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龍つかいの憂鬱  作者: 河辺 螢
龍つかいの憂鬱
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2

 家に近づくと、いつになく龍舎が騒がしい。

「兄さん、大変なの」

 龍舎を開けるなり、龍たちが一斉に私の方を見て、ピタッと静かになった。

 一体何?

 龍舎にいた次兄のフェルモがその様子に驚き、これ以上龍を驚かせないようゆっくりとそばに寄ってきた。

「何を持ってるんだ」

 私が手にしている生き物を、脇をつかんで軽々と持ち上げると、

「…龍じゃないか」

と言った。

 龍。灰緑色の龍?

「さっき、私が崖から落ちた時に下敷きにしちゃって」

「崖? またそんな危ないことを…」

 フェルモは私の自白に呆れつつも、すぐに灰緑色の龍に触れ、様子を観察した。

「怪我は、大した事なさそうだな。腹空かせてるんじゃないか? 目が覚めたら何か食わしてやれば…」

 そう言いながらも、フェルモは後ろにいる龍たちの視線を浴びて

「こいつ、ここには置いておけないな」

と言った。

「なんで?」

「うちの龍がビビってる」

 見ると、どの龍もいつになく大人しく、子龍は奥の壁に近いところで寄り添い合っている。いつもなら好奇心が強く、新人を見極める時は威嚇することだってあるのに。

 こんな小さい龍にビビってるってことは…

「魔力が強いの? こいつ」

「かもな。それか瘴気か邪気を持ってるか、仲の悪い種族なのか。変な病気を持っているのかもしれん。龍はそういうのに敏感だからな」

 そういうことなら、龍舎で世話する訳にはいかない。

「…わかった。私の部屋で面倒見る。私が潰しちゃったし…」

「…だな」

 兄が、少し同情的な目で私を見ていた。


 部屋に龍を入れるということは、自分の部屋がどうなってもいいという覚悟が必要だ。

 昔、フェルモが卵からかえった子龍を部屋に持ち帰り、いつまでも母龍に返さなかったことがあった。子龍はそのうち大泣きして、母龍が窓をぶち壊して飛び込んできた。それから三カ月間、フェルモの部屋は龍の親子の育児部屋となり、その間窓は壊れたままだった。二頭が龍舎に戻った後ようやく窓は直されたけど、雨風を受けて結局は壁も床も修理することになった。

 それでも体当たりで窓を割ったくらいで済ませてくれてよかった。火炎放射でもされた暁には、我が家は焼け落ち、家族全員が龍舎で暮らすことになっていたかもしれない。。


 フェルモが部屋まで運んでくれて、子龍を育てる時に使うちょっと大きめの籠に藁を敷き、布を乗せてその上に灰緑色の龍を寝かせた。目が覚めたらすぐに食べられるよう、鹿肉とりんご、キャベツに牧草を準備しておく。

 こんな小さいのの上に乗っかっちゃったんだ。本当に大丈夫かなぁ。

 そっと体を撫でると、指の通った所だけ灰緑から闇のような深い黒に代わり、じんわりと灰緑に戻っていった。ずいぶん変わった種類の龍らしい。何度か撫でていると、気持ちよさそうな顔をした龍の目がゆっくりと開いた。おお、金色の目だ。

「気が付いた?」

 突然の人間の声に驚いたのか、バチッと目を覚ますと、慌てたように辺りを見回した。

 龍を緊張させないように笑顔で接する。…なんてことで通じるだろうか。

「ごめんね、私が崖の上から落ちて、下にいたあなたが下敷きになってしまったの。気を失っていたから私の家まで運んだんだけど。…おなかすいてる?」

「腹減った」

 …今、しゃべった? 龍って、しゃべれるの?

 まあ、そういう種類なの…かも?

「く…、果物、野菜、お肉、どれがいいかな」

 とりあえず、皿ごと前に出してみる。

「肉食派? 草食派? どっちかな。あまり見かけない色だけど…」

「おまえ、バカか?」

 …バカ? って、言った?

「俺のこの口で、キャベツ丸々出されて食えると思ってんのか? ああん?」

 籠から顔を出して、食べ物が乗った皿をクンクン臭ってる。

「とりあえず、こっちの実食っとくから、キャベツ剥いとけよ」

 器用にリンゴを口に入れ、もぎゅ、もぎゅと口を動かした後、ぺっと芯と種を吐き出した。

 私の部屋なのに!

「部屋に吐かないでよ!」

「種、堅くて嫌いなんだよ。剥けたか?」

 キャベツの葉を五枚ほどむしると、最初の二枚は無視して三枚目から口に入れた。残した二枚を見ながら

「こっちは?」

と聞くと、

「堅そうだからいらね」

ときた。…なんだ、こいつは。

「ずいぶんぜーたくな龍様でございますこと」

 嫌味を言う私をしらっとした顔で、

「俺の上に乗っかって自分は助かっておいて、その態度か。…全く人間って奴は感謝も礼儀も知らない」

 くうううぅ!

 腹立つ。全くもって腹立つ。こんな奴、置き去りにしてきたらよかった。

 しかし、確かに下にこいつがいてくれたからこそ怪我一つなく助かったのは間違いない。お礼は言わなきゃ。

「あ、…あり、…がとう、ござい、ました」

 外側のキャベツ二枚を手元に引き寄せ、更に中のキャベツを追加でむしると、

「まあ、当面おまえの世話になってやるよ」

とけろっとした顔で言い切り、キャベツをバリバリと食べた。

「…は? 居座るつもり?」

「ま、気が向くまでゆっくりさせてもらうわ。飯は肉でも草でも何でもいけるが、肉なら骨は外しといてくれ。木の実の種も好かん。そこの鹿の肉みたいに足一本持ってきて、そのままかじって喰えってのはなしだ」

「リンゴの種も食べられない龍なんて…」

「龍の子供にほれって獲物丸ごと渡しはしないだろう。親龍だってちゃんとかみ砕いて子供に渡す。ちゃんと食事として食べやすいように切って来いって言ってるだけだ。…わかるか?」

 もしかして、どこかの王様にでも育てられていたんだろうか。骨が付いてる肉にかじりつくなんて、子供の龍でもするのに。

 …いや、待てよ。

 態度はでかいが、この龍はずいぶん小さい。今うちにいる人を乗せることができる種類の龍たちと同じように考えない方がいいのかも。今が大人サイズだとしたら、顎の力もずいぶん弱いのかもしれない。

 体は小さくてもうちの龍たちを怯えさせる何かは持ってるんだし。…瘴気や邪気じゃないといいけど。

 ナイフを持ってきてリンゴの芯と種をとり、一口サイズにすると、大きな口を開けた。

 喰わせろって? 生意気な。

 口元に持っていくと、口に入れてゆっくりと咀嚼し、しっかり味わってからごくりと飲み込んだ。

 全く…、面倒な龍に借りを作ってしまった。


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