くと、やはりドラゴネッティの王の龍に関する話だった。
「王の龍の世話人を募集してるんですって。向こうの国に行く気はないかと聞かれたけれど、お断りしたわ。私にはお世話する子龍がいるし、他の国に行く気はないもの」
「女の龍使いを探してるってアデリーナが言ってたけど。龍使いなら男女どっちでもよさそうなのにね」
とりあえず我が家もお断りすることになったみたい。名誉ある仕事だろうけど、王の龍の龍使いなんて、龍より人間に気を遣いそう。