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人と龍が共存する国。せっかくだからもう少しこの国のことを知っておきたい。
一週間が過ぎた頃、王城を抜け出して街へ行ってみた。もちろんルヴェインにも内緒で。風の宮の人達は侍従長や侍女を含めて私が抜け出していることは見て見ぬふりをしていた。もちろんついてくることもない。
王城の門番にも止められなかった。…そんなもの?
街にはいろんなお店があって、商人は人間もいれば半龍っぽい人もいる。食べる物も着る物も生活用品も豊富で、目移りしてしまう。異国のものと思われる見たことのない食べ物も売っていて、味見させてくれた丸くて青い木の実はなかなかジューシーで、少し酸味が強いけど、少し熟せばさらにおいしくなりそう。試しに五つほど買ってみた。
散策に便利そうな斜め掛けのバッグも入手。店先でずっと悩んでいたら、
「負けてやるから買ってけ!」
と、値切る前から割り引いてくれた。その場で肩にかけ、さっき買った果物を入れた。
王城内に戻る時、門番がじろっとこっちを見たけど、ペンダントを持ち上げてアピールすると止められることなくすんなりと入ることができた。随分効果がある。誰かにこのペンダントを盗まれたら大変なことになっちゃいそう。王城の門番の所を通過する時以外はあまり見せないように服の中に隠しておこう。
買ってきた果物を料理人のテオに渡すと、テオも見たことがないと言っていた。
「レーナさんが買ってきたんですか?」
テオからは初めはレーナ様と言われていたけれど、呼び捨てにしてほしいとお願いし、断られ、さん付けで折り合いをつけた。とかく「あの」ルヴェイン様の「つがい」ということで、いろいろと特別扱いされるこの環境。慣れていかなければいけないと思ってはいるけれど、家でくらいは気楽に過ごしたい。
「もう少し熟した方がおいしいかも。龍に害がないのを確認できたら、デザートに出してもらっていい?」
「市場で売っていたのなら大抵大丈夫ですよ。この国で人や龍に害のあるものは市場では売れませんから」
二日後、更に熟成が増した果実は甘くておいしかった。
ルヴェインが食べるところは見ることができなかったけれど、残さず食べたと聞いたから、きっと気に入ってくれただろう。
その後も珍しい物やおいしそうな物を見つけたら買って帰ってテオに渡した。果物はそのまま、そうでないものは料理に使ってくれて、時々変な味のものもあったけどさすが王城で雇われてる料理人、うまくアレンジしてくれる。
誰にも何も言われないのをいいことに、それから頻繁に街に出かけたり、王城の北西にある森を散策して木の実や薬草の生えているところを探したりした。
城壁の内側にはむやみに人が入れないから、いい薬草がしっかり育ってる。見つけた薬草は私のもの。薬草は街で売ると結構いいお金になった。
しょっちゅう出入りするから、門番とは顔パスになった。いいなあ、この緩さ。
結局やってることは家でやっていたことと大して変わらない。身についた習慣だ。ただ、木の実も薬草も摘みはしても喜ぶ龍の顔が思い浮かばないのが寂しい。
おなかが緩くなりがちなルビー、怪我が多いジェイド、酸っぱいものが好きなエメラルド…
みんな、元気にしてるかな。
森は城壁の向こう側も続いていて、壁に沿って歩いていると少し城壁が崩れた部分を見つけ、その穴から城壁の外に出てみた。時に龍に会えば声をかけ、逃げなければ取ってきた木の実を分けてみたり、具合の悪そうな龍を見かければ薬草を与えてみた。慣れてない龍は苦い草は敬遠してしまうけど、それはそれで仕方ない。薬草と果物を一緒に置いてそこから離れ、ふと振り返ると渋々ながら薬草も口にしていた。…ちゃんと話は聞いてるんだ。
森の先には湖があって、その近くに湯気が出ているところがあった。温泉が湧いてる。龍たちの憩いの場所になっているようで、のんびりと温泉に浸かっている龍が数匹いた。
「こんにちはー」
声をかけてからゆっくりと近づくと、振り返った龍が、
「レーナ様、こんな所で何を?」
と私の名前を呼んだ。ルヴェインと一緒に私を迎えに来てくれた従者の一人がいて、私のことを覚えてくれていた。
「お散歩してたの」
「散歩? …風の宮からずいぶん距離がありますよ」
「だって、散歩以外にすることがないんだもん。ルヴェインは忙しそうだけど、私にお手伝いできることはなさそうだし…」
「そうですね。正式に妃殿下になるまでは、国のことには関われないですよね」
気安く話す人間を見て興味が湧いたのか、他の龍も近寄ってきた。
「レーナ様だ。ルヴェイン殿下の」
「え、これがルヴェイン殿下のつがい?」
「わあ、ふっつー…」
普通で悪いか。良くも悪くも龍は素直だ。
「あの殿下がベタ惚れで骨抜きになっているって聞いていたから、もっとこう凄い、お色気ムンムンな美人とか想像してたんだけど」
「俺は清楚な女神みたいなお相手を思い浮かべてたなあ」
「普通でごめんね」
にへっと笑う私を見て、
「あ、…ルヴェイン殿下に負けてなさそうな人だ」
と何故か戦う前提。つがいってそういうものだっけ。
「どうです、レーナ様も温泉に浸かっては。いい湯ですよ」
「いやあ、今日は着替え持ってきてないから」
さすがに温泉に浸かるのは遠慮したけど、見るとみんなあちこち怪我してる。
「訓練の怪我? 結構痛そうだね」
「訓練あり、実戦あり、ですよ」
自分の怪我を得意げに話す龍。龍ってそういうところあるよね。
腕をあげるのが痛そうにしてる龍がいた。
「ちょっと待ってて」
打ち身に効く薬草、さっき摘んだのがあったな。軽くもんで手持ちの布につけ、そっと肩に貼っておいた。傷に効く薬も持ってる。
「これ、お風呂上りに傷に塗っておくと治りが早いから。お勤めご苦労様。じゃね」
元来た道を引き返そうとすると、ルヴェインの従者をしていた龍が
「レーナ様、歩いて戻るんですか?」
と聞いてきた。
「そうだよ、散歩だもん」
「近くまで送りますよ」
そう言うと、お湯から上がって体をぶるぶるっと震わせた。周囲に水しぶきが飛んで、あっという間に乾く体。風の魔法を使ってるのかな?
「私を乗っけると、ルヴェインに怒られるよ」
「こんなところまで遠出していると知っていながら、歩いて戻らせる方が怒られますよ。遠慮なく乗ってください。手綱はないですが」
う、手綱なしで龍に乗ったことない。でも前から試してみたいと思ってた。けど…
「私をつかんで飛ぶってのは? 少なくとも「乗せた」にならないから怒られないかも」
「そ、そんな不敬なことは! ゆっくり低く飛びますから大丈夫ですよ」
帰りは登りだ。このまま歩いて戻ると途中で日が暮れる可能性もあったので、お言葉に甘えて地に伏せてくれた龍にまたがり、首にしがみついてみた。
手綱がないだけでこんなに頼りないんだ。わぁ。
他の龍二匹と共に緩やかに飛び上がり、高度は低く、ゆっくりとした羽ばたきは揺れも少なくて全然怖くなかった。遠くに見える王都の街並みを眺めながら短い空の旅を楽しみ、やがて王城の中にある修練場に着地した。龍に乗るのって、やっぱり楽しい。
「乗せてくれてありがとう」
「ここから風の宮への戻り方はご存知で?」
「大丈夫」
「…レーナ様が妃殿下となられる日を心よりお待ちしております。何かありましたらいつでもお声がけください。私はフラヴィオです」
「ヴァスコです。よろしく」
「ダンテです。お見知りおきを」
三頭は深々と丁寧な礼をした。龍が先んじて人間に頭を下げるなんて。
龍使い以上の敬意を示してくれている。それは、龍使いとしての私ではなく、ルヴェインのつがいだから見せてくれるものだ。
妃殿下か。そうなる日は来るんだろうか。
自分の中のざわざわを消せないまま、再度お礼を言って修練場を離れた。
それから時々修練場にも足を向け、遠くからみんなが鍛えているところを観察したり、打ち身に効く薬草を届けたり、いい木の実がたっぷりとれた時には差し入れをしたりした。
事情を知る龍以外にはルヴェインのことは言わず、「通りすがりの物好きなレーナさん」で通してる。王城内で通りすがりっていうのもかなり無理があるけど、そうしないとみんな恐縮してしまうし、つまらないおもてなしに手間をかけさせるわけにはいかないから。こっちは暇を持て余して散歩しているだけの居候だからね。




