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翌日は特に予定も入っていなかった。
ドレスなんぞで日中を過ごす気はないから、偉い人と会わなくてもいい日は家から持ってきた服で過ごすことにした。着替えの補助もいらない。
侍女のジェナのブラッシングは今日も荒くて痛い。
「ごめんなさい、服装を整えないといけない時だけお願いしたのでいい? 普段は自分でやるから」
そう言うと、すんなりと
「わかりました」
と言って手を止めた。部屋に控えてもらう必要もなく、必要な時だけお手伝いを頼むからあとは自由にしてと言うと、向こうもその気だったようで一礼して表情も変えずに出ていった。
大してない荷物の片づけは昨日のうちに終わっている。特にやることもないので、風の宮の中を勝手にうろつき、働く皆さんにご挨拶した。
侍従、侍女、メイド、料理人、さすが王族の家だ。
一通り中を見終わると外に出て、初めは庭だけのつもりでうろついていたのだけど、境界がわからない。他の建物が見えたら近寄らないようにした。誰かが住んでいる宮殿もあるだろうし、お客様が滞在している建物もあるかもしれない。
周辺を散策していると結構城壁の内側も緑豊かで、季節によっては実のなりそうな木が多くあることがわかった。
騎士と思わしき人達が訓練している場所もあった。ひときわ大きな建物には龍もいる。試合で負けた騎士がしりもちをついた後、突然龍になるところを見て驚いた。龍が人型になっていたんだ。人型になった龍と人間との見分けがつかない。
みんなに冷やかされている声がする。人間の国に行くには人型の守りが必要だけど、やられるたびに龍に戻っていたら大変だもんね。まだまだ修行中かな。
ルヴェインと一緒に来ていた従者の皆さんも人型になれた。人型になれる・なれないは他国と付き合う上では重要だ。がんばれ。
三日目に王宮からお呼び出しがあり、王様と王妃様に会った。
当然この日は侍女に手伝ってもらってドレスを着て、髪を整えてもらった。
父やアデリーナの父であるカルリさんからある程度作法は習ったけど、…不安だなぁ。
ルヴェインも一緒に行くと思ってたのに、なぜか呼ばれたのは私一人。しかも公式な謁見ではなく、私室に案内された。
「ルドール王国より参りました、レーナ・ガルディーニと申します」
「遠路はるばる、よく来られた」
龍使いを探していたという王様は表面上は笑顔を見せていたけれど、品定めをするような目で私を見ていた。あまり歓迎されていないことは何となく感じる。
「龍使いのガルディーニ殿の娘だな。父上にはいろいろと世話になっている。この国では龍と人が共存している。龍の扱いに慣れたガルディーニ家の令嬢であれば、問題はないであろうが」
ちらりと向けられた視線。
そういえば、この王様はうちの国がルヴェインを誘拐したと思ってうちの国の王子と一緒に父と兄を呼び出したんだった。そのことを思い出したせいか、余計王様が自分を疑っているような気がしてならない。例えば、…私がルヴェインをだまくらかしてここにいる、とか。
「今まで何人の龍を育てて来られた?」
「家には龍が十頭います。私が今まで担当していたのは二頭ですが、お世話は全員の…」
「二頭。たったの」
王の作られた笑顔が瞬時に消えた。
「孵化から育てた経験は?」
「…ありません」
孵化から成龍まで育てた経験があってこそ、本物の龍使いだ。私が孵化から育てた龍が一頭もいないと知ると、ふっと鼻で息をし、会話が途切れた。もう相手をするのも無駄だと思ったようだ。
「今後ともよろしくお願いいたします」
差し障りのないあいさつをして早々に退出した。
うーん、全然歓迎されないな。
婚約者になったのはとんとん拍子だったけど、あれはルヴェインがごり押ししただけなのかもしれない。一週間で私のこと、調べがつくわけないし…。
本当に私、ここで暮らせるんだろうか。
城内だけでもルヴェインに恋心を抱いている女の人が結構いるようだった。通じない思いをこじらせた面々にとって、諦めるにはあまりに私はレベルが低すぎた。
何であんなちんちくりんが婚約者なの?
龍使いだから、何か弱みを握られてるとか。
薬でも盛ったんじゃないの? でなきゃあんな人、選ぶはずないわ。
なんて傲慢な人間。もっとふさわしい龍人の女性がいるのに。
はいはいはい。そうでしょうとも。
言われなくたって、自分がちんちくりんなことはわかってます。ルヴェインの横にいても釣り合わないことくらい。
わざと聞こえるように語られる会話。睨みつけるような視線が突き刺さる。こんな感じじゃ友達はできないだろうな。
できるだけ王宮には近寄らないようにした方がよさそう。
ルヴェインは寝る時は風の宮に戻っているとは聞いていたけれど、いつ戻っているのかもわからず、顔を見るのは週に二、三回程度。一緒に食事をとりながらいつものように軽い口喧嘩をしてる間はいいのだけど、そんな時間はあっという間に過ぎてしまい、食後に一緒にくつろぐこともない。
ここに取り残されるような、閉じ込められているような、なんとも言えない不安が広がった。
お詫びのようにクリフさんを通して渡されるアクセサリ。お礼を言って受け取ったけれど、特に私のために選んだようにも見えなかった。
きらきら光る金や宝石よりも、五分でもいいから会いに来てくれる方が嬉しいのに。それはわがままなんだろうか。




