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龍つかいの憂鬱  作者: 河辺 螢
龘 - 龍つかいにつかえる龍の逆鱗
40/49

5-3

 絶対安静を言い渡された。

 腹痛に、下腹部からの出血。切迫流産らしい。まさか、私のお腹の中に命が宿っていたなんて。

 全然気が付かず龍に乗って旅をした。

 冷える部屋で過ごしてた。

 女王様にたてついて、緊張しまくった。…ろくなことをしていない。

 今思えば、食欲がなくなってたのもそのせいだったかも。

 横になって、安静にして、おなかの中の命が育つのを待つしかない。しばらくは家にも帰れない。帰りたいのに…。

 私、こんな見知らぬ所で子供を産むことになるかもしれない。産めるのかな。女王様にたてついた私がこのお城の中に長期に滞在するなんて、許されそうにない。

 早くここを離れたい。

 一人で横になる部屋は暗くて、静かで、寂しい。

 …帰りたい。

 帰りたいよう…。

 抑えようとしてもしゃくりあげる声が漏れてしまう。

 静かな部屋に、自分の泣き声だけが響く。それが余計寂しさを募らせる。


 ドアの開く音がして、誰かが入ってきた。ベッドの縁に座ってそっと頭を撫でてくれる。

「レーナ…」

 ルヴェインの声だ。撫でてくれる手をぎゅっと握った。

「…帰る」

「今は無理だ」

「でも帰りたい。帰りたいの」

 無理を言って困らせてる。自分でもそれは叶わない無理な願いだとわかってるのに、口に出さずにはいられなかった。

 私が起き上がることのないように、ルヴェインが上から被さるようにそっと抱きしめてくれた。服の背をつかみ、どこにも行かないようにしがみついた。一人でいるのが嫌だった。

 ルヴェインの腕の中が暖かい。怖くてただ逃げたかった思いから私を救ってくれる。

 大丈夫。…大丈夫。

 しばらくルヴェインにしがみついているうちに、自分が一番に考えなければいけないことを思い出せた。

 私のわがままを実現したって仕方がない。今は、今大事なのは、目には見えないけれど確かに私の中にある子供を守ることを優先しなきゃ。

「…無事に帰るためにも、私は大人しくしてないといけないんだよね」

 私がそう言うと、私を抱きしめるルヴェインの力が増した。

「今はそうするしかないが、動けるようになったらきっとおまえを連れて帰る。おまえの願いは叶えてやる」

 こくりと頷くと、ルヴェインをつかんでいた手の力が徐々に抜けていった。次第に瞼が重くなっていき、そのまま眠りに落ちていた。


 次の日、アンジェラ様とアウレリア様が部屋にやってきた。卵も専用の手押し車に乗せられて一緒に来てる。ずっと一緒にいるらしい。

「本来なら私からお伺いするところ、お手を煩わせてすみません」

 そう言った私にアウレリア様はにこりともせずに言った。

「今のあなたは安静が仕事よ。本気で休みなさい」

 言い方は厳しいけど、心配してくれているのを感じる。私の姉のラウレッタは人にも龍にも優しいけど、こういう姉も悪くないな。

 続いてアンジェラ様が、

「卵は無事育っていると確認してもらったわ。このまま見届けたいのだけど、ずっと見ているより他にすることはないのかしら。龍は卵を抱くことはないでしょう? 卵の上下も守らないといけないし。でも今日くらいの温度だったら少し部屋を暖かくした方がいいのかしら?」

 その質問は至って自然で、うちの龍舎の龍たちも卵を産めばほぼ産んだ場所が定位置で、気にかけてはいてもずっと付きっきりになることはなく、卵も勝手に生まれてくる。それが龍が住む地域では普通だし、当たり前と言えば当たり前。

 今は公務をお休みしていても、アンジェラ様にもお仕事がある。

 そしてここに寝ているしかない居候がいる。

「アンジェラ様、よかったら交代で私が卵を見ていましょうか?」

 私がそう申し出ると、アンジェラ様は少し不思議そうな顔をした。

「宝物庫と違って、お城の中でも人や龍が過ごす部屋は温度も保たれ、冷えればすぐに対応できます。龍は基本的に体温を周りの温度に合わせますが、人は体温を一定に保つものです。だから暑さ寒さには人の方が敏感です。寒い地域の卵の番人は意外と人が向いているかもしれません。…ですが」

 女王様の、卵に接する人への警戒心もわかる。

「私を信用できる人間と思えないなら、やめておいたほうがいいでしょう。人をそばに置くことで、これ以上女王様の不興を買うのは良くないですから」

「あなたは信頼できる龍使いよ。()()ルヴェイン兄様をお世話できるくらいだもの」

 アンジェラ様は自信をもって答えてくれた。それはお世辞ではなく、本心でそう思ってくれているのだと私にもわかった。

「このベッドに柵を付けてもらえますか? 今、私は横になってないといけないので、手元で見守れる方がいいと思うんです。アンジェラ様は好きな時に預けに来て、好きな時に様子を見に来てください。寒い時には一緒に布団の中でごろごろしたり、昼間は明かりを見せ、時々歌ったり、本を読んだり。話しかけてあげれば、きっと卵も安心します。でも、この部屋に入れる人は制限して、できれば部屋に護衛をつけてください。女王様の話では、卵から王族が生まれることを快く思っていない人もいるようですから」

「わかったわ」

 アンジェラ様はすぐにトゥーレ様に相談しに行った。


 その日のうちに私のベッドの両側に落下防止の柵が付けられた。卵をまっすぐに置ける台が用意され、アンジェラ様の卵のほかダミーの卵二つ、全部で三つの卵がベッドに置かれた。ダミーは誰かのアイデアなんだろう。見慣れればすぐに区別がつくし、龍が中で育っている卵は何となくわかる。

 ベッドは広くて卵と添い寝しても全然余裕。寝ながらも龍のお世話ができて、むしろ嬉しい。

 安静の邪魔になるからとルヴェインには別の部屋が用意されていた。私としてはそばにいてくれた方が安心できるんだけど。ちょっと寂しいけれど、ルヴェインは頻繁に部屋に様子を見に来てくれた。卵を見て

「寝ながら蹴るなよ」

と言われたのは悔しかったけど、確かに気をつけなくちゃ。まあ、蹴ったくらいで割れるようなもんじゃないけど、卵の上下を守るのは龍の卵には大切なことだから。

 気合を入れ直した私を見て、ルヴェインは卵の台座に卵が転がらない魔法をかけてくれた。傾いても、自動的に戻ってくれる。

「一つでも心配事はなくすに限る」

 私の龍は恐ろしく有能だ。


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