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「この前の赤い実が喰いたい」
生意気な居候龍が、用意した朝食を目の前にして言った。
昨日は結局あのまま龍と同じベッドで寝たけれど、狭いなりに結構ぐっすりと眠れた。今朝も龍より先に起きて、朝の龍舎の世話をしてから戻ってきたところ。
卵はもしかしたら今日あたり生まれるかも、と姉のラウレッタが言っていた。
前回も姉が先に孵化した龍と目が合い、すっかり気に入られてしまった。姉は龍にモテるのだ。今回こそはひびの入るところからそばにいて、ファーストアイコンタクトをゲットし、しっかりと私になついてもらいたい。
そう思っているのに赤い実…? グミの実かな。秋成りの実はちょっと珍しいんだよね。
「あれはちょっと離れたところにあって、もうしばらくの間は実ってると思うから、今度取ってきてあげるね」
こっちは前向きに検討すると言っているのに、
「喰いたい。今日喰いたい。喰わせろ」
とわがままを言ってくる居候。
「今日はちょっと無理かな。また近いうちに…」
「喰わせないなら、代わりにおまえを喰ってやろうか」
そんな物騒なことを言う龍の額を指ではじいた。キャベツも丸ままかじれないミニ龍のくせに。
「わがまま言わないよ。もうすぐ卵が孵りそうだから龍舎にいたいの」
デコピンなんてされると思っていなかったんだろう。驚いた目でじぃーっと私の顔を見たかと思うと、
「喰いたい、喰いたい、喰いたい!」
と大声で叫び、バンバンと足を踏みしめ、今にも暴れ出しそう。まるで駄々っ子だ。
「また今度ね」
「やだ、やだ、喰いたい!」
押問答を続けること五分ほど。
折れたのは、私の方だった。
ヒメグラシ草も追加でとってきておきたかったし、グミはヒメグラシ草の見つかった岩場の近くにあるし、急いで行って帰れば何とか…、なるかなぁ。
龍舎を覗き込むと、ラウレッタとフェルモが卵を見ていた。
「まだヒビもない?」
「まだだな。もう間もなくだとは思うんだが、うーん」
「森の北の崖まで行きたいんだけど…。居候君がグミの実が気に入ったみたいで食べたいって」
「今から行けばお昼には戻れるんじゃない?」
「…急いで行ってくる。まだ生まれないでね、卵ちゃん」
卵をそっと撫でて、急ぎ出かけることにした。
龍との約束は守らなければいけない。とはいえ、何で今日みたいな日にあんな激しいわがまま言うかな。
かなり早足で森を抜け、グミの実がある岩場の近くまで直行した。龍だったらひとっ飛びなんだろうけど。
先に岩場のヒメグラシ草を摘み取った。この前のようなへまはしないよう、慎重に。
グミの木の近くにカワタレ草もあった。味は悪いけど胃にいい草。何だか今日は当たりがいい。
グミの木に登り、赤く実ったものを選び、龍たち全員におやつにできるくらい摘み取った。木にして三本ほど、思ったより時間がかかってしまったけれどきっと喜んでくれるはず。
浮かれ気分で家に戻ったら、お昼はとうに過ぎていた。お腹も空いてきたけれど、まずは龍舎に採ってきたものを置きに行き…
何だか龍舎が騒がしい。やな予感。
龍舎の扉を開けると、ラウレッタとフェルモがこっちを見てる。気まずそうな顔、ちょっと浮かんだ苦笑い。
その手元には…。殻だけになった空っぽの卵と、茶色い子龍がいて、またしても姉にすり寄っていた。
「あなたが出かけて三十分もしないうちにひびが入って、つい十分ほど前に生まれて…。まだ間にあうかも?? 見て見て、この子。かわいい男の子」
ラウレッタが生まれたばかりの龍の子を抱きかかえて私に差し出すと、龍の子は私を見て驚き、ぴいぴいと弱々しく鳴き声を上げた。じたばたと動く足は、完全に拒絶している。
ラウレッタが自分の方に向けて抱き直すと、途端にピタッと泣き止み、母龍も落ち着いた様子で見守っている。
…ああ、駄目だ。前回と同じだ。またしても…。
我慢しようとしても、目から涙があふれてきた。
「レーナ…」
「仕方ないだろう、留守にしてたおまえだって悪いんだから」
フェルモの言葉にたまらなくなって、持っていたかごを落として龍舎から走って逃げた。