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かくして式の開催される十日前に、私はルヴェインと二人、ドラゴネッティの手前にあるルドキアまで空の旅を楽しむことになった。
ルヴェインは速度を押さえ、かつ風圧がかからないように魔法で空気の流れを制御してくれている。以前ドラゴネッティに行った時以上に快適な旅だった。あの時はあの時でどうだって見せつけるようなアクロバティックな飛び方にわくわくして、それはそれで面白かった。
途中、国境の近くの街に立ち寄ってくれて、かつてお世話になった龍使いの家に行った。
家に帰る途中、住み込みで働いた龍使いの家。あれから一年半ほど、オーナーも龍使いのみんなもさほど変わらず、一番変わっていたのはあの時卵から生まれた龍のヴェルデだった。
私が初めて孵化に立ち会えた龍。私のことを忘れてなくて、でもちょっと反抗期なのか、あんなに甘えんぼだったのにちら、ちら、と視線を向けて来るだけで寄って来ることはなく、結構そっけない。
「すごい龍に乗って来たな」
ルヴェインは龍のままで人型にならず、オーナーがじっくり観察して褒めてくる。
「かっこいいでしょ? 私が最初にお世話した龍なの」
ヴェルデがルヴェインに近づいて、偉そうにちょっと威嚇してる。怖くないのかな。ルヴェインの方がかなり大きいのに。ルヴェインも覇気を出さないところが大人になった。
「生意気に威嚇なんて覚えたのね。いい目してる。鱗もつやつやだし、爪もきれい。みんなに可愛がってもらってるのね」
背中を撫でると、ずいぶん自慢げに胸を張っている。ちらりとルヴェインを挑発的な目で見てる。…これはもしや、ルヴェインに敵対してる?
あんまり煽らないでほしいな。後が面倒だから。
持ってきた果物を差し入れ、わずかな時間ながら真似事程度のお世話をした。お別れの時にはヴェルデは一回だけすりっと頬を摺り寄せながらも後はつんとしてる。意地を張ってるんだろうな。だから私からぎゅっとヴェルデを抱きしめた。
「また会う機会があるかはわからないけれど、元気でね。ヴェルデ、あなたのおかげで私は本当の龍使いになれたような気がする。ありがとう」
小さな声で一鳴き。それは優しい声だった。
再びルヴェインに乗り、空へと飛び立った時、ルヴェインはヴェルデに見せるように美しく旋回し、小さく声をかけてその場を離れていった。
「何言ったの?」
「俺のつがいを狙うなど百年早い、と言っておいた」
「子龍に何言ってんのよ」
「これでも我慢はした」
確かに、ルヴェインは私がヴェルデといても無関心を装い、ただの龍の振りをしていた。
ここにも意地っ張りな、だけど私の願いをわかってくれるようになった素敵な龍がいる。
「ありがと」
ルヴェインの首に手を伸ばし、そっと唇を当てた。風圧をよける魔法が少しだけ弱まったけど、すぐに立て直した。
さほど無理に飛ばすこともなく、ルヴェインにしては穏やかに飛び続け、それでもまだ日があるうちにルドキアに着いた。初めてドラゴネッティに行くことになった時にも立ち寄った街。
ルドキアは旅の中継地点としてにぎわっていて、各国の王族ご用達の超豪華な宿もある。
以前と同じ宿を手配すると言われたのだけど、私が落ち着かないからやめてと言うと、平民でも泊まれる中の上くらいの宿を取ってくれた。
私に風よけの魔法をかけながら飛んでいたからきっと疲れただろうに、全然平気そうだった。宿に入る前にルヴェインは人型に戻り、慣れた様子で手続してくれてすぐに部屋で一息つくことができた。
「ここからはルドール王国のランツェッタ子爵を名乗る。おまえはここではレーナ・ランツェッタだ。…偽名でもないが、ドラゴネッティの名はドラゴネッティに入るまでは使わない方がいいだろう」
王様がくれたランツェッタ子爵、というのは仮の名乗りでなく、本当にランツェッタの名と子爵位を拝爵していた。王様、どれだけルヴェインのこと気に入ってるんだろう。
「ペンダントはつけてるか?」
昔ルヴェインにもらった輩下のペンダント。あれから癖になってずっとつけっぱなしにしてる。襟元から引き出して見せると、ペンダントの先についている黒い石を手に取り、力を込めた。魔力を補充したみたい。
「これは離すなよ。それがあればおまえを守れるし、大体の居場所ならつかめる」
「…そうなの? そんな力があるからかなぁ。家に帰る旅の途中、売ろうと思ったこともあるんだけど、何となくやめちゃったんだよね」
「売ろうとしたのか」
かなり引いた目で見られた。
「あの旅はお金がなかったの。…売れば龍をレンタルしてもっと早く帰れたかもね」
じいいいいいいいっと睨まれ、何か言いたげにしながらちょっと口をとがらせたけど、あんな旅をすることになった原因が原因だけにそれ以上は何も言われなかった。
そんなルヴェインにわざともたれかかって肩の上に頭を置くと、そうしないうちにルヴェインの頬が重なってほんのりとした暖かさを感じた。
荷物を片付けた後、街に出て夕食を取った。大抵のものは食べられる自信があるのに、ナマズらしき魚の料理はちょっと口に合わず残してしまった。旅の疲れが出たのかな…。そんなにやわな私じゃないんだけど。
明日にはドラゴネッティから龍の騎士が来てくれる。ルヴェインが来るまでの段取りを再確認。
私は着いたら風の宮に行く。私が滞在する間、風の宮には侍従長のクリフさんがいるので、何かあればクリフさんに相談するよう言われた。お呼びがかかれば王様や王様のご兄弟の皆さん、もしかしたら前の王様にもご挨拶しなければいけないかもしれない。ルヴェインは来ていないことになっているので、一人で行かなければ。自分の子供の結婚式だもん、前の王様が来てないってことはないよね。向こうも私になんて会いたくないだろうから、挨拶免除だといいけど。
できれば式の前にお呼び出しの張本人、アンジェラ様に会って事情が聞けるといいな。居残ることなく家に戻れれば嬉しいけど。
「ドラゴネッティに行ったら、街に行ってもいい?」
「構いはしないが、一人で行くのはやめた方がいい。誰か必ず連れて行け。風の宮に騎士を配置してもらえるよう言ってある」
「修練場は一人で行ってもいいよね」
「…なんでそう一人で行動したがる」
「ずっとそうしてたもん。…大体、私が一人で動いちゃだめなんて、おかしいでしょ? ひらっひらーの平民なのに」
「おまえはドラゴネッティでは王族だ。知らないだろうが、おまえは今や伝説の女になっている」
「伝説??」
「荒ぶる黒竜を顎で使う、ルヴェイン使いだそうだ」
「ルヴェイン使い!!」
な、なんという素敵な肩書!
「ま、まちがっても、…ない、かも?」
「別にそう言われるのは構いはしないんだが。妄想が広がりすぎると、時に神格化されて、現物とのギャップに失望されることもあるだろう。…まあ、大人しく猫を被っておいたほうがいい」
現物とのギャップに失望…。そうさせる自信はある。
「できるだけ早く合流する。…他の龍をたぶらかすなよ」
そう言うと、ルヴェインは皮肉った笑みを少し心配そうに変えた。じっと見つめられると、忘れていた動悸が復活してくる。
「おまえの龍は俺だけでいい。特にドラゴネッティではな」
近づいてくる顔を受け止めると、明日離れるのが寂しくなってきて、そのままルヴェインにしがみつくように両手を首に回した。
ドラゴネッティは私たちを引き離そうとした所だから、少し怖い。離れるのはほんの数日だけ。無事合流できますように。
私の不安を感じたのか、その日のルヴェインはいつも以上に優しく私に触れ、そのくせ抱きしめる力は強かった。




