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ルキフェルの夢の終わり  作者: 美夜
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第九話 いつもの3人が揃った

 電車の手すりにつかまりながら、瞬きのたびに移り変わる景色を眺めていた。俺が見ている世界はまだフワフワしている。

 今日は祝日の昼間ということもあって座席は自分と同じ若い人たちで埋め尽くされていた。みんなが”お出かけ用”の格好をしていて、俺と同じで見るからにこれから遊びに行くといった出で立ちだった。

 待ち合わせ場所はいつもどおり。盛谷駅の銅像前。今日はその盛谷駅の近くにある「ムーンドゥス」という最新テクノロジーを結集した体験型レジャースポットに行く待ち合わせをしていたのだ。最寄り駅から十分程度なので近場でちょうどよかった。俺とナオト、それからカレンの三人の予定が合うことが最近なかなかなくて、そろって遊びに行けるのは数か月ぶりだった。カレンにメッセージを送ってOKをもらった時は、高校時代から何度も一緒に遊びに行っているが素直に嬉しかった。なぜだか数年ぶりに彼女に会うような感じがして胸が躍っていた。

 電車がゆっくりと速度を下げ、硯川駅に停車した。この次が、盛谷駅だ。

 まもなく電車は音もなく滑るようにして走り出した。

 あの夢を見てからというものの、何かがおかしい……。どこがどうおかしいのか、はっきりと言えるわけではないが、自分の心の中といま見てる世界がきちんと結ばれていないような感じがする。それどころか、ほんの少し食い違っているような気がして、違和感がある。数日前のあの日、俺が大昔の人間となって――なぜか上半身裸の少年だったが――ものすごいオーラを放った謎の美しい女性に抱かれるという、全く身に覚えのない夢を見た時からだ。

 その日の朝目覚めてからというもの、まるで映画館で我も忘れるほど映画の世界にどっぷり浸かったあとのような、自分の心の世界と外の世界があいまいになって呆然とする状態がずっと続いている。

 自分なりにいつも通り生活をし、いつも通り撮影現場でも芝居に集中していたつもりだが、外側からそうは見えなかったようだ。共演者のベテラン俳優の方に、現場の人気のないところで「大丈夫? 何か悩んでいることがあれば全部打ち明けて」と言われた。そこで初めて分かったのだが、自分はあの夢に相当心を揺さぶられてしまっているようだ。

 車内にアナウンスが響く。盛谷駅に着いたようだ。ワンテンポ遅れて俺も他の乗客と一緒に出た。

 集合場所に着くまで、この数日の間何度も脳裏に浮かんだ、あの朝のワンシーンを振り返っていた。

 夢から目覚めたとき。目の周りがぐっしょり濡れていた。枕もヒヤリとしていた。指で目元を拭う。そこでようやく自分がさっきまで涙を流していたのを思い出した。

 その時の記憶は何度も思い出されて確かめられているから間違いない。その涙は決して悲しみからではなかった。涙の跡を袖で拭っていたときに心に残っていたのは、遠く、深いところからやってきた幸福の余韻だった。

 ……待ち合わせ場所が見えてきた。尻尾を高く掲げた巨大な猫の銅像の前にはすでに誰かがいた。ナオトだ。待ち合わせの時間よりまだ十分もある。

 俺はあえて遠くから高校時代にナオトが呼ばれていたあだ名で呼びかけた。

 ナオトは照れと気まずさを合わせたような面持ちで振り向いた。

「いやそのあだ名はやめろって」

 俺が彼に呼びかけた名前は当時流行っていたゲームの主人公の名前で、ナオトがあまりにゲームオタクなのでクラスメートがからかって付けたものだ。これ以外にも、出会い頭に毎回二人にしか分からない共通言語のようなもので挨拶するのが暗黙の”礼儀”になっている。

「めちゃくちゃ晴れたな。今日から本格的に夏って感じ」

 ナオトはそう言って雲一つない青空を見上げた。彼の服装は、いかにも梅雨が明けたばかりの今日にぴったりな格好だった。いま彼がハマっているゲームのキャラクターが躍動感のあるポーズでデカデカとプリントされたTシャツを着ていた。その下はベージュの半ズボンに青いスニーカーといった出で立ち。二十六歳にもなってキャラクターTシャツ一枚と半ズボンという格好は、普通ならば「ダサい」「ファッションセンスがない」と言われて恥ずかしい目に合うのがオチだが、ナオトの丸っこい体のフォルムから漂ってくる持ち前の愛嬌のおかげで、絶妙なフィット感があった。

 ーー待ち合わせ時間から二十分が過ぎた。

「カレン、思いっきり遅刻だな」周囲を見渡しながら俺は言った。「まぁ今に始まったことじゃないけど」

 足踏みしながらナオトと一緒に人ごみの奥を眺めていると、明らかに段違いのスピードでこっちへ向かってくる姿があった。走り方で分かった。カレンだ。

「ごめんごめんごめん!!」

 二人の前で急ブレーキをかけるやいなや眉毛を八の字にして手を合わせながら謝っているカレンは、その滑稽なポーズにもかかわらず、というよりその姿が一層彼女の美しさを際立たせていた。オーバーサイズの淡い灰色のTシャツの袖をまくっており、そこから見える白い腕に初夏の強い日差しが反射して眩しい。くるぶしの上までの青いデニムパンツと、その下は、底の厚い黒いサンダルを履いていた。季節に見合ったその服装は、カレンの爽やかな色気と見事に合わさっていた。

 ようやく揃って目的地に歩き出したのはいいが、ナオトとカレンが並んで歩くとナオトの体形とファッションの無頓着ぶりが余計に浮き彫りになった。俺はそれを見て苦笑した。まぁ、これはいつものことなのだが。今日はやけにそのコントラストがおもしろく思える。

 三人は目当ての体験型施設に行くために駅前のビルの中へと入っていった。

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