5-8
目が覚めると、隣にはルヴェインがいた。
…小さい。色はいつものように黒いけど、初めて会った時の子龍サイズになって、私の隣で気持ちよさそうにくうくう寝てる。夢の中の温泉で会った龍に似てる。
体を起こすと、すぐ近くに掌に収まるくらいの小さな卵があった。わずかに宙に浮いて、一定の上下を保ってる。軽くつついても小さく揺れるだけで倒れることはなかった。龍の卵の台座みたいに魔法がかかってるのかな。
そよ風にルヴェインがうっすらと目を開けた。首をそっと撫でると目を細め、そのまま眠りの中に戻った。
柔らかな日差し。時々窓から入ってくる風が心地いい。
しばらくして、ルヴェインは大きなあくびを一つして目を開けた。目が合うと何度か大きく瞬きをした。
「レ…、ナ?」
「おはよう。私も今起きたところ」
ルヴェインの驚く顔が笑顔に変わった。
「やっと起きたな」
ルヴェインは首を伸ばして私の膝の上に頭を置いた。
部屋にいた侍女が私たちの目覚めを確認してそっと部屋を出た。
そうしないうちにアウレリア様とノルドランシアの女王様が部屋に入ってきた。
ルヴェインはその姿を見るなり威嚇しようとしたけれど、ルヴェインの頭の上に乗せていた私の手に少し力を加えると、それに抗わず、そのまま膝の上に頭を置いていた。
「全く、とんでもない黒竜殿だ」
女王様は愚痴るように言った。
「まさに荒ぶる黒龍を従える龍使いだな、おまえのつがいは」
「あなたが雷撃を落とす直前に、レーナさんがあなたの名を呼んだのよ。その声に反応したすきに、陛下とアンジェラと私であなたを止めたの。三人がかりでようやく止めることができたんだから。…全く、いくらつがいが大事だからって我を失い、これだけの騒ぎを起こすなんて」
…騒ぎ?
「レーナが、俺を呼んだのか?」
呼んだ?
「呼んだのかなぁ…」
起きたの、たった今だし。寝言でルヴェインの名前を叫んだりしたのかな。…結構恥ずかしいかも。
「荒ぶる力を使えぬよう、おまえを子龍にしておいた。つがい殿が動けるようになったらとっととこの国から離れるがいい。その時に元の体に戻してやろう。だが、向こう三年、ドラゴネッティの黒竜がこの国に立ち入ることを禁ずる」
ああ、ここでも国外追放か。行く先々で追い出されちゃうな。まあ猶予期間はあるし、そんなにこの国に来る用事があるとは思えないから、いいか。
女王様は相変わらず私に冷たい視線を向けてきた。だけど、すぐに目を伏せ、続いた言葉は
「この度の王家の卵のこと、礼を言う。そして黒龍のつがい殿に多大な迷惑をかけてしまったことを心より詫びる。…すまなかった」
お詫びの言葉に合わせ、女王様は深い礼をした。国を治める者にはふさわしくないほど深く頭を下げていた。
「もしかして陛下は、私を囮にして犯人を捕まえることを望んでなかった? ですか?」
「龍たるもの、世話になった者への恩義は忘れはしない。例え頭に卵の殻を被せられるような無礼な仕打ちを受けはしても、おまえのしたことは間違えてはいなかった。滅多にない体験をさせてもらった」
そう言うと、あの時のことを思い出したのか、女王様は珍しく口元を緩めた。
「人々の反発を受け、この国は龍の血の混じらない者が治めた方がいいのだろうと、王位を人に返そうと思っていた。だが、トゥーレとアンジェラは今、水害に見舞われたこの国を立て直そうと走り回っている。…龍の力で圧するよりも、国に尽くそうとする思いを人々が認めてくれたなら、…二人は為政者としてこの国に受け入れられるかもしれぬ」
トゥーレ様は、女王様が子供に王位を譲らず、次の卵に期待をしていると言っていたけれど、女王様は卵にさえも期待していなかったんじゃないだろうか。
人の国に嫁ぎ、龍の力を望まれ、それなのに龍を王族と認めない人々。そんな国民のために王の座に就く虚しさを感じ、子供達にも王位を継がせようとは思わなくなったのではないか、そう思えた。
「そろそろ私も引き時だろう」
「引退ですか?」
その問いかけに女王様は答えなかった。だけど答えを待たず、女王様に一つの提案をしてみた。
「トゥーレ様やアンジェラ様が忙しくなる分、子育てを手伝ってみるのなんてどうでしょう? 火の龍のそばにいれば、きっと卵も、生まれた後も健やかに育つんじゃないかと思うんです。何てったって暖かですし、時々火の龍の加護を卵に向けていただければ」
怒るでもなく、笑うでもなく、女王様は私をじっと見つめ、
「火竜の、…加護か」
とぼそりとつぶやいた。
「ずっと一緒でなくてもいいんです。ここはこの季節でも少し冷えることがありますが、陛下の加護があればきっと乗り越えられます」
「…少し、でいいのだな?」
「ええ」
「それなら、…私が余計な口出しをして、卵を失うことも、ないだろう」
そう言った女王は顔を背け、足早に部屋を出て行った。決して弱いところは見せない龍だけれど、恐らく泣いていたのだろう。
女王様には卵を害する気はなかったのだ。熱が足りなかったせいとは言え、自分の采配で大事な龍の卵を、かわいい孫を失ってしまったことを、女王様はこの先もずっと悔やみ続けるのだろう。だからこそ、次の子供はきちんと生まれてくれますように。そしてそれに女王様の助けを得ることができれば、女王様も幾分か救われるはず。
「…私、決めたわ」
女王様とのやり取りを黙って見ていたアウレリア様が、すっくと立ちあがった。
「私、ドラゴネッティに戻るわ。お父様も引退した今なら、ゴルディアの王のご機嫌を取り続ける必要もないわよね」
それは、この旅から生まれた国に戻るという意味ではなく、嫁ぎ先であるゴルディアに戻らないということ?
「フェデリコなら、姉上が戻っても文句は言わないだろう」
膝の上で横になったまま、ルヴェインが答えた。
「国のためだと思って四年間我慢してきたけど、あなたたち見てたらばからしくなったわ。…私ね、結婚したのは証書の上でだけなの」
そう語ったアウレリア様は、口元は緩ませていたけれど目は笑っていなかった。
「これでも人並み以上の容姿はしているという自負はあったの。人間との結婚に何の障害もないと思っていたわ。それなのに式を挙げたその日に夫になったラウドナート公にこう言われたの。『うまく人に化けたつもりだろうが、人でもない生き物と交わる気はない、国同士のつながりのために籍を入れてやるだけだ。結婚できただけありがたいと思え』ってね。何にもありがたいことなんてなかったわ。夫には愛人が三人いて、子供も二人いる。家はその子が継ぐでしょう。夫もその気だし。元々私はいらない存在だったのよ。あの人は私が龍なのを言い訳に好き勝手していただけ。人前では公爵夫人を演じて、意地を張って何も問題ないふりをして…。四年も無駄なことをしていた自分がばかみたい」
少し自虐的な笑みを浮かべ、そのくせ吹っ切れたような、すっきりとした表情を見せた。
「久しぶりにドラゴネッティに戻って、ものすごくほっとしたの。ずっと逃げたかった。ここまでついて来たのも、もちろんアンジェラのことも気になったけど、ゴルディアに帰りたくなかったのよ。あなた達を見ていてわかったわ。人と龍だから合わないんじゃない。人でも、龍でも信じあえる者と共に生きていきたい。自分を蔑むような相手を夫と呼び続けるなんて、もうやめにするわ」
アウレリア様の夫であるラウドナート公爵がすんなりと離婚を承諾するかどうかはわからないけれど、白い結婚は三年で離縁を認められると聞いたことがある。ごり押ししてもきっと勝ち目はあるはず。そう思っていると、ルヴェインも同じことを考えていたのか、
「面倒なことになるなら、交渉の場について行ってもいい。遠慮なく呼んでくれ」
兄弟の交流は少なかったと言いながらも、姉を思うルヴェインの言葉に嬉しくなって、いつも以上に優しく鱗を撫でた。
「そうね、あなたがあの屋敷に雷のひとつも落とせば、きっと即、私を解放してくれるでしょうね」
アウレリア様の言葉にはちょっと棘があった。




