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龍つかいの憂鬱  作者: 河辺 螢
龍つかいの逆襲
17/49

2-7

 それから一週間、ルヴェインに会うことはなかった。クリフさんに聞いたところでは、風の宮に戻ってきていないらしい。…愛想尽かされたかな。

 侍女の二人はいなくなった。もともと王宮に行く時以外お世話になることはなかったので、特に不自由することはなかった。近日新しい侍女が付くと言われたけれど、お断りした。


 私は変わらず街に行き、森に行き、さすがに修練場には行きにくかったけど、私が行かなくてもフラヴィオが謝りに来た。

「私のせいでお二人が諍いを起こすことになり、大変申し訳なく…」

 私がフラヴィオに乗ったことでルヴェインが怒ったところで、あの時のフラヴィオの判断が間違えているとは思えない。

「おかげで私は迷子にならずに済んだし、乗せるな、でも守れなんて言われても、いざという時身動き取れなくなっちゃうよね」

 そう言ってもフラヴィオは両膝を突いたまま、項垂れた頭を上げなかった。

「あなたは間違ってないと思ったから乗ったんだよ。私が乗ると決めたの。だから、謝らないで。…あの時空から見た街、きれいだったね」

 私にとって、この国でのいい思い出の一つ。あの光景を思い出せば、笑顔になる。

 それを見て、フラヴィオは片膝を立て、私の手を取った。

「例えあなたがこの国を離れても、私はあなたの騎士であり続けると誓います」

 そして私の手の甲にキスをした。騎士様だ。

 でもそれは王城でお勤めする騎士にはふさわしくない申し出だ。私は王族に逆らった人間なのだから。

「それは私でなく、未来のお嫁さんに言ってあげてね」

 そう返して、龍の騎士の皆さんへの最後の差し入れにお手製の傷薬を持って帰ってもらった。


 そして一週間を節目に、私はこの国を出ることにした。

 実を食べさせるのは求愛。

 子龍であっても、他の男の世話はしてほしくない。

 他の龍に乗るな。

 そう言われていたことを、私は守らなかった。

 私は自分の意志で言われたことを守らず、龍使いでいることを選んだのだから。ルヴェインの覚悟を待つ必要なんてない。

 さよならだ。


 ルヴェインへ


 龍に乗るな、が約束なら、それを破った私は罰せられて当然です。

 婚約は解消します。

 次の相手は龍使いでなく、

 あなたに仕え、従い、国益になる素敵なつがいを見つけてください。

 体に気を付けて。

 いつでもあなたのことを心配しています。あなたは私の初めての龍なのだから。




 さて、この国は龍が身近過ぎて駅馬車がない。

 自分の国まで戻るのに、龍に乗れば朝飛び立てば夜遅くには着くのだけど、下手に頼めばその龍はルヴェインに逆うことになる。それじゃあ可哀想だ。ならば龍を使わない正規ルート、駅馬車が出る街まで歩いて行くことにした。


 街で顔なじみになったお店や龍医のセルジオさんに挨拶した。私が夜会で龍人や王族とケンカしたことは王都では有名になっていて、相手がルヴェインだということは伏せられていたけれど、この国を出ざるを得なくなったことは理解してもらえた。国外追放で許してもらえてよかったとさえ言われた。実は追放じゃなくて自主的に帰るんだけど、そう言われれば、国外追放でもおかしくなかったよね。

「レーナの取ってくる薬草、結構助かってたんだけどなぁ」

 ニーナさんが別れを惜しんでくれたけど、薬草を取っていた場所は王城の中なので、残念ながら教えることはできなかった。ごめんね。

 龍用の傷薬と人間用の手荒れに効く軟膏をプレゼントし、笑ってさよならを言った。


「丁度仕入れがあるんだ。隣の町まで乗ってきな」

 果物屋さんが友達に声をかけてくれ、龍車で送ってもらえることになった。

 土龍が引く荷車は速度はそこそこながらも力強く、私一人程度が増えたところで大した影響はない。

 途中の休憩で土龍にブラッシングしてあげたらずいぶん喜んでいた。道端に生えていたうちの龍が好きな草を摘んできてあげると、この龍も好きみたい。いい顔でパクパク食べていた。

 午後遅くには隣町につき、そこでも知り合いを紹介してもらえて荷車に便乗し、時にはお金を払って乗せてもらい、三日ほどで隣の国まで行く駅馬車がある街にたどり着いた。


 ドラゴネッティの国境を超えると龍車を見ることはなくなり、交通は馬車が中心になっていった。

 夕暮れ時に巣に帰る龍を見ると、やっぱりかっこいいなあと思う。

 空を飛ぶ旅はあっという間だったけど、地を渡るとなると山もあり、川もあり、森もあり、道はまっすぐじゃない。結構な距離だ。遠い分交通費や宿泊にお金もかかる。もらったアクセサリは全て置いてきたし、薬草で稼いだお金も果物を買うのに使っていたからそんなに蓄えがあるわけじゃないので、途中の町で働いて旅費を稼ぐ必要があった。

 働くとなると、龍にこだわらず何でもやった。皿洗い、宿屋の掃除、宿に泊まる人の龍や馬の世話。でもやっぱり龍のお世話が一番楽しい。早く家に帰って、龍使いの仕事をしたい。

 今度こそ卵の孵化から見守って、一人前の龍に育ててみたいな。


 このペースだと、家に戻るのに半年くらいかかるかなあ。

 アクセサリ、手切れ金代わりにもらっておいてもよかったかも。…いやいや、あんな連中に借りは作らなくて正解。

 そう思ったとたん、一つだけペンダントをつけたままなのに気がついた。ずっとつけてたせいで忘れてた。しまったなぁ…。今さら返しに行けないし。

 …そのうち旅の資金にするか。



 途中の町で、弱っている龍がいた。

 農家の納屋の裏で倒れていて相談を受けた。どうしたものか悩んでいたけれど、飼う気はないらしい。龍医さんも見てくれはしたものの、弱った野良龍だと知るとあまり積極的には関わりたくなさそうだ。

 納屋をしばらく使ってもいいと言われたので、ゆっくりと龍を移動させ、面倒を見ることにした。

 昼間は町の食堂で働いて、夜は龍の世話。

 木の実やいも、野菜等を手に入れて食べさせてみた。納屋を貸してくれている農家さんも野菜を分けてくれたけどあまり食欲がなく、薬草もあげてみたけど、回復までには至らない。

 それでもしばらくすると自力で立ち上がれるようになり、少しながら歩けるようになった。そして満月の夜に外に出ると、羽をばたつかせ、どこかへと飛び立った。遠く月の影に先導する龍の姿があった。仲間が導いてくれるのかもしれない。

 多分、龍の最期の地に行ったんだろうと言われた。この辺りでは、龍は最期の地で静かに死を迎えると言われていて、そこまでたどり着けない龍は自分の亡骸を人目にさらすことになる。それは龍にとって恥なのだと龍医さんが教えてくれた。

 借りていた納屋を掃除して、龍医さんと農家さんにお礼を言った。

 農家さんには逆にお礼を言われた。龍が死ぬと死肉を狙って魔物が現れることがあり、旅立ってくれて助かったそうだ。

 あのまま納屋で力尽きていたら、大変なことになっていたかもしれない。



 国境の手前の町では、龍使いの家で働くことになった。

 一月ほど働ける臨時の龍使いを探していて、面接で龍のあるある話で盛り上がり、オーナーに気に入られ、住み込みでの採用になった。

 オーナーの家には龍使いが四人いるのだけど、うちの一人が急用で一月ほど実家に戻ることになったらしい。

 留守にしている人が担当している龍をそのまま世話することになった。活きのいい若い龍は大抵新参者に手厳しい。そのくせかまってちゃんなので、あまりいたずらばかりされるような時はあえて知らんぷりをして黙々と働いていると、向こうからすり寄ってきた。それはそれでかわいい。

 間もなく生まれそうな卵もあり、交代で番をした。

「おまえがいる時に生まれたら、この子の担当になるか? このまま雇ってやってもいいぞ」

 オーナーにはそう言われたけど、

「私、今まで三回も孵化を逃してますから、今回も逃す自信はあります」

と言うと、

「そんなことに自信を持つ奴があるか」

と豪快に笑われた。

 二週間後、何となく眠れずに散歩していて、ふと龍舎に行ったら、卵にひびが入っていた。しかも結構深い。

 すぐにオーナーを呼びに行き、戻ってきたら、大きな卵の破片がぼとっと落ちて、中から青緑色の子龍が顔を出した。

「ぴぃ…」

 ちょっと情けないくらいの小さな声。続いて

「ピイピイピイピイピイ!」

とバカでかい声で大鳴き。オーナーが顎で私に近寄るように言ったけど、ここはオーナーに譲り、その背後に隠れた。最初に目と目を合わせておいて、ここからいなくなるような無責任なことはできない。この子にとって、一生にかかわる一番最初の龍使いとの出会いなんだから。

 うらやましいなあと思いながら、龍に背を向け、龍舎を出ようとすると、子龍はオーナーはもちろん、私にも愛想を振りまいてくれた。


 孵化を見逃した時、姉がうらやましかった。ずっと姉に替わって龍を世話したいと思っていた。私が、私こそがと。そんな気持ちでいた私を、生まれたての子龍はいつも拒絶した。でもこの子は私を嫌がってない。

「おまえ、こいつの面倒を見てやれよ」

「…いいの?」

 伸ばした手にすりっと頭を摺り寄せられた。

 たったそれだけなのに、涙が出てきた。嬉しくて、泣きながらも喜んでお世話役を引き受けた。

 子龍はヴェルデと名付けられた。

 初めてのご飯にどろどろのおいもとお肉を細かく裂いたのをあげると、見事完食。母龍がいないこの子のそばにできるだけいて、悲しそうに泣いている時は龍舎で一緒に寝ることもあった。

 龍のそばで寝ると、思い出すのはルヴェインのことだった。

 いつもケンカばっかりして、ベッドを取り合って、気が付いたらいつもくっついて寝てた。私の最初の龍。

 ルヴェインがただの龍だったらよかったのに。

 でもそんなことを言っても仕方がない。全てはもう終わったこと。


 私が代わりをしていた龍使いのアレッシアさんは復帰が半月遅れ、その分私はヴェルデと一カ月にわたり一緒に暮らすことができた。

 気のいいヴェルデはアレッシアさんともすぐに仲良くなり、食事も抵抗なくアレッシアさんの手から食べた。これなら大丈夫。

 引継ぎをして一週間後、私はここを離れることにした。

 ずっと普通にしていたヴェルデが、最後の最後、本当のお別れの時になって

「ぴいぃ」

と寂しそうに鳴き、私にしがみついて離れなかった。

 精一杯意地を張って、思いっきり笑顔を見せた。

「立派な龍になって、また会おうね」

と言って、ヴェルデを抱きしめ、何度も何度もヴェルデを撫でた。

 そしてヴェルデをアレッシアさんに託し、龍舎のみんなとも別れた。


 駅馬車の中で、必死に声を殺しながら頭からストールをかぶって泣いた。涙が次から次へとあふれて来て、止められなかった。

 ずっと孵化から育てるのが夢だった。その夢をかなえてくれた。優しい龍だった。

 ずっとそばにいられたらいいのに。

 ずっとそばにいたかった。

 でも、私は帰らなければいけない。

 どうしても帰らなければいけない、何かが私を駆り立てる。

 私は帰る、龍使いとして。

 国境はすぐそばだった。


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