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氷の宮と風の宮はさほど離れていないので、このまま歩いて帰ろうかとルヴェインと話していたら、どこかの護衛騎士が待機時間に無駄話をしているのが耳に入ってしまった。
「…だよなー。所詮はつがいなんて迷信みたいなもんだろ。風の宮の人間にしたって」
ばっちり、自分の噂話されてる。つがいと扱われる風の宮の人間。私しかいない。向こうは私が近くにいることに気が付いていない。勿論、その隣にルヴェインがいることも。
「幻滅だよなー。何がつがい様だ。殿下がいない隙に男連れ込んでさ」
…男を連れ込む?
「あの噂、本当だったのか」
「夜警備してた奴から直接聞いたんだから間違いないさ。銀色の髪の男をベランダから引き入れて、キスしてたらしいぜ。そのまま抱っこして部屋に入ったっていうから、やることやってお楽しみだったんだろうよ」
ひゃああああっ、み、見られてた!
あ、相手はね、別にやましい人じゃないけど、やましいと思うよね。本当の夫は黒髪で、夫の留守中にベランダ伝いにやってきた銀色の髪の男にチュッてして、一緒に部屋に入って…
間違っては、ない。けど。
…まさか、見られてたのかぁ。
「そのくせ、次の日には平気な顔して修練場に来てさ、いかにも殿下の奥さまって素振りで差し入れなんか持って来たところで、騙されるかってんだ。持って来たもん、捨ててやったよ」
…ああ、なるほど。そういう訳でああいう態度に出たのか。憧れのつがい様が一転して龍をたぶらかした浮気女になったと。うーん、薬草には罪はないんだけど。もったいない。
「火のないところに煙は立たないね」
えへへとごまかそうとしながら横を見ると、無表情になったルヴェインが護衛騎士を睨みつけていた。そしてそのまますたすたと早足で騎士の元に行くと、騎士達は近寄るルヴェインに警戒しながらも、その威圧に体を固まらせ、剣を抜くこともできなかった。
「…何の話をしてる」
「ひっ」
「おまえたちは要人の護衛をしながら、来客の中傷をして楽しんでいるのか」
「で、…殿下? えっ、れ、レーナ様??」
はい、噂されていた本人です。
「警護で知り得た話を安易に口にする程度の者が王城の護衛を務めているのか」
二人とも、ぶるぶると震えている。でもルヴェインが怒っているのが「私の噂」だからではなく、「来客の噂」だったので、止めるのをやめた。
ルヴェインが合図すると、私たちの警護をしていたヴァスコが近づいた。
「すぐに交代要員を手配しろ。風の宮の警護をしていた奴らも集めろ。おまえたちは交代が来次第、騎士隊本部に戻れ」
「はっ」
すぐに周辺を警備していた騎士が呼ばれ、二人の騎士は本部へと戻された。
そのままルヴェインと一緒に修練場のすぐ隣にある騎士隊の本部までついて行った。
今の私は放置されていた仮の婚約者とは違う。ドラゴネッティの王族にして来客。なんだけど。…いつも気安く接していたことが仇になってしまったか。
噂をしていた二人に加え、ここ数日風の宮の警備に当たっていた騎士が呼ばれた。フラヴィオは他の警備についていて不在だったけど、ヴァスコとダンテ、ファツィオもいた。
私と一緒に現れた銀髪碧眼の男がルヴェインだとわかって、正体を見抜けなかった面々がざわついていたものの、ルヴェインの一睨みですぐに静かになった。
「風の宮でベランダから男が侵入した日に警備していた奴。前に出ろ」
数秒おいて、二人の騎士が一歩前に出た。確か、シストとウーゴ、だっけ。
「おまえたちは、男が風の宮に侵入しようとした所を見たのか」
「み、…見ました」
シストが答えた。
「それが俺だと、知っていたのか」
「しり…、知りませんでした」
「知らなくて、何故侵入を止めなかった」
「それは」
ちらっと私を見て、すぐに目をそらせた。
「レーナ様が嬉しそうな顔をされていたので、合意の上での夜這いであろうと。…レーナ様の不貞を見て見ぬふりをしたことは申し訳…」
ルヴェインの鋭い視線に、シストは言葉を止めた。
「おまえの仕事は何だ」
「…護衛です」
深く息をついたルヴェインは
「おまえがしていたことは、ただの覗きと変わらない」
そう言うと、目を細め、明らかに見下した目でシストを見ていた。
「誰も守らず、状況を推測して放置した。相手が逢引を装った暗殺者だったらどうする。要人を人質にとられて立てこもられたら?」
「そ、そのようなことは…」
ルヴェインはもう一人、前に出ていた騎士ウーゴに近づいた。
「男が夜這いに現れた話を聞いたか」
問いかけられただけでウーゴは震えだした。自分は関係ないと思って油断していたみたい。
「き、聞きました」
「いつ聞いた」
「外の見回りを交代した時、です」
「中の安全確認はしなかったのか」
「…し、してません。逢瀬の邪魔をするのは無粋だと…」
「そのまま黙認したのか」
「…は、はい。高貴な方々の護衛をする際には、見て見ぬふりをすることも時には大事であり…」
「あの間男がルヴェイン様だと知っていたら…。我々を試すおつもりだったのですか?」
シストとしても不満だったのだろう。ルヴェインに反論したけれど、
「俺が試すつもりなら、レーナに汚名を着せるようなことはしない。だが、おまえらの護衛という仕事に対する心構えがどういうものか、よく理解できた」
ルヴェインが冷静を装えば装うほど怒りがにじみ出てきて、当の二人だけでなく周囲の人をも恐れさせていく。
「貴人の安全も秘密も守れない、その程度の心構えで騎士を名乗るな。この国の恥だ」
騒ぎを聞きつけたのか騎士隊の隊長さんが息を切らせながら駆けつけた。
「殿下、何か不手際が」
「この連中は侵入者を黙認した。…侵入者は俺だったんだが」
隊長さんは項垂れる隊員に目をやり、すぐにルヴェインに深く頭を下げた。
「大変申し訳ありません」
「レーナに親しみを持つことを止めはしない。だが馴れ合うな。感情を先立たせるな。直情的なのは龍の悪いところだ。例え親の仇でも護衛を命じられれば命を懸けて守らなければいけない。そういう仕事に就いているという覚悟をもて」
「はっ」
ルヴェインの言葉に、その場にいた者は即座に凝立した。
「今は警護で忙しいだろう。…あとでしごきに来る」
最後に一睨みして威圧を飛ばすと、皆青ざめ、中にはブルッと震える者もいた。
ルヴェインが差し出した手を取ってあとは帰るだけながら、こんなことになったのは私にも原因がない訳じゃなく、何となく気まずい。
「あ、あの、…紛らわしいことしちゃって、ごめんね」
律した後に余計な事と思いながらも、つい謝らずにはいられなかった。
「ルヴェインに会えて嬉しくて、…その、ベランダでいちゃついて、変な気を遣わせちゃって。ひ、品よく、場所を考えて、その…」
下手な弁解をする私にルヴェインもあきれ顔だった。
「…おまえはしゃべるな」
「でも、ルヴェインが密入国で捕まったら困るし、でも会いたかったし」
「密入国?」
その言葉にざわつく騎士隊の皆さん。…まずい。余計なこと言った。せっかく隠してたのに。血の気がサーッと引いて行く。どうしよう。手が震えてくる。
「はっはっは」
黙りこくった私に、隊長さんが豪快に笑い声をあげた。
「妃殿下、ルヴェイン殿下が一緒にお越しになることは王も騎士隊の上層部もわかっていました。…まあ、堂々と入国いただくわけにはいきませんでしたが」
「そうなの?」
ルヴェインを見ると、
「内々には、だ。あまり大っぴらに言うな。それこそあいつらの夜這い黙認と大差はない」
と、ちろりと騎士たちに向けられた視線に、隊長さんが横目でちらっとルヴェインを見ながら
「そもそも、殿下が窓からではなく、きちんと入口から入ればよかったんです」
と正当な不満を告げた。
「顔だけ見て戻るつもりだったんだ」
ちょっと仏頂面でいうルヴェイン。
「ベランダに出たらそこにいるんだもん。…あんな再会、ちょっとときめいちゃった」
思わずつぶやいた本音にあちこちから笑い声が漏れて、隊長さんもルヴェインも苦笑い。せっかくのルヴェインのお説教がしまらない形で終わってしまった。
その後、隊長さんの指導があり、私の噂話に盛り上がった面々はこってり絞られたらしい。とかく忙しい時期なので、見張りをしていた二人に謹慎させておく暇はなく、別の業務に回されることになったと聞いた。勿論名誉挽回の機会になるので、しっかり働くことだろうね、噂話なんかせずに。




