5-9
私が目覚めた翌日の夜、トゥーレ様とアンジェラ様が部屋を訪ねてきた。
私が眠っていた間、ノルドランシアは連日大雨が続き、あちこちで落雷の被害も起きて死者も出ていた。その雨がようやく上がり、被害の状況を確認しながら復旧に励んでいるお忙しい二人がわざわざ部屋に来てくれたというのに、ルヴェインはトゥーレ様が部屋に入ることを許さなかった。ルヴェインは子龍ほどの大きさなのに、うなり声と睨みつける目にトゥーレ様は震え、
「消えろ」
の一言に逃げるように部屋を離れて行った。
代わりにアンジェラ様の付き添いとしてアウレリア様が来てくれた。アウレリア様は一足先にドラゴネッティに帰るため準備に忙しいのに恐縮してしまう。国に帰りたくないからノルドランシアについて来ただけ、なんて言ってたけど、結局のところ面倒見のいい龍なんだろうな。
アンジェラ様は低く腰をかがめ、謝罪の意を表した。
「レーナさん、本当に申し訳ありません。龍の卵があることを周囲に知られるような振る舞いをし、あなたの命まで狙われることになってしまいました。それが原因でおなかのお子様まで…」
アンジェラ様が謝るということは、もしや
「アンジェラ様も私を囮にするの、ご存知だったのですか?」
アンジェラ様は何度も首を横に振った。
「…私は知らされてはいませんでした。ですが、卵を狙う者をおびき出すのにあなたを利用しようと思いついたのが、…その、…トゥーレ様で…」
何と。ルヴェインはそのことを知っていて、それでトゥーレ様はこの部屋に入ることを許されなかったんだ。…ルヴェインの怒りはもっともだ。
思えばトゥーレ様はここに来る前は私が龍使いだということは秘密にすると言っておきながら、城の衛兵が卵を追ってきた時、ためらうことなく私が龍使いだと明かしてた。私のことは妻の兄嫁であるより便利な龍使いの人間くらいに思ってたんだろう。
「トゥーレ様は卵を狙う者を自分の手で捕えて、陛下に認められたかったんだと思います」
トゥーレ様にとっては身内の犠牲を最小限にしたベストな計画だったんだろう。
「…成功は、しましたね」
「いえ、陛下にひどく叱られ、ルヴェイン兄様に殺されるところでした」
「コロ…?」
ルヴェインを見ると、ぐーたらと顎を伸ばしてベッドに横になったまま、我関せずを装ってる。
「この国に降り続いた雨は、ルヴェイン兄様の心の嘆きをそのまま映していたのです」
アンジェラ様は、私が寝ている間にこの国で起きたことを話してくれた。
■
王家の龍の卵の破壊を企てたのは、龍人が王であることに強い反感を持っていたガルディア公爵だった。しかし主犯の自白以外に決定的な証拠はつかめず、このままうやむやになると思われていた。
未遂に終わった事件の後、ノルドランシアでは雨が降り続き、まるで狙い撃ちしたかのように公爵領のあちこちで落雷による被害が多発した。王都の屋敷にも雷が落ち、危うく焼け落ちるところだった。何とかぼやで済んだものの、屋根が壊れ、連日の雨で屋敷のあちこちが雨漏りし、修理も間に合わなかった。
やがて、誰からともなくこれは龍の呪いなのではないかと噂が立った。
呪いなどあるはずがない。一笑に付していた公爵が乗っていた馬車に雷が直撃し、公爵自身が大怪我を負ったのはその二日後だった。
雨はやむ様子がなく、雨漏りは広がる一方。屋敷でゆっくり眠ることもできなかった。
雷で負った怪我を理由に息子に爵位を譲ることにしたが、今度は息子の乗る馬車の目の前に雷が落ち、驚いた馬が暴走し、馬車が街路樹に突っ込んだ。同乗していた者は皆軽傷で済んだものの、あまりに続く「事故」にさすがに自分たちが狙われていると認識せざるを得なかった。
これまで反龍人王の先頭を切ってきた公爵家が、龍人の王を支持することを表明した。しかし何も変わらなかった。雨はやむことなく、天から狙っていることをほのめかすように雷が鳴る。
前公爵は恐れをなし、とうとう龍の卵に危害を加えようとしたことを認めた。傷の痛みをこらえながら登城し、女王に詫びを入れた。女王は一度の謝罪程度では許さなかった。怪我を理由に拘留されることはなかったが、後日詳細を聴取することになっていた。
しかしその帰り、馬車から降り屋敷に入ろうと地面に足をつけたその時、狙ったように落雷の直撃を受け、前公爵は謝罪を受け入れられないまま帰らぬ人となった。
その後も雨は降り続き、雷が国を揺さぶる。土壌は流され、多すぎる水に草木は弱り、作物は育たなくなった。
龍の呪いの噂は王都中に広まっていった。
今、城には黒竜がいる。誰かが黒竜のつがいを害したらしい。これは黒龍の呪いなのではないか。
龍の女王が治めるこの国で龍の呪いなどある訳がない。
呪う魔法があるなら、呪いを返すことだってできるのではないか。
人々は龍である女王に事態解決を期待した。
女王は重い腰を上げ、黒竜ルヴェインと話し合いの場を持つことにした。
謁見の間には、ノルドランシアの重鎮たちが揃っていた。
ルヴェインは女王の前に呼び出され、一人向かい合って立っていた。その背後には衛兵が二人ついていた。拘束はされていなかったが、あたかも罪人を呼び出したかのような体裁に見えた。
女王を前に礼もしない生意気な客人に、周囲は不平の声を漏らした。生気のない無表情な顔が作られた人形のようで、顔立ちが整っている分不気味さを増していた。
トゥーレとアンジェラは女王の横に立ち、アウレリアは来賓だったが家臣たちが集う左右の末席で参加を許された。アウレリアは弟の背中を眺めながらこれから何が起こるのか見守ることにした。
「さて、ルヴェイン・ドラゴネッティ殿。そなたはこの国で続く雨の呪いをかけたと疑いをもたれているが、心当たりはあるか?」
ルヴェインは冷めた目のまま女王を見据えた。
「この国は呪われるようなことをしたのか」
「無礼だぞ」
ルヴェインの左右にいた衛兵が、ルヴェインの両肩と腕をつかんで跪かせた。
あのルヴェインが跪いた? アウレリアは眉を潜ませた。
女王はルヴェインが弱っていることに少し安心して小さく息をついた後、
「…龍使い殿には、王家の卵をお守りいただいたことに感謝する」
と告げた。感謝を示しながら、椅子に座ったまま頭を下げることもなかった。それを見たルヴェインは、くっと短い笑い声をあげた。
「おまえが殺そうとした卵を救って感謝されてもな」
女王を見る目は血を思わせるほどに赤く染まっていた。周囲の誰もが、龍である女王でさえもぞわりと悪寒を感じるほどに不気味な威圧を周囲にまき散らしている。
その目が、女王のすぐ隣にいたトゥーレを見た。
「レーナを囮にしたのはおまえだな」
トゥーレはルヴェインの視線の圧にとっさに目をそらせた。それを見て護衛がルヴェインの頭を押さえつけようとしたが、跪かせるのは簡単だったのに、どんなに押しても頭はびくともしなかった。
アンジェラは、レーナとレーナのところにあった卵が襲われたことは聞いていたが、自分の代わりに囮にされていたことは知らなかった。それを自分の夫が仕組んだことも。
「ま、まさか、あなた…」
「…アンジェラの卵は、この国を継ぐ大事な後継者の卵だ。何が何でも守らなければならない。王族の卵を狙うことなど許されない」
トゥーレにとって自分の卵が優先されるのは当然だった。しかし、ルヴェインはその答えを鼻で笑った。
「どのみち死んでいた卵だ。女王が殺すにしろ、民が殺すにしろ。…龍を王にすることを望まぬくせに、龍の威光による治世を望むくだらぬ国民ども。卵を救おうとこの国に来た者に死んで尽くせと強いる王族。どちらもいい勝負だ」
そしてその目がアンジェラに向けられた。
「罪ある者を誅するのに、天罰を装う。…己の卵の恨みは晴らしても、汚名は着たくないか」
「…龍への畏怖を知らしめるためよ」
ルヴェインに対し臆することなく答えたアンジェラの言葉に、トゥーレも女王も驚きを隠せなかった。
「龍に仇なせばどうなるか、罪ある者に身をもって体感していただくのが早いでしょう? この天災にあやかればより効果的ですもの」
その答えは、公爵家に向けられた雷がアンジェラが放ったものであることを示していた。
トゥーレは公爵を雷で射抜いたのが自分の妻だと知り、愕然とした。龍でありながら優しく愛らしい自分の妻が、自分の卵を害しようとした者に容赦なく罰を与えていた。それはいかにも人の恐れる龍そのものの仕打ちだ。
トゥーレは自身も龍人の母を持ち、確かに龍の血を引いていながら少しも龍らしい要素がなかった。卵から生まれながら人の血が濃く、龍の姿になれる訳でもない。だから母は自分を次の王と認めないのだと思っていた。だからこそ、今回起きた王家の卵を狙う事件を解決し、少しでも母に認めてもらおうと思ったのだ。
しかしそれが龍の恨みを買い、国を水浸しにし、作物を腐らせている。本物の龍の力を前に、自分の無力さを感じた。
「…この雨は兄様が起こしたものでしょう? 呪いとしてはもう充分にその役割を果たしています。このままではこの国が立ちいかなくなってしまいます。どうか心を鎮め、雨を収めて…」
「知らないな」
ルヴェインは興味ない様子で答えた。
「この雨のいわれなど知らんし、この国がどうなろうと俺の知ったことか。…腐って果ててしまえばいい」
ルヴェインの赤い目が光った。
「ルヴェイン、駄目よ!」
アウレリアの叫びの直後、トゥーレに雷が落ちた。アンジェラが公爵や公爵家に向けた雷の比ではない強烈な稲妻は、雷光の収まった後トゥーレの周囲を黒焦げにしていた。トゥーレが驚きで腰を抜かしながらも衣服を少し焦がしただけで済んだのは、ひとえにアンジェラ、そして女王がトゥーレを稲妻から守ったからだった。
その場にいた臣下たちは逃げ惑い、腰を抜かした者ははいつくばって震えあがっていた。ルヴェインを押さえていた衛兵は自分達の拘束が何の役にも立っていないことを見せつけられ、沸き立つ震えにもはや手に力は入らなかった。
「卵を狙った者は殺していいんだろう? ならば、卵を狙わせたものも殺していいはずだ」
女王は打ち震えた。龍にも効く魔力を弱める薬を毎日少しづつ摂取させ、この黒竜は弱っているはずだった。国中を水浸しにする呪いをこの黒竜が発しているのなら、近いうちに穏やかに収まるはずだった。しかしこの龍には何も効いていない。むしろ目に見えて荒ぶれない分、怒りが見えず、内にこもった怒りは計り知れず、既に理性を失っているようにさえ感じた。
遠くで爆発音が聞こえた。
黒竜の唯一の弱点を押さえようと、レーナのいる部屋に侵入しようとした衛兵達がルヴェインの仕掛けた結界に触れ、黒焦げになっていた。唯一の弱点。それは触れてはいけない龍の逆鱗だった。
「へ、陛下、あの龍を何とか、何とかしてください」
「あのような不吉な黒龍を国に入れたからだ! 今すぐ追い出せ!」
「もう駄目だ、この国は龍に呪われて終わるのだ!」
大騒ぎするノルドランシアの臣下たちに目をやったルヴェインは、眉一つ動かさず
「…うるさい」
と小さくつぶやくと、自分のいる城を雷撃の標的に定めた。
その時、
ルヴェイン
名を呼ばれた。
それは確かに、眠り続けているはずのレーナの声だった。
眷属のペンダントを手にして自分を呼んでいる。自らの危険を察し、呼んだのか?
目覚めたのか…?
その声に気を取られた一瞬の隙をついて、アウレリアはルヴェインの意識を落とした。続いて体の自由を奪うアンジェラ。ルヴェインの魔力を女王が抑え込む。
雷撃は放たれることなく、黒竜はその場に崩れた。
■




