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龍つかいの憂鬱  作者: 河辺 螢
龘 - 龍つかいにつかえる龍の逆鱗
42/49

5-5

 崩れ落ちるレーナをぎりぎりのところで受け止めた。中に龍がいないことを想定していながらも必死で守り抜いた卵ごとレーナを抱き抱え、その名を叫んだ。叫び声に周辺の窓ガラスが一斉にはじけて割れた。

 レーナの寝ていたベッドでは剣を刺した跡が数か所残り、残されていたダミーの卵が割られていた。

 ルヴェインは自分の部屋にレーナを運んだ。部屋を分けられていたことさえ、この襲撃のために仕組まれていたのではないかと思えた。

 急ぎ呼ばれた医者が患者を見るなり顔をしかめた。二週間安静を守り、ようやく状態も落ち着いてきて喜んでいたのはほんの数時間前だ。故郷に帰るにはもう少し時間がかかる、そう言うと少し落胆しながらも家に帰る日を楽しみにしていた。それなのに体を丸めて苦し気に顔をしかめ、呼吸を乱す姿。顔は青ざめ、意識もはっきりしていない。


 部屋を訪れたアウレリアは、ルヴェインの目がいつもの金ではなく、血のような赤色に変わっているのに気付き、一瞬ためらいながらもルヴェインに声をかけた。

「王家の卵を狙っていた黒幕をつきとめたそうよ」

「レーナを囮にしてか」

 低く、感情のない声だった。ルヴェインはレーナを見つめたまま、アウレリアと目を合わせることもなかった。

「アンジェラも見つかったわ。あっちは狂言誘拐だったけれどね」



 ルヴェインはレーナから卵の異変を聞き、アンジェラの元を訪ねたが、アンジェラは部屋にいなかった。部屋付きの侍女が帰りが遅いと心配していて、アウレリアと共にアンジェラを探していた。


 城の侍従長に勧められるまま、日課の卵との散歩に出かけていたアンジェラは、王城の庭園で黒ずくめの男二人に卵を乗せた手押し車ごと連れ去られていた。

 監禁先は警備は厳しかったが拘束されることはなかった。ダミーの卵は持ち去られたのに自分の卵は同じ室内にあり、穴の開いた円形のクッションの上に置かれていた。それは卵のために用意されていたように見えた。明らかに自分と自分の卵を狙って連れ去られた。これから何が起きるのか不安を感じていたが、結局何もないまま助けが来て、犯人は捕まったとだけ報告された。その後も安全のためもうしばらくその部屋にいるよう言われ、何かがおかしいと思いながらも護衛の指示に従い、卵と共にその場で待機していた。


 突然、レーナの危機を感知したルヴェインは、アンジェラの捜索を打ち切ってレーナの元に戻った。

 レーナの部屋の前に衛兵はおらず、部屋のドアは開け放されていた。窓の向こうでペンダントに込めていた守りの力がはじけた。剣を振り上げていた男は吹き飛ばされ、気を失っていた。

 レーナはこんな時でもまだ卵を守ろうとしていた。敵に背を向け、自らの体で卵を包み込んで。龍のいない卵だとわかっていたのだ。卵を捨て、自分の身を守り、とっとと逃げるべきだったのだ。それなのに、それができないレーナを利用し、敵をおびき寄せるのに利用した者がいる。許せるわけがなかった。



「おまえは知ってたのか。レーナを囮に使う事を」

 アウレリアはゆっくりと首を横に振った。

「知っていたらさすがに止めるわ。妹の卵を守るためとはいえ、レーナさんだって私には義妹(いもうと)、しかも流産が危ぶまれて安静にしていなければいけないのに囮なんて…」

 龍とは違う、体内で育つ命。それが消えようとしているのをルヴェインもアウレリアも感じていた。

「まだ産み月に至らない、人の形にも遠い未熟な胎児です。この月齢では育たないこともよくあることです。奥様はまだお若いので、次の機会もあることでしょう」

 そう答えた医師をルヴェインは胸ぐらをつかんで持ち上げた。軽々と床から足が離れ、苦しさに足をバタつかせても、表情を凍らせたままその手を緩めなかった。

「おやめなさい。その方には何の罪もないでしょう」

 アウレリアがルヴェインの腕をつかむと、ルヴェインはそのまま手を広げ、医師は床に落ちた。振り落とすでもなく、ただ手から離しただけだった。


「このままただ見守っていても仕方がないわ。レーナさんの中にある命に試したいことがあるの。うまくいくかわからないけれど…」

 アウレリアは近くにあったダミーの卵をレーナのそばに置いた。

「半分は龍の血を引くなら、卵で育つかも。…そうは思わない?」

 そう言うと、全く感情を見せないルヴェインにけしかけるように挑発的な笑みを見せた。

「これはアンジェラのために提供した私の卵。命のない卵よ。人には卵黄が邪魔かもしれないわね。確か人間は母体と子供が紐でつながっていて、栄養を送っている、…ですわよね、先生?」

 アウレリアが人の医師に向かって問いかけると、医師はルヴェインにおびえながらも答えた。

「は、はい。人は龍と違い、母親がおなかの中で自分の栄養を分け与え、子供は成長するのです」

「なら、この子を卵の中に移しても、紐の先さえレーナさんに繋がっていれば、生きていられるんじゃないかしら。それくらい、あなたならできるんじゃない?」

 アウレリアに言われて、ルヴェインはレーナの腹部に手を当てた。

 まだ生きている、小さくてかすかな気配。今にも消えそうな命。まだ人の形に遠く、よほど龍に近い。卵に移し替えたからといって生きられる保証はないが、このまま何もせずにいるよりは。


 ルヴェインはアウレリアから渡された卵の中身を消し去った。

 子宮から卵の中へ空間移動させるにはあまりに卵が大きすぎ、今ある羊水を入れたところで満たすことはできそうにない。卵を小さく縮め、鶏の卵くらいの大きさに調整した。

 周囲の羊水ごと小さな胎児を卵の中に移動させ、卵を満たす。気室にへその緒を繋ぎ、その先は空間を越えてレーナの体と繋がったままだ。羊水も循環し、レーナの体温で温められている。

 こんなことで命を繋げるのか。今まで誰も試したことのない「実験」だ。慎重に慎重を期し、試した魔法は繊細な制御を要し、万が一の失敗も許されない。雷撃を放つよりも大量の魔力を消費した。

 しかし、その中で一つの命は確かに生きていた。卵の中にありながらレーナとつながり、腹の中にいた時よりも状態は落ち着いている。だが、まだわからない。どこまでこの状態を維持できるのか。そしてここから成長できるのか、本当に生まれてくることができるのか。

 龍の卵と同じく上下を変えないよう、卵をわずかに浮かせる魔法をかけ、レーナのそばに卵を置いた。

 そしてルヴェインもレーナの隣に横たわった。疲労と倦怠感に加えてささやかながらも安堵の気持ちがよぎった。

 とりあえず仮の成育環境ができただけだ。それでもこれがうまくいき、目覚めたレーナが笑顔を見せてくれるなら。


 ルヴェインは幼い頃から攻撃の魔法は感情のまま頻繁に使っていたが、レーナと関わるようになってからより複雑で繊細な魔法を使うことが多くなった。治癒も、気流を操る魔法も、そして今回のような空間魔法もレーナといるからこそ必要だと思え、使った魔法だった。ちまちまとした制御が必要な魔法など不要なものだと思っていたのだが、それを自分が使えることで、こうしてレーナを守ることができる。

 何と面倒な龍使いに仕えることになってしまったのか。龍のためなら自らの命も省みない、龍以上に龍を思う龍使い。つがいでありながら独り占めを許さない、こんな面倒な龍使いに仕えることが自分の誇りだと、幸せだと思える。

 ルヴェインはレーナの手を握りしめ、ゆるやかに眠りについた。


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