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龍と人が共存する国、ドラゴネッティ王国。
王族は龍王の血を引くと言われ、龍でありながら人の姿を持ち、成人を望めば長く人の姿を留めることができた。
王族に限らず、ドラゴネッティ周辺に住む龍は人の姿になれる者が多くいた。人と龍の間に生まれた者もいれば、魔力で姿を変える者もいる。周囲の国は人が治めており、他国との交渉は人の姿で行うことが求められ、自然と王の周囲には龍人が集まるようになっていた。
中には人の姿になれながらも、意図して成人を望まない者もいた。生涯を龍として暮らし、気ままに大空を飛ぶ生活を選ぶ。成人を望まなかった龍は徐々に人の姿になれなくなり、やがて人の言葉を忘れ、龍としてその一生を終えることになる。
ドラゴネッティ王国の第五王子、ルヴェインは龍として生きることを望む者だった。王はそれもまた一つの選択だと思っていた。王は子だくさんで八人の子供がいた。後継ぎとして既に成人した優秀な王太子がおり、王の仕事も順調に引き継ぎが進んでいる。第二、第三王子も優秀だ。残りの子供が龍になったところで大した問題はないと思われた。
しかしルヴェインは祖父母に預けていたこともあって甘やかされて育ち、自由気ままでわがまま放題。そのくせ龍としての能力はひときわ優れていて、兄弟の中で最も強い力を持ち、飛ぶ力にも優れ、魔力を持ち、その覇気はひと睨みで周囲の者を委縮させた。
ただでさえいうことを聞かないこの龍が人の言葉を解さなくなると何が起こるかわからない。
王はこの気まぐれな王子を御する方法を考えた。優秀な女の龍使いを雇って手懐かせ、気に入れば伴侶にでもすればきっと大人しくなるだろう。
龍は一生を共にするつがいを求める。龍の気質を濃く持つ者ほど唯一の存在を求め、つがいと共に生き、つがいを失えば死を意味するほどに深い結びつきをもつ。そしてそれを望む者には運命づけられたとしか思えないつながりを持つ者が現れるものだ。
だが龍は成人すると伴侶は得ても必ずしもつがいという意識を持たない者が少なくなく、残念なことに王自身はつがいを求める龍の気持ちが理解できない者だった。
父王に命じられ、人間の龍使いと見合いするように言われたルヴェインはうんざりしていた。
見合いなんかで伴侶を決めるとは。そもそも人間の女になど興味はない。人の姿をした龍もそうだ。自分が人の姿になると女に受けがいいのは知っていたが、見た目だけできゃあきゃあ騒ぎ、龍の姿に戻るともう一度人の姿になることを望まれる。自分は龍でありたいと思っているにそれを気遣う者などいない。それはどこの国に行っても、自国でさえ同じだった。
それなのにルドール王国に行くこと自体は拒まなかった。理由はわからないが、この話が出てからそこへ引き寄せられるような思いが沸き上がって来るのだ。
移動の途中、休憩をとった街で矢を射られた。普通の矢であれば龍の体を貫くことはないが、その矢には瘴気が付与されていた。意図的に龍を狙ったものだ。
しかし、一本の矢傷ごとき龍にとって大したことはない。抜いてしまえば終わりだ。少し体がだるくなったがそのまま旅を続け、予定通り目的地であるルドール王国の王城にたどり着いた。
その日の夜、酔ったような不快な感覚があり、体にしびれを感じた。矢に毒が塗られていたようだ。しかし龍は毒が効きにくい生き物で、大抵の毒は数日のうちに効果がなくなる。
気にすることなく眠りについたが、翌日目覚めると自分の体の色が変わっているのに気が付いた。鱗が灰緑色に変色している。しかも人型になれなくなっている。
見合いの席で好都合だ、ルヴェインは思った。
見た目でしか判断しない人間が人型の自分を見ることなく、変色した龍を見てどう言うだろう。
「こんな色の龍、初めて見たわ。…カビみたい」
現れた女は眉をひそめてそう言った。
同席していた者がルヴェインの飛ぶ速度を褒め、試しに乗ってみるかと聞いたが、
「やめておきますわ。私、家の龍に乗り慣れてますの。王の龍とは言え、こんな龍のお世話なんて、気が進みませんもの」
自慢げに家の龍のことを語りだした女。
断ってもらえてありがたいと思う以上に、その物言いがあまりに不愉快で、これ以上ここにいるのが嫌になった。
顔合わせが終わるとすぐに、
「帰る」
と一言、王城を飛び出し、一人で自国に向かって飛び去った。
所詮人間などこの程度。見た目を重視し、龍でさえきれい・汚いでしか判断しない。あれでよく龍使いなどと称しているものだ。
思い出しただけでこみあげてくる怒りに、周囲への警戒が甘くなっていた。
突然射られた複数の矢。よけきれず数本を受け、前日の傷で弱っていた体には堪えられなかった。よろけたところに続いて矢が飛んで来る。瘴気を含んだ毒矢だ。これ以上受けては体がもたない。
急降下して森の中に隠れ、射手がいなくなるのを待った。
体が熱を持ち、全身に痛みが走った。やがて雨が降り、今度は体が急激に冷えていった。隠れながら森の中をさまよっているうちに、自分が少しづつ小さくなっていることに気が付いた。徐々に高いところにある木の実に届かなくなり、手に入れられる食べ物が減り、美味くもない下草を食むしかない。
数日さまよい続けても一向に体調は回復せず、いよいよこれはまずいと思っていた時だった。
何かが落ちる気配がした。
人だ。
飛ぼうとしたがもう飛ぶ力も出ない。それでも羽をばたつかせ、地面を蹴り、落ちて来た人間を助けるためにその下敷きになり、そのまま意識を失った。




