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龍つかいの憂鬱  作者: 河辺 螢
龘 - 龍つかいにつかえる龍の逆鱗
39/49

5-2

 しばらくして、トゥーレ様が衛兵二人を率いて戻って来た。

「母上が会うと言っている。…大丈夫か?」

 トゥーレ様はあの女王様を私程度の人間が相手にできると思っていないのだろう。

 恐くない訳じゃない。緊張してちょっとおなかが痛いけど、大丈夫。

 私は龍使いだ。龍のためなら、がんばれる。

 こくりと頷き、それを返事にした。

「アンジェラ様はこの卵を守っていてくださいね。信頼できる護衛をつけて、絶対宝物庫に戻されないように」

「大丈夫。私は龍よ。いざとなったら人間には負けないわ」

 卵を愛しげに撫でながら、アンジェラ様は強い決意の目で頷いた。アウレリア様の侍女をしている龍もついていてくれることになり、心強い。


 呼び出しに応じ、トゥーレ様について行く。ルヴェインと、アウレリア様も一緒。

 呼び出された先は女王様の執務室だった。私たちが入室しても忙しそうに書類を見ながら、

「おまえか、卵を盗んだのは」

と一睨みだけして、すぐに視線を書類に戻し、一枚の処理を終えた。この一件も事務書類のように片づけたいのだろう。

「盗んだのではありません。移動しただけです」

「王家の龍の卵を勝手に持ち出したのだ。盗んだも同然だろう」

 視線は書類のまま、ペンを動かし続ける。卵を王家のものとして大仰に扱いながら、その対応は仕事の片手間でしかない。

「あのままでは卵は死んでしまいます」

「死ぬのは中の龍が弱いからだ。弱い龍では王になどなれぬ。弱い龍しか産めぬ王太子妃など、役立たずにすぎぬ。とっとと側妃を娶り、強い龍を…」

「卵を死に導いているのは、あなたです」

 私がそう言うと、女王様は書類から目を離し、手にしていた書類を投げて机をバンと叩き、私を睨みつけた。

「卵が孵化しなかったのは私のせいだと申すか」

「そうです」

 私も女王様を睨み返した。どんなに圧をかけられようと、卵のため、絶対に譲れない。

「どうしてあの場所を選ばれたのですか」

「おまえのような盗人から守るためだ」

 そう言った女王様は、明らかに私を敵扱いしていた。

「私は何度も卵を失ってきた。おまえのような輩から、…私の目を盗んで卵を盗む者、割る者、…そういった者から守るため、私は最も守りの高いあの部屋に卵を置いた。そうするようになり、ようやく我が子を得ることができたのだ。龍は光物を好むものだ。金銀宝石に囲まれ、静かな部屋でゆっくりと力を養う。これほどまで龍に適した場所はないだろう」

 この方は本当に卵を守るつもりで、…善意であの部屋に…。

 下手に信念を持っているだけに、言葉だけでわかってもらおうとしても無理だ。やっぱり、体感してもらうのが一番だろうな。

「ルヴェイン」

 私の呼びかけにルヴェインは指をはじいた。すると、女王様の頭にすっぽりと卵の殻が被さった。

「な、何を」

 急に前が見えなくなり、内にこもった自分の声にうろたえる女王様。体が硬直して身動きが取れず、殻を取ることもできずにいる。同時に周りにいた衛兵も役人も動けなくなっていた。有無を言わせない魔法の早さ。ルヴェインの魔力は強い。

「宝物庫へ」

 その場にいた鍵を持つ役人が硬直を解かれ、震えながら私たちと共に宝物庫まで同行し、手にしていた鍵で重い扉を開けた。

 硬直したままの女王様を庫内に運び込むと、卵を置く台の隣に立たせた。もちろん卵の殻はかぶったまま。

「何をするのだ。衛兵、この者達を捕らえよ。早くこの変なものを取れ。一体この私をどこへ連れて…」

「静かに」

 扉が閉まる。

 役人は声も出せないように固められ、私たちは沈黙を守る。

 今この部屋にいるのは女王様、鍵を持ってきた役人、ルヴェインと私、トゥーレ様とアウレリア様。

 一分もしないうちに魔道具の明かりが消え、部屋は真っ暗になった。

 初めからそうなるとわかっていた私たちは、そのまま黙り続けたけれど、事情を知らない女王様は

「ひっ」

と小声で悲鳴を上げた。卵の殻を被っても外の明るさは感じられている証拠だ。

 ただ静かで暗い部屋。金銀宝石など暗闇の中では光りもしない。ただ真っ暗なだけ。

「ど、どうするつもりだ。このままここに私を置き去りに…。誰か、誰かおらぬのか。あの人間が私を亡きものにしようとしているのか。それともドラゴネッティの連中が…。こんなことをしてただで済むと思うな!」

 叫んでも誰も来ない。体は動かないまま、ただ暗闇の中で頭にかぶり物を被されて立っているだけ。

 ずっと叫んでいた女王様の声が、だんだんと悲鳴に近くなってきた。

「早く出せ! 無礼者どもが。出せ! 誰もおらぬのか!」

 やがて泣くような声に変わり、苛立ちと恐怖に体を熱くさせた。それでも龍になることもできないのは、押さえつけるルヴェインの方が力が勝っているからだろう。

「やめて…、やめてくれ…。ここから出して…」

 

 十分くらい経過して、ルヴェインが指を動かすと、部屋の魔道具の明かりが灯った。明かりを感じて女王様もほっとしたようだった。

「これが、あの卵の置かれていた世界です」

 私の声に、女王様がいらだった。

「おまえが企てたのか、このような不埒な」

「今、あなたがかぶっているのは卵の殻です。卵の中は暗闇じゃありません。卵の中で龍は光を感じ、熱を感じ、外の世界の気配を感じながら大きくなっていくのです。あなたがご自身の卵を守るためにこの部屋に卵を置いたのは、せいぜい数時間程度ではありませんか?」

 女王様はまだ怒りを持ちながらも、私の話に耳を傾け、少し動揺している。

「陛下、あなたは火の龍ですね」

「…そうだ」

「この国は、龍が育つには少し寒いようです。あなたの近くで育つ卵は暖かなあなたのそばにいてきっと心地よかったでしょう。ですが、アンジェラ様の卵は産まれてからずっとこのように暗くて閉めきった部屋に隔離され、明るさも知らず、周りに誰の気配もなく放置されていました。この国の気温は龍が育つには少し低すぎます。ここにいれば外気の影響は少ないでしょうが、熱を得ることはできません。こんな暗闇の中で放置されても、強い龍なら育つと、そうお思いでしたか?」

 女王様の拘束は解かれた。頭にかぶせていた卵の殻も取られ、室内にトゥーレ様もいることを知って少し驚いていた。トゥーレ様は母親である女王様に初めて逆らったのかもしれない。

「火の龍や氷の龍ならここでも育つかもしれません。ですがアンジェラ様は水と緑の気の強い龍です。生まれる龍も寒さに強くはないでしょう。ここで卵を育てるなら、周りの温度を上げ、温かくしないと育つ率はかなり低くなります。…この国は、元々龍の住む国ではありませんよね」

「…ああ、そうだ。ここは龍の国ではない」

 ゆっくりと目を伏せ、そう語った女王様は悲しげだった。

「この国の者は龍の力を欲しがり、火の龍である私を王の妻として呼び寄せたのだ。王は私を王妃として認めてくれた。だが、周りの者は人でない私を影ではオオトカゲと蔑み、卵から生まれた者が王族になることを毛嫌いし、何度も嫌がらせを受けてきた。人から隠すことこそ、卵を守ることだった…」

 当時のことを思い出したのか、少し悔しそうな表情を見せた後、女王様は

「…すまぬ」

とつぶやくように言った。それは私が受ける言葉ではなく、トゥーレ様やアンジェラ様、そして育たなかった卵たちへの言葉なのだろう。

「…あの卵は、…まだ間に合うのか」

「わかりません」

 何せ私は龍医ではないし、寒い土地のこともよく知らない。

「でも、環境さえ整えば、冬でも育つ龍はいます。どうか、卵が孵る手伝いをさせてください」

 宝物庫のドアが開いた。元々鍵もかけておらず、扉を閉めただけだった。

 体の膠着を解かれた衛兵達が慌てて駆け付けたけれど、女王様は

「捨ておけ」

と言って衛兵を引かせ、執務室に戻っていった。


 あの女王様と対峙する緊張から解放され、腰が抜けそうになった私をルヴェインが支えてくれた。

「顔色が悪いな」

「緊張しちゃって…。とりあえず卵をこの部屋から出せたから、次は…」

 ずっと我慢していたおなかの痛みが強くなってきた。おかしいな、緊張のせいだと思ってたんだけど。

「レーナ?」

 支えてもらっているのにうずくまりかけた私をルヴェインはさっと抱えあげ、部屋まで運んでくれた。

「医者を頼む」

 部屋に運ばれると、すぐにベッドに寝かされ、部屋にいたアンジェラ様も卵を抱えて心配そうにしていた。

 そうだ、アンジェラ様の卵を見なくちゃ…。

 起き上がって手を伸ばそうとしたけれど、ルヴェインに押されてベッドに背中をつけた。

「今は寝てろ」

 やがて現れたお医者様は、私の様子を見てルヴェインを含めたみんなに部屋から出るよう指示した。


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