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あんまりだ。あんなに待ってたのに、ちょっと離れたすきを狙うみたいに生まれるなんて。
私は龍使いになれないんだ。神様が龍使いになるなって言ってるんだ。だからいつだって私には子龍が回ってこないし、生まれそうになるとこうやって引き離されてしまう。
龍使いの家に生まれたのに龍使いになれなくて、どうやって生きていけばいいんだろう。
みんなの龍の世話の補助ばっかり、この先もずっとお手伝いだけ?
龍に乗ることもできず、呼んでも誰も来なくて、バカにされて、ご機嫌取りのように木の実や草を持って行ってもその場だけで、どの子も私なんて見てない。
ずっと下っ端。ずっとお手伝い。ずっと…
「うわああああああああああん!」
森の泉のそばにうずくまり、声をあげて大泣きした。
もう、私は龍使いになんてなれないんだ。
どのくらい泣いてたんだろう。
寝転がってしゃくりながら青い空を見上げ、白い雲を目で追った。涙が耳に入った。
仕方がない。
フェルモの言うとおりだ。私が居候龍との約束を優先して木の実を取りに行ったんだもん。薬草を見つけて、調子に乗って帰るのが遅くなったんだもん。居候龍のグミの実だけ摘んで帰っていたら、もしかしたら孵化には間に合ったかもしれない。でも、みんなに食べてほしくて、…
収まったと思っていた気持ちがぶり返し、また涙が滲んでくる。
袖で涙を拭き、鼻をすすっていると、急に目の前に影が現れた。
何? と思っていると、次第に影の輪郭が見えてきて、そこには私を覗き込んでいる龍がいた。部屋でグミの実を待っているはずの、あの灰緑の居候龍だ。
グミの実を取りに行かなければ。今日わがままを言われなければ…。
そんなの八つ当たりだってわかってた。行くと決めたのは私だ。わかってたけど、そう思えてまた涙があふれてきて、龍の前でも声をあげて泣いた。
「うるさい奴だな」
ぶっきらぼうな声で言われて、もっと声を大きくして泣いた。
迷惑だとでも言いそうな顔でいながら、居候龍はなぜかすぐそばに座っていた。少し私にもたれかかって、うるさくしているのにそばにいてくれる。
やがて泣くのにも疲れてきて、居候龍に話しかけた。
「…卵が孵ったの」
「ああ、何かにぎやかだったな」
龍同士、気配でわかるんだろう。
「今度生まれた卵は、私がお世話することになっていたの。だけど、間に合わなくて、…また姉になついちゃって、私を怖がって…」
駄目だ。また涙が出てしまう。
「お世話する龍は最初に見た人間に一番なつくから、今度こそ生まれる時はそばにいるって、ずっと待ってたのに、また駄目だった…。また…」
「そんなことか」
居候龍は鼻から息を吐き出した。
「龍の世話をしたいなら、俺の世話をすればいい。二、三カ月程度なら居残ってやるから、おまえの龍と思って世話してみろ」
…居候龍の世話?
気高く、気難しいと言われる龍が、期間限定とはいえ私の龍になってくれる?
「私の、龍?」
「ま、せいぜい気合い入れて俺に仕えることだ」
その言葉に、喜びよりも不安の方が大きくなった。
純真無垢な子龍から、わがままで気ままな謎の龍のお世話って、…かなり難易度上がってない? でも、その申し出に甘えてみるのもありかも。
ゆっくりと立ち上がり、うーんと伸びをした。
もう泣くのはやめ。家に帰ろう。
居候龍はうちからここまで飛んできたようだけど、私が抱えられる程度の龍だ。戻るなら一人で、だね。
「先に帰る?」
「一緒に帰る」
居候龍はそう答えたものの、飛ぼうとも歩こうともしない。
「ほら、連れて帰れ」
は?
「飛ばないの?」
「さっき飛んだら疲れた」
「せめて歩かない?」
「やだ。傷が痛い」
仕方ないから岩場から連れ帰った時のようによっこらしょっと抱えてみた。運べなくはないけど、それなりに重い。重くて、温かい。
「あ、そういえば名前、あるの?」
「…ルヴェインだ」
おお、なかなかかっこいい名前だ。
「誰かにつけてもらった? 人間?」
「…」
言いにくそうなので、あまり突っ込まないでおこう。
「私はレーナ。短い間だけどよろしくね」
「ああ、よろしく」
こうして期間限定ながらも、私は自分の龍を手に入れることができた。
とかくルヴェインは今まで見てきた龍と違う。
偉そうで、生意気で、わがまま。
龍舎にはやはりなじめず、昨日もあのまま籠を取りに龍舎に向かったものの、中に入らなくても近寄っただけで他の龍が緊張するので立入禁止。
とってきたグミの実が入った籠を持って、ルヴェインを連れて部屋に戻ると早速
「あの実をよこせ」
と、グミの実を要求してきた。
「全部はだめだよ。他の子にもあげるんだから」
「おまえが摘んできたものは俺のもんだ」
「ダメ!」
怒ろうが言うことを聞かず、籠に頭を突っ込み、一気に口に放り込もうとするのを籠から引き離したものの、摘んできた半分は食べられてしまった。なんて奴。
ヒメグラシ草も塗り直した。さっきは傷が痛むようなことを言ってたけど、結構よくなっている。
時々部屋の中で飛ぶこともあったけれど、窓を開けておいても外に出ようとはしない。少し風を感じて目を細めるけど、すぐに窓から離れたところに移動してしまう。
せっかく用意した寝床用の籠はベッドを覚えてからはお役御免。
時には丸まり、時にはのびーっと体を伸ばして昼も夜も私のベッドで寝転がり、ほとんどルヴェインの巣だ。他に寝るところもないので夜は同じベッドで寝るしかない。
時には足元に丸まり、時には大の字になって寝られてこっちが遠慮して端っこに寝る。
「もうちょっとあっちに行ってよー」
「後から来ておいて偉そうに」
「もともと私のベッドです!」
なんてケンカは毎日のこと。私の寝相が悪いらしく、
「昨日は蹴られた」
と怒られることもあったけど、
「それなら向こうの籠で寝れば?」
と言っても全く使おうとせず、結局籠は片づけた。