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城のすぐ近くの街にはレーナと顔見知りの者も多く、果物商がレーナの行く先を知っていた。自分の国に戻るため駅馬車が出る街まで行くと言い、知り合いが龍車で送って行ったという。
「家族がうちの果物を気に入ってると言ってましたが、ルヴェイン様のことだったんですね。いつもありがとうございます。今度からルヴェイン様ご用達の果物と宣伝しちゃってもいいですか?」
時々食事に出された珍しい食べ物が、レーナが買ってきてくれていたのだと知り驚いた。その資金は王城の森で薬草を摘み、街で売って手に入れたものだった。薬草の一部は風の宮に持ち帰り、乾燥させたり、粉にしたり、いつでも使えるようにしてあった。それで部屋は草の香りに満ちていたのだ。
修練場にも薬草が補充され、レーナが作ったという傷薬も置いてあった。騎士の半数はレーナとルヴェインの関係を知らなかった。
「え、あのレーナさんが殿下のつがい??」
「どうりで人間なのに龍の気持ちがわかると思っていたんですよ」
「龍使いの嫁かぁ。いいなあ。お世話されたいなあ」
「レーナさんみたいなつがい、あこがれるよな」
レーナを褒める言葉を聞くと、嫉妬を覚えながらも自分を褒めてもらっているかのように嬉しくなった。この国でもレーナはレーナだった。龍医も、薬草を扱う者も、王城の騎士である龍たちも、誰もがレーナを龍使いとして認めていた。
俺の龍使いだ。
ルヴェインは、自分がレーナの龍であることを誇らしく感じていた。
レーナの居所はすぐにわかった。人の移動には時間と金がかかるもので、まだそれほど遠くへは行っていなかった。
今でも眷属のペンダントをつけている。あれに込めた守りの力はまだ使われておらず、旅の守りになるだろう。
心配に思えば、思い立つままその姿を確かめに空を飛び、元気そうにしている姿を遠くから見守った。少しづつドラゴネッティから、自分から離れていくのを寂しく思った。だが、今の自分ではレーナを引き止めることはできない。どんなに命じても、閉じ込めても、レーナの心を得ることはできないのはわかっていた。
あの夜会以来、ドラゴネッティでのレーナの株は上がっていた。
強さを重んじる、それが龍だ。
人間でありながら龍人に囲まれてもひるむことなく、この国を批判しながらも龍の誇りを称えたことは噂が広がるごとに美談と化していた。
さらにはあの一件にルヴェインが関わっていたことが知れると、「あのルヴェイン殿下に恐れることなく意見した」から「あのルヴェイン殿下を言い負かした」に変わり、知らない間に「ルヴェイン使い」なる存在に格上げされていた。
ルヴェインはくだらない噂話だと思いながらも、もしレーナが再びこの国を訪れることがあっても、もういわれのないそしりを受けることはないと確信した。
しかし夜会の後も父王はローレンシアの王女と縁を結ばせようとしてきた。レーナが王城から出て行ったことを知り、これで邪魔者はいなくなったとでも思ったようだ。
ルヴェインは自分のつがいに対する父王の仕打ちを許すことができなかった。
自分に無断でレーナを一人で夜会に招き、レーナにエスコートもつけずに恥をかかせ、ルヴェインとレティシア王女の仲を見せつけていた。
風の宮の侍女も父の息のかかった者で、レーナの粗さがしをさせてそれを龍人の令嬢達に広め、レーナへの批判を扇動していた。侍女としての仕事は雑で碌に働いておらず、即刻首にした。
父王から離反し、国を出る。
フェデリコに「好きにしていい」と言われたルヴェインは、あえて王に逆らい、国の友好など気にせずこの話を壊すことにした。そしてそこに三番目の兄であるラウルが絡んできた。
渋々王に従う振りをすると、父王は思惑通りに事が進んでいることに喜び、話を進め、二カ月後ローレンシアの王女レティシアは再びドラゴネッティを訪れた。
ルヴェインが婚約者と別れたと聞いていたレティシアは、ルヴェインは既に自分のものだと思っていた。満面の笑みを浮かべ、まるで恋人に再会したかのように親し気にルヴェインの元へ近寄ったが、腕に触れた直後、ルヴェインは龍の姿に戻ると大声で吠え、レティシアを威嚇した。
「お前のせいで、俺はつがいと引き離された。どうしてくれる」
突如目の前に現れた鋭い目の大きな黒龍の雄叫びに、レティシアは悲鳴を上げ、腰を抜かして床を這った。共にいた侍女や護衛たちは王女を救うことも忘れて逃げ惑った。
「た、助けて…」
それに対してドラゴネッティ側は傍観しているだけだった。
「ご、ごめ、ごめんなさい、た、食べないで!」
誰がおまえのような人間なぞ食うか、と安直な恐怖にルヴェインは余計怒りを募らせ、グルルルルルと低いうなり声を向けた。両手で頭を押さえ、震えながら大泣きするレティシアの姿を見かねたかのように、第三王子であるラウルがレティシアとルヴェインの間に立ち、レティシアにそっとハンカチを差し出した。
「ルヴェイン、腹立たしいのはわかるがそれくらいにしてやれ。ローレンシアの人間に、龍にとってつがいがいかに特別なものかなどわかるはずがない」
「わからないで済むか!」
ルヴェインの怒号に悲鳴を上げるレティシア。ラウルはその肩に手を添え、軽く引き寄せた。
「レティシア王女はもうおまえに手出しすることはないよ。ね? そうだろう?」
レティシアはラウルにしがみつき、何度もうなずいた。
「あ、ありません、わ、わ、わたし、もう、絶対」
「俺の目の前から消えろ。…今すぐにだ!」
ルヴェインに睨まれ、震える足がうまく動かなかったが、レティシアはラウルに手を借りて立ち上がるとその腕にしがみついて必死の形相で部屋を出た。去り際、ラウルはそっと振り返ると、ルヴェインにウインクしていった。
ラウルもまたドラゴネッティの王族だ。整った容姿を持ち、ルヴェインと違ってレティシアに好意を寄せている。ラウルに優しく諭され、恐怖からの解放感もあってか、レティシアはすっかりラウルに心を許すようになっていた。そしてローレンシアとの縁組はラウルを相手に継続することになった。
あんなころころと相手を変える人間を気に入るなどルヴェインには理解できなかったが、美しいローレンシアの王女レティシアを手に入れ、ラウルは満足げだった。
龍のつがいの仲を引き裂き、危うくローレンシアとの国際問題になりかねない事態を引き起こした元凶が王であったことは国中に広まった。殊つがいに害をなす行為は龍達の反感を買い、糾弾された王は退位、代わって王太子フェデリコがドラゴネッティの王として君臨することになった。
それは新たな王の兄弟達が目指した平穏な譲位だった。王の退位に異議を唱える者はおらず、既にこの国はフェデリコの手で回っており王が変わったところで支障はない。数日のうちに譲位は完了した。
父王は国の南部にある離宮で暮らすことになった。
母である王妃は自身の夫のことをつがいだとは思っていなかったが、自分の父母が互いをつがいと信じ、互いを思いやっていたことにあこがれを抱いていた。つがいと巡り合うのは龍の夢でもある。
父のしたことを詫び、
「龍たるもの、つがいを大切にしておあげなさい。あなたはあの子のおかげで変わることができたのだから」
そう言って、父と共に王城を離れた。




