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父とジュストが数日家を空けることになった。何でも王子のお供で、東のドラゴネッティ王国に行くらしい。兄に加えて父まで同行するとなると龍関係だろう。何かトラブったのかな。
我が家でもひときわ大きな龍、サファイアとペリドットに乗って行くことになり、改めて体調チェック。特に異常なく、元気そうなので手綱をつけ、荷物を載せた。龍の旅は特急だけど、荷物は多く運べない。
「行ってらっしゃーい!」
ゆっくりと飛び立つ二頭の龍。手を振ると、龍はクワアアアッと声を上げ、父も兄も手を振り返してくれた。
父やジュストがいなくなったので、ふと卵のことが心配になった。できるだけ卵についていたくて龍舎に入り浸り、お掃除したり、成龍をブラッシングしたりしながら卵の様子を気にかけていた。でも今日もまだ生まれる気配はないみたい。
夕方になり、食事をもって部屋に戻ると、ドアを開けるなり
「グオオオオオオ」
という雄叫びが出迎えた。
「な、何?」
「どこをうろついていた!」
居候龍がお怒りだ。
「どこって、龍舎に行って龍のお世話をしてたんだよ」
「この俺を放っておいて、他の龍の世話をしてたのか!」
「だって寝てたし」
「言い訳はいらん!」
…なんなんだ、こいつは。
「あのねえ。助けてもらったのは感謝してるけど、私はあなたの世話係じゃないんだからね。怪我が治るまでいてくれていいけど、ずっとついておくなんて無理なんだから。私は家の龍のお世話があるし、もうすぐ卵だって孵る。私は龍使いになるんだから」
ぷりぷりと怒っていた龍は、私を睨みつけると、
「飯!」
と一言。…喰っちゃ寝か。まあ、食欲があるのはいいことだけど。
手にしていたお皿を置いても相変わらず反応が悪い。
「どうぞ、召し上がれ」
愛想よく笑ってみても拗ねたまま。
仕方がないのでみかんをつまんで差し出してみた。いろいろ言われることを考えて外皮も向いてみたけど、気を使いすぎ? 意外とあの酸っぱい皮がおいしいかも。
かぷっ。
ちょっと指先を食べられてびっくりした。睨みながらも口はしっかりと動かし、ごくりと飲み込むと、その後は自分の気が向くままに皿の上の食べ物をつついていた。
おなか空いているなら、意地を張らずにとっとと食べればいいのに。
食べている間、ヒメグラシ草を乳鉢ですりつぶしながら様子を見て、食べ終わるのを待って傷を見せてもらった。
ガーゼは取れていたけれど、薬草はへばりついていた。
「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」
残っている薬草をそっとをぬぐい、傷を見たけれど悪化はしてない。新しい薬草を塗ってガーゼを傷に当てる。痛そうな顔はしていない。ぐるりと体に包帯を巻いてガーゼを固定し、簡単な治療は終わり。
「体に毒針みたいなのが刺さっていたよ。見つけた七本は抜いたけど、残ってないかな。どっか変なところある?」
「毒針?」
居候龍は首を傾げ、少し渋い顔をしていたので箱に入れておいた針を見せた。
「ちょっと瘴気があったけど。心当たりある?」
知らない間に受けた傷ということはないだろうけれど、居候龍は何も言わなかった。
「運よくヒメグラシ草が手に入ったから、まあ一週間もすればよくなるんじゃないかな。傷が治って、元気になるまでうちにいていいよ」
居候龍が食べ終わった皿を両手で持ち、部屋を出ようとした時、
「…感謝する」
それは聞き逃しそうなほど小声で言われた素直なお礼だった。
寝る前にもう一度龍舎に行ったけれど、卵はまだ孵りそうになかった。
部屋に戻ったら、寝床にしていた籠に居候龍がいない。
巣にでも帰っちゃったんだろうか。窓も空いてないけれど。そう思いながら部屋の中を見回すと、何と私のベッドの上で寝てやがる。
起こそうとしたけれど、丸まりもせず、だらりと全身を伸ばしてくつろいだ様子で、用意した寝床よりもずっとのびのびと気持ちよさそうにしていて、仕方がないからそのまま寝かせておくことにした。他にソファも布団もない。掛け布団の上に寝てるのは困るけど、龍のいない側からそっと布団に入って寝ることにした。