2-5
今の状況をちゃんと説明してほしいんだけど、ルヴェインはそれ以上何も言わなかった。
そしてそれ以後もたまにしか会えない状況は変わらず、私は街や森で気ままに暮らし、王宮にはなじめないけれど街の人や王城の騎士達とはそれなりに知り合いもできた。
薬草を売り買いしている人から私の国にはない薬草の話を聞いたり、卸をしている人が薬草に詳しい人を紹介してくれて、お互いの知識を交換し、自分の国独自の使い方を教え合ったりもした。
街に薬にもなる木の実を売りに行っていると、薬屋のニーナさんのところに人が駆け込んできた。
「この辺に龍医はいないか?」
慌てた様子に、ちょうど薬を買いに来ていた人が
「俺は龍医だ。どうした?」
と声をかけると
「うちの龍が大変なんだ、すぐ来てくれ」
と龍医の手を引いて外に飛び出した。
何か役に立てることがあるかも。
鞄を置いたまま行ってしまった龍医の後を追いかけると、宿の側にある龍舎で龍が苦しそうに横たわっていた。
私が持って来た鞄を見て、
「助かる。そこに置いといてくれ」
と言って足元に置くように言い、触診をしながら時々龍の体に耳を当て、顔をしかめた。
「これは…卵詰りだな」
「卵詰り…」
「まず体を温めて、甘いものを補給しよう。嫌いでなければはちみつでもいい。あとカイの実があればいいが…」
カイの実…。
「ニーナさんところにあったと思う。もらって来る」
すぐにニーナさんの薬屋に引き返し、聞くとやはりカイの実の在庫があった。カイの実を食べさせるなら金属のおろし金がいる。はちみつもあったので分けてもらった。あと革袋も買い、お金の足りない分はつけていたブレスレットを支払いに充てた。
龍舎に戻ると龍は別室に移されていて、毛布が掛けられていた。革袋に熱すぎないお湯を入れ、布を巻いて毛布の近くに入れて保温する。
龍医のセルジオさんがスプーンではちみつを与えている間、硬いカイの実をおろし金でゴリゴリとおろして粉にした。その名の通りこの実は貝のように硬くて、粉状にしたものを食べると骨折や骨の病気によく効く。龍の卵の殻も骨と似た成分だと聞いたことがある。
「龍の世話をしたことがあるのか?」
セルジオさんに聞かれて、
「故郷では龍使いをしてたから」
と答えると、
「龍使いか。なるほど」
と納得した様子だった。…見習いに毛が生えた程度だけど。
苦しそうな龍を撫で、時々はちみつやカイの実を練って丸めたものをあげてみる。
体が暖まると少し具合も落ち着いてきたみたい。夕方まで一緒にいたけれど、
「とりあえずあとは様子見だ。嬢ちゃんも一旦帰れ」
セルジオさんに促されるまま、その日は風の宮に帰った。
翌日、朝食を終えるとすぐに龍のいる宿に行った。
龍はよく寝ていた。すぐそばでセルジオさんも寝ていた。昨日よりは穏やかな顔になっているけど、まだ卵は産まれていない。
「お、今日も来てくれたのか」
昨日龍医を呼びに来た人が入ってきた。レリオさんと名乗った。
「セルジオさんは昨日からずっとここに?」
「一回家に戻って、夜にまた来てくれたんだ。旅先でこんなことになってどうしようかと思っていたんだが、心強いよ」
「卵が産まれそうだってわからなかったの?」
「借りてる龍なんだ。卵があるなんて知ってたら別の龍にしたさ」
まあそうだよね。龍を貸し出した人が気付くべきだ。
しばらくするとセルジオさんが目を覚まし、私を見ると気安く
「よう、来たか」
と声をかけてきた。そしてはちみつとカイの実、それに何種類かの薬草を混ぜた薬の飲ませ方を教えてくれて
「じゃあ、しばらく頼むわ」
と言って帰って行った。これから自分の病院の診療があり、また午後から様子を見に来てくれると言ったので、その間は私が頑張ろう。
龍が目覚めると、まず薬草を与えた。少し指先につけて味見したけど、そんなに飲みにくくない。
温かいお湯を少しづつ含ませ、時々力む背中をそっと撫でた。
龍医のセルジオさんは夕方になってようやく来てくれたけれど、ずいぶん疲れているみたいだった。とはいえ私も帰らない訳にはいかない。
一度風の宮に戻り、今日もルヴェインはいないのを確認すると、夕食を済ませてからこっそりと宮を抜け出した。その夜は私が龍のそばにいて、セルジオさんには家でゆっくり寝てもらった。
翌日、お昼も随分過ぎてから龍の動きが落ち着かなくなった。セルジオさんはまだ病院だろう。
心配しながらも励まし、背中を撫で続けると、卵が見えてきた。無事降りて来てる。
大きな卵はじれったいほどになかなか出ないけれど、
「キュ」
と短く鳴いて、それを弾みにつるりと出てきた。
大きくて立派な卵だ。
龍は産んだ卵を温めることはせず、そのまま時が来て生まれるのを待つ。季節が悪ければ、冷えて卵の外の世界を見ることなく命を終えることもある。今の季節ならきっと大丈夫だろうけど、卵は転がりやすいものだから、藁と籠をもらって来て、籠の中に丸くしならせた藁を敷き、その中心に卵を置いた。
母龍は私が卵に触れても怒らなかった。信頼してくれている。
「この卵、どうするの?」
レリオさんに聞くと、
「龍を借りてるところに戻すことになるだろうな。ただ、どうやって運んだらいいのか…」
「有精卵ならつがいがいると思うから、龍を借りた人に連絡とって、迎えに来てもらって、卵も母龍と一緒に運ぶのはどうかな。…セルジオさんにも相談してみたら?」
「ああ、そうしてみるよ。せっかく生まれた大事な卵だからな」
ひとまずは解決ということで、今日は買い出しもやめて王城に戻った。
卵は一週間後、母龍と一緒に母龍の住む龍使いの家に送られることになった。卵は有精卵だったみたい。
龍使い自らつがいの龍ともう一匹別の龍を連れて迎えに来て、卵詰りへの対応にずいぶんお礼を言われ、治療費と礼金を支払った。お金はセルジオさんに受け取ってもらったけど、
「実費」
として、私が支払いに使ったブレスレットを買い戻してくれ、お金も渡してくれた。全然実費より多いけど、看護料も出してくれたみたい。
つがいの龍はそりゃもうのラブラブっぷりで、よく一頭で運送のお仕事できたな、と思えるほどだった。
「つがいの龍はペアで仕事をさせると何かあったらつがいの救出を優先して隊を乱すんだ。離れても仕事ができるように育てるのも、龍使いの仕事だ」
なるほど。勉強になります。
卵は箱に入れられ、母龍の体にしっかりと結びつけられた。
そして龍を借りていたレリオさんも一緒に龍に乗り、揃って国へと帰って行った。
無事に生まれるといいな。
その後も街に出ると時々セルジオさんに会うことがあり、忙しくしている時には龍を治療するお手伝いを頼まれた。龍医のお手伝いは龍使いの仕事に似ていたから、特に問題なくこなせた。
同じ卵詰りでも卵を諦めないといけない時もあった。
「両方生き残れれば一番だが、一方だけでも助けられるものを助ける。それが龍医の仕事だ」
龍の死に立ち会うこともあった。龍は自分の死をさらすのを嫌がるけれど、セルジオさんは最後まで龍が誇りをもって生きることを願っているのを感じた。
私が採ってきた薬草を直接引き取ってくれることもあり、街の薬屋より少し色を付けて買い取ってくれてありがたかったけど、
「レーナの薬草はこっちも頼りにしてんだよ。独り占めしないでよね」
と薬屋のニーナさんが苦情を言いながらも笑っていた。
二人が私の薬草の目利きを認めてくれてるのが嬉しかった。




