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王宮での用事がない生活が続き、すっかり気を抜いていたら、突然招待状を渡された。
他国の来賓を迎え、晩餐会は私は免除ながら翌日開催される夜会への参加が求められていた。夜会なんて自分の国でも一度も参加したことはないけど、王様からと言われれば断れない。
私に招待状が届いたのは三日前。日程にこんなに余裕がないなんて。お誕生会だってもうちょっと前に声かけてもらえるのに。ダンスなんてできないけど練習する暇もない。こうなれば壁の花に徹するしかない。
夜会当日、侍女のジェナとアルマが黙々と準備をしてくれた。着るのはクローゼットにあった真っ青のドレス。隣の黒いレースをあしらった方が大人し気でよさそうなんだけど、私に選択権はなかった。あまり似合っているとは思えないけど仕方ない。アップにされた髪が所々引きつり、無理やり締めるコルセットに痛みと吐き気を覚えながらも、鏡で見ただけならそれなりに夜会に参加しても違和感のない見た目にはなっていた。巻き上げた髪の一番高いところに目印のようにつけられた赤い花が気になる。ドレスの青色とも合わないと思うんだけど、これが流行? それとも奇抜さ狙いのモード?
すぐそこの王宮で開催されるので歩いて行くと思いきや、あの距離でも龍車で運ばれた。こういうパーティはエスコートを受けるものだと聞いたことがあったんだけど、違ったんだろうか。侍女も同行しなかったので、車内で気に入らなかった髪の赤い花を取った。
龍車を降りて、やっぱり私が思っていたのが正しいのだとわかった。
一人で来ているのは私くらい。男女ペアで参加し、女性は男性にエスコートされている。周囲は私が何者かさえ知らない人がほとんどで、見たこともない人間がエスコートも受けず、自力で龍車から降りたのでちょっと目立ってしまった。ここまで来たら行くしかないので、心もとないながらも一人で会場に向かった。
入場する他の人?龍人?に紛れて会場入りし、早々に壁の花ポジションを確保。小さくて地味な人間など目立つことはないはず。小腹は空いているけど、体を締め付けられているのであんまり入りそうにないながらも、目の前に用意されていた食べ物をいくつかお皿に取った。
ちまちまと口に運んでいたら、ひそひそとしながらもとげとげしい声が聞こえてきた。
「まったくあの人間、どこに隠れたのかしら」
「赤いバラをつけても目立たないなんて。髪のどこにつけさせたの?」
赤いバラ…? さっき車の中でとった奴? 何だ、やっぱり目印だったんだ。ふうん。風の宮の侍女はご令嬢方のスパイだった訳だ。まあ、好かれていないことはわかってたけど。
「恐れをなして来なかったんじゃない?」
「一人で会場に来たのを見たって言ってたわ」
「一人で? 図太い神経しているのね。さすが人間だわ」
「ルヴェイン様も愛想をつかしたのね。婚約者をエスコートもしないなんて」
「当然よ。体よく騙して婚約まで持ち込んだところで、人間になんてすぐに愛想をつかすわ」
背後に当人がいることも知らず、べらべらべらべら悪口を繰り広げる上品なご令嬢方。まあ、人間も龍も大差ないってところか。
「お越しになったわ」
誰かの声で皆が注目する方を見ると、見目麗しい人がそろった集団が入ってきた。
先頭が王様と王妃様だったところを見ると、王族の皆様なんだろう。…結構大勢いる。
その中にルヴェインもいた。ルヴェインもまたどこかのご令嬢と腕を組んでいて、にこやかに話しかける令嬢に控え目な笑みを見せていた。ささやかな笑顔がクールに見えて、会場の女性陣の心をキュンキュンさせている。だけど、あれは作り笑いっぽいけどなあ…。
周囲がざわざわしているのは、ルヴェインの同伴者が原因のようだ。
「ルヴェイン様がどなたかエスコートされてるわ」
「ローレンシア王国の第二王女、レティシア様よ。今回のお客様。急遽王に同行されたって聞いたわ。ルヴェイン様が成人されたのを聞いて、興味が沸いたみたいよ」
「以前はトカゲの国になんて興味ないって言ってたくせに」
「でも、おきれいよね」
「美男美女、ほんと様になるわ、悔しいけど」
「ルヴェイン様も乗り換えるつもりなんじゃない? 婚約者が来て初めての夜会をエスコートしないくらいですもの」
ここに来て間もなく三カ月が経とうとしているけど、私は未だ公の場でお披露目されていない。私と王様との初対面でさえ謁見ではなかった。小さな国の出身で、庶民にすぎない私のことなどその気になれば何とでもなると思っているのかもしれない。今回の主賓であるローレンシアの王も上機嫌だ。
王様があえて私を呼んだということは、この状況を見ておけ、ということか。
お前は格が違う。家柄も違う。本来のルヴェインのお相手はこういう人を言うのだと。
私が想像していた以上の反対っぷりなわけだ。
…こんなごたごた、片づけてから国に呼べっつーの。
ファーストダンスを誘う王女様。苦笑いで渋るルヴェイン。女性からの誘いを無碍にするもんじゃないとでも言われたんだろう。わずかに溜め息をつきながら、笑顔を崩すことなく手を取った。
婚約者にとってファーストダンスを奪われるってのは、屈辱的な事なんだろう。
…ただし、そういう文化を知っている人にとってはね。
自慢じゃないけど、庶民にはエスコートとかダンスとかどうでもよくて、そんなもんにこだわって生きてきたことはないのよ、私。
ダンスの順番より、龍の餌やりの順番間違えて機嫌損ねる方がずっと大変なことなの。一旦拗ねると数日口をきいてくれない子だっているし、ハンガーストライキする子だっている。そんなことに比べれば…
あれ。
そう思っているのに、勝手に目から水が…
慌ててハンカチで頬を押さえると、
「あら、こーんな所にいらっしゃったのね」
まずい。ルヴェイン様親衛隊の一人が私に気がついた。
「お一人で夜会に参加されましたの?」
「ルヴェイン殿下は他の方をお選びになったみたいね。ほら、ファーストダンスだってあちらの方と…」
「そうですね」
音楽が流れ始め、今日の夜会のゲスト、レティシア王女様の手を取ったルヴェインがステップを踏む。
「まあ、何て様になるんでしょう。同じ人間でもずいぶん違いますわね」
目を細めてこっちに視線を移す。
「そうですね」
「婚約なんて取りやめて、早々にお国にお帰りになってはいかが?」
「…」
帰れるものなら、それもありだと思う。
「龍使いをされているんでしたっけ。…龍を使役しようとする傲慢な人間なんてこの国にはいりませんわ。とっととお帰りなさいな」
ドレスにかかったのは、隣に寄って来た令嬢の手にあったシャンパン。ひたひたと染みていき、ポテポテと雫が落ちる。
ああ、これは龍がよくやる初見者への「洗礼」か。うちでも新人いじめはあったなぁ。
「媚薬でも盛ったのでしょう? 婚約にこぎつければ玉の輿に乗れるとでも思ったんでしょうけど、ドラゴネッティはそんな甘い国ではないわ」
…。全く、くだらない。
「龍に効く媚薬があるなら、ぜひ教えてもらいたいもんですね」
適当にやり過ごそうと思っていたのに、口が勝手に反撃を開始していた。
「未だかつて、龍に効く媚薬なんて見たことありません。誇り高い龍の心を惑わせることなんてできない。少なくとも、私の国の龍はそうです。…龍の国なんて言いながら、その程度のことも知らないんですね」
頬が熱くなった。目の前の令嬢が扇で私の頬をぶっていた。よろけて壁にぶつかっても、そのまま顔をあげ、令嬢を笑ってやった。
周りの視線が一気に集まった。
「ぜひ教えてください。龍に効く媚薬があるなら。そしたら、言うことを聞かない龍にも、わがままばっかり言う龍にも媚薬を盛って、みんな私に従うようにしてやります。私は龍使いですから」
「な、…何よ…」
私よりずっと体格のいい龍人の令嬢達が私から距離を取るように少し後ろに引いた。
「あなたは薬で惚れさせられてほいほい従うようなつまらん龍をすてきーっとか言ってる訳ですね。婚約者がいても他の女の手を取るような男がかっこいいわけだ。見た目が美しいのが一番で、高貴なお方なら婚約者がいようと略奪する女を応援する。この国の龍は身分に迎合するんですね。私の国の龍はそんなこと許しません。ずっと誇り高く誠実です。この国の龍の貞操観念なんてその程度のものなんだ。何が龍は一生一つがい。…鼻で笑うわ」
決して大声は上げていない。だからどこまで周りに聞こえているかはわからない。だけど、周りにいる龍人たちの顔色は明らかに変わっていた。龍人は耳がいいんだろう。
「な、…あなたが他の龍にも食べ物を手で食べさせているのはわかってるのよ」
「当然でしょう。私は人間で、龍使いです。手で物を食べさせるのは当たり前です」
「他の男のもとに頻繁に通ってるのだって、みんな知ってるわ」
「果物屋さんですか? 薬屋さんですか? 龍医さんですか? 龍を育てるためなら男だろうと女だろうと、どこだって行きます。それの何が悪いと?」
「他の龍に乗って飛んでるのを見た者だっているわ」
騒ぎを聞きつけ、ダンスを途中で切り上げてこちらに向かってきたルヴェインが、今の会話を聞いて目つきを鋭くした。
「他の龍に乗ったのか」
開口一番、それ? この状況を見て?
はっ、信じられない。
「ええ、乗りました」
睨みつける目を睨み返して答えた。
「他の龍に乗るなと言ったはずだ」
「龍には命じることができても、私に命じることなどできない。私は龍使いなんだから」
そう。私は龍使いだとはじめからルヴェインに言っていた。私は龍使いになるんだと。
「…私は龍使い。龍にだって乗る。卵の世話だってする。手で果実をあげるし、オスもメスも分け隔てなく育てる。龍使いを嫁にする気があったなら、それくらいの覚悟はできていて当然でしょう」
ルヴェインの怒りで空気がびりびりと震えてる。周りの龍人達がおびえているのがわかる。でもどんなに睨まれようと、怖かろうと、絶対に譲れない。
私は龍使いなのだから。
「あなたが待つように言った三年間、私が抱いた覚悟は、あなたという龍を育て上げる龍使いになること。それを否定するなら、もうあなたといる意味はありません」
腫れた頬も、シャンパンでぬれたドレスも、壁に打ち付けて乱れた髪も、全てがこの国で私が拒絶されている証拠だ。
龍は自分より下のものを見下すものだ。龍にバカにされるのは慣れている。
怒りながらも何の言葉も発しないルヴェイン。
もういい。もう充分だ。
「そんな覚悟も持てない相手など、私にはいりません。…あなたが本気なら、あなたの覚悟を聞かせてください」
そう言い残して、私は一人で会場を出て、歩いて風の宮に戻った。




