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翌日、フラヴィオが私服で来てくれ、一緒に街に出た。
私が用意した薬草やその他お土産の詰まったリュックを背負っていると、
「それは持たせてください」
と取り上げられてしまった。手ぶらはどうも落ち着かない。
門番さんは以前と変わってなかった。
「こんにちはー」
と挨拶すると、
「おお、戻って来たのかぁ。気を付けて行きな」
と気安く手を振って顔パスで通してくれた。フラヴィオが驚いていた。
まず薬屋のマーノさんの所に行き、お土産の薬草の干したのと、昨日王城の中で摘んできた薬草を渡した。
「相変わらず、いいの採って来るわねー」
褒められて、思わず照れ笑いが出た。
「これがヒメグラシ草。この草は生の方が効きがいいんだけど運ぶために乾燥させちゃった。瘴気を含んだ傷によく効いて、お茶にしてもいいよ。うちの国でもあまり多くは採れないんだけど、秘密の穴場があるから、いる時は言ってくれたら送れるよ。こっちはかぶれに効くヨナガ草。…、あ、これジュズ草?」
自分の持ってきた草の話をしながらも、つい机の上に置いてあった薬草に目が行ってしまう。
「欲しい?」
「欲しいけど、乾燥させて持って帰れるかな」
「粉末でも渡せるわよ? 瓶入りで」
相変わらずマーノさんの所の薬草は種類が豊富で質がいい。ついつい話が弾んでしまう。まあ一週間は滞在するから、もう一、二回は立ち寄りたいな。
続いて龍医のセルジオさんの所に行った。丁度薬の配達があったので、マーノさんから預かって持っていくと、久々に会ったにもかかわらず、
「お、いいところに来た。ちょっと手伝え」
と相も変わらず遠慮なくこきつかわれ、患者さんの傷の手当てをしたり、事前の問診をしたりして午前中はずっと病院にいた。お駄賃代わりにお昼をおごってもらい、ご飯を食べながら今回来た目的がラウル王子の結婚式への出席だと言うと、
「なるほどな。じゃあ恩赦が出たのか」
と言われた。
「恩赦?」
「ルヴェイン殿下の国外追放が赦免になったから来たんじゃないのか?」
「それ、聞いてないんだけど…」
そんな予定があるなら、言ってくれればいいのに。そもそも、恩赦が出るなら今回の招待状、私にしか来てないってのがちょっとおかしいよね。しかも実家の名前のままだったし。
「じゃあ、一人で来たのか」
「…うん」
建前上は。…ほんとのことは言えないけど。
「あの殿下がよく許したなあ」
許されなかったから一緒に来たんだけど、それは秘密。恩赦ももう発布されてるかわからないし、まだだったらちょっとやばいしね。
その後果物屋さんにも行って、お勧めの果物を多めに買い、ついでにちょっと小物屋さんとか布屋さんも見て回って王城に戻った。
買った物はみんなフラヴィオが持ってくれて、ちょっと恐縮しちゃうけど、
「これくらい、軽いもんですよ」
と笑って答えた。
後でお礼に買った果物を手渡すと、少し照れたように笑いながら受け取ってくれた。
…手渡しは問題ないよね。食べさせなければセーフのはず。
その翌日は結婚式に着ていくドレスが届く予定になっていて、サイズの微調整をするから風の宮で大人しく待機しているよう言われた。
ルドールの王子ご一行も無事着いたらしい。ということはルヴェインも王城に来てるはず。今晩あたり戻って来るか、もう少しかかるかな。
ずっと風の宮で待っていたけど、結局夕食が終わってもルヴェインが風の宮に来ることはなかった。
自分の部屋に戻り、寝る準備をして少し窓を開けて本を読んでいると、草を踏む音がした。
ベランダに出てのぞき込むと、向こうも私に気が付いて見上げた姿は銀色の髪に碧の目。変装してるけどルヴェインだとすぐにわかった。龍には戻らず、木を伝ってあっという間にベランダまで上がってきた。こんな現れ方、まるで許されない恋の密会って感じでドキドキしてしまう。無事私のいるところまでたどり着くのを待って思わず飛びつくと、ふらつくことなく受け止めてくれた。
「不用心だな、こんな時間に窓を開けて出てくるなんて」
「ルヴェインの気配がしたから」
「髪を変えてもわかったか?」
そっと頭を撫でられて、見上げたタイミングで額に唇が触れた。照れてしまう私とは違い、至っていつも通りのルヴェイン。そのまま軽く口づけをすると、軽々と私を抱きかかえて部屋に入り、窓が勝手に閉じた。魔法かな。
「すまないが、今日はまた戻らなければいけない。明日、ルドール側の用事を済ませたらこっちに戻る。丁度明日の正午に恩赦が発布されるようだ」
やっぱり恩赦が出るんだ。セルジオさんが言ってた通りだ。
「恩赦待ちって、なんか悪者って感じだね」
「まあ、…そうだな。今もこうして密入国してるしな」
悪そうに笑う姿がまたよく似合ってる。でも銀の髪だといつもより悪さが15%減に見える。
「恩赦を出すつもりだったら、ルヴェインにも招待状をくれてもいいのにね。やっぱりレティシア王女に遠慮したのかな」
「かもしれないな。まあ、俺はラウルの結婚になど興味はないが」
話をしながら降ろされたのはベッドの上だった。そのまま寝かされ、布団を肩までかけてくれて、まるで子供は寝る時間って感じで額にそっと唇を寄せた。
そうか、このまままた戻っちゃうんだ。でも、忙しい合間を縫って会いに来てくれたから許す。
「俺が戻ったら、王家の連中に挨拶に行く。アンジェラと話す機会もあるだろう。もう少し待っていてくれ」
「うん。ありがとう。…ごめんね。呼ばれたから行きたいって安易に言って。相手は王族の方だからいろいろ大変なのに、そんなこと全然考えないで無計画で…」
「全くだ」
皮肉っぽくそう言いながらも、ルヴェインは優しく笑っていた。夫なのに何だかどきっとして、恥ずかしくなって顔を布団で隠すと、ひょいっと布団をめくられて顔が丸出しになった。
「な、…何?」
じっと私を見つめる目。
「…街にはもう行ったのか?」
「昨日、お薬屋さんとお医者さんの所に。果物も買ってきたよ」
「護衛は」
「ちゃんとついててもらったから大丈夫」
「…フラヴィオか」
「うん」
「おまえを乗せていったのもあいつだったな…」
じっとこっちを見る目が少し鋭くて何だか戸惑っていると、掛けていた布団を思いっきりめくられ、ひょいと肩に担がれ、そのまま部屋の奥に移動した。かつて一度も開いたことのなかったドアを開けて隣の部屋へ。
そこは、ルヴェインが過ごしていた部屋だった。
ベッドの端に降ろされ、そのまま座って部屋を観察する。ほんのりと赤みを帯びた木材で統一された家具。落ち着いた深緋色のラグやカーテン。長く使っていなかったと思えない、きれいに整えられた室内。何事もなく王子妃として迎えられていたら、こうしてお互いの部屋を行き来して生活していたんだろう。
呑気な私とは別に、不機嫌なルヴェインは私を見下ろして
「気に入らん」
と一言。麗しい顔なのに、眉間にしわが寄ってる。
「俺が連れて行きたかった」
やっぱり、そこよね。
「仕方がないのはわかってる。わかっているが、…気に入らん」
そんなこと言われても…。
「一人で行っちゃだめって言ったの、ルヴェインだよ」
指で軽く眉間をつつくと、その手をつかまれ、食らいつくように強く唇を合わせ、勢いのままに押し倒された。怒りが収まらないのか、息継ぎもできないほど荒々しく唇を押し付けられる。それを拒むことなくルヴェインの背中に手を回し、そっと背中と髪を撫でながら引き寄せると、徐々に無理やりな力は和らいでいき、それでも離れがたい思いが伝わってくる。
「おまえは俺のものだ」
どんなに見た目を変えても私に触れているのはいつものルヴェイン。わがままで、独占欲が強くて、私を思ってくれている、私のルヴェイン。
「ルヴェインは、…みんなのものだけど、今は独り占めしていい?」
「当然だ。俺はおまえの龍だ」
今度は私から唇を重ねると、まるで赤い実をついばむように受け止めてくれ、募る愛しさを伝えあった。
翌朝、目が覚めるとルヴェインはいなくて、枕元には黒竜の鱗が置かれていた。
そう言えば、ちょっと様子を見に来ただけですぐに戻ると言っていたのに、多分日付を越えてしまってた…。
見慣れない部屋に少し戸惑う。あのまま寝てしまって、ルヴェインがいなくなったのも気がつかないでいたなんて。
「おはようございます」
まっすぐこの部屋に入ってきた侍女のサーラさん。私がこの部屋にいることを知っていたみたい。
「ルヴェイン様から、ゆっくりお休みいただくよう言付かっておりますが、いかがされますか?」
「あ、起きま…、…!! ひゃあああああ!」
寝ぼけたまま起き上がろうとしたものの、着ていた夜着のリボンがほどけていて、肩が大きくずれている。自分がこっちの部屋にいることが何を意味するのかに気が付き、恥ずかしくて布団をかぶって身もだえしてしまった。人様にこんな姿をさらすなんて、こっぱずかしい!
「後ほど伺いますね」
できた侍女さんはそっと退出し、私が落ち着くまで猶予をくれた。
高貴な方々なら、こういうのもお世話されるのが普通なんだよね…。
私にお姫様は無理だ。




