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今日は修練場に行ってみた。少しだけど怪我に効く薬草と薬を差し入れに持って、近いから一人で行ける距離なんだけど、ちゃんと護衛はついてもらうことにした。
今日の護衛はダンテだった。荷物を持ってくれたけれど、気のせいか少しよそよそしく、話しかけてもあまり返事が返って来ない。
いつもなら互いに打ち合いをしたり、警備を交代して休憩を取ったりしているのだけど、今日は修練場にいる人の方が少ない。結婚式の来客も多く、警備で忙しいのだろう。誰もがバタバタと忙しくしている。そんな中でも向けられる視線がちょっと以前と違うように感じた。歓迎されてない。…退屈してる来客の相手をしている暇なんてないか。何人かにあいさつ程度に声をかけた後、早々に修練場を出た。
帰り際、差し入れた薬草が捨られているのが見えた。厳戒態勢の中、よそ者が持ってきた物を安易に受け取れなかったのかもしれない。ちょっと気が利かなかったか。街で以前と同じように接してもらえたから、自分の中では何も変わっていないような気になってた。
「忙しいところ、お邪魔してごめんなさいって、みんなに伝えておいてね」
ダンテにそう言うと、小さくうなずいたものの、視線をそらされた。
風の宮まで送ってもらうと、ダンテは私が宮の中に入るのを見届けて、あとは外の警備をしていた。今日はこれ以上出歩かず、このまま風の宮にいた方がいいかもしれない。
お昼を過ぎてもルヴェインは戻らず、結局その日も夕食は一人だった。
何だか昔を思い出す。ルヴェインに連れられてここに来て、毎日ルヴェインを待つしかなくて、やがて待つのもやめて、自分一人で好きなことをして暮らすことを選んでしまった、あの頃。
涙が一粒こぼれて、慌てて手で拭った。
何てことないと思ってたけど、私、つらかったんだなぁ。
溜め息ばっかりついて、食欲も落ちてる。
こんなの、私らしくないや。こんな日は早めに寝てしまおう。
翌朝目覚めると、いきなり隣にルヴェインがいた。
私の部屋の、私が寝ているベッドに入りこんで服のまま寝ている。ボタンは二つ外しているけど、服のままじゃゆっくり寝られないだろうに。
いくらベッドが広いとはいえ、私、自分のベッドに人が入ってきても全然目が覚めなかった。そんなに疲れてたっけ? ルヴェインだったからよかったけど、自分の爆睡ぶりがちょっと怖くなった。
昨日帰ってきたのかな。先に寝てしまってたから、がっくりしたのかな。
髪は銀色のままだ。恩赦は出なかったんだろうか。色は違っても変わらずつややかな髪を指先で数回撫でて、そっとベッドから降りようとすると、手首をつかまれた。
「…レー…」
そのまま手首を引かれ、巻き込まれるようにルヴェインの両手が絡みつき、容赦なく抱きしめてきた。思わず
「うげっ」
と声が漏れても気にもかけず、じわじわと締め付けを増しながらつむじ辺りに顔を寄せ、何度か唇を寄せながら、匂いをかがれているような気がする…。
「ル、ルヴェイン、…ル、くすぐったい!」
ふと動きが止まり、焦点も不確かだった目が私の顔をじっと見る。いつもと違う、見慣れない碧の目。だけどルヴェインの目だとわかる。締め付けていた腕の力が緩まり、身動きが取れるようになったので、軽くおでこを合わせた。
「おはよう。戻ったの遅かったんでしょう? ゆっくり寝てて」
「…いや、起きる。急で悪いが、今日は王宮に行くことになっている。クリフには伝えてあるから準備はできているだろう」
王宮、ということは、王族の皆様に挨拶か…。もちろんドレスに着替えるんだろうな。
アンジェラ様にも会えるかも。
「恩赦、出なかったの? その髪…」
「…無事、お赦しいただいた。俺がここにいても違法ではなくなった。だが、髪の色を変えただけで俺だとわからないまぬけな奴が意外と多い。しばらくからかってやろう」
いや、わからないように髪や目の色を変えてるんでしょうに。
「ご挨拶もそれで行くの?」
「それもいいな」
そう言ってにやりと笑うけど、
「別に私、勧めたわけじゃないよ?」
念押しして言ってみたけど、通じていないようだった。これはその髪色のままで行く気だな。
ノックの音がして、声がかかった。
「入れ」
この状況で平気で人を部屋に入れるルヴェインに文句の一つも言う暇なくサーラさんが入ってきた。ルヴェインがいてもサーラさんは驚くことなく、一礼して
「おはようございます。本日は陛下との謁見がございます。レーナ様はお支度があるのでお食事も早めになります」
と言うと、私の代わりにルヴェインが答えた。
「わかった。進めてくれ。…それじゃあ、また後で」
ルヴェインは軽く口づけして部屋を出ていった。気ままな自分ちって感じ。
「…びっくり、しなかった? この部屋にいて」
「ルヴェイン殿下ですか? 気ままに振る舞われるのは幼い頃から存じてますので。まあ以前より周りのことに目を向けるようになられましたのは、レーナ様のおかげかもしれません」
…あれで?
ルヴェインの幼い頃を知っているサーラさんは、ちょっと年上に見えるけど、実はだいぶ年上かもしれない。
後で締め付けられるのを考えて食事はほどほどにしておいた。サーラさんの着付けは絞まってはいるけど苦しいの一歩手前で上手に収めてくれる。できる侍女さんは違う。
城内を巡るのに、今回も龍車が用意されている。
ん? …現れたルヴェインは何故か侍従みたいな格好してるんだけど?
近くにいた騎士のヴァスコはルヴェインだとわかっているらしく、面白がって笑ってる。それでいいのか、龍どもよ。
丁度交代で来たファツィオがルヴェインを見て
「あっ!」
と声を上げて剣に手をかけた。ルヴェインの一睨みで固まり、剣を抜けないまま小さく震えていると、ヴァスコが
「ルヴェイン様だ」
と耳打ちした。すぐにファツィオは剣から手を離し、
「も、申し訳ありません!」
と深く一礼した。
「ご苦労」
ルヴェインは満足した表情をファツィオに向けた。どんなに従者の恰好をしていても、態度はどう見ても主人だ。
私が龍車に乗り込むと、ルヴェインは「侍従」としてそのまま龍車に同乗し、王宮へと向かった。




