第六話 夜空に輝く一番星
俺一人が乗るには大きすぎるワゴン車は、眩しい朝日を受けて黒光りしながらマンションの前に停車していた。自動で開くドアを待って、いつもやるように跳ねるようにして乗り込んだ。
無人の自動車はゆっくりと動き出した。目的地はすでにインプットされているので人が運転せずとも自動で撮影所まで送り届けてくれる。逐一交通情報を取得して走っているので、渋滞が発生したところを迂回しつつ、常に最短ルートを走ってくれる。
俺は滑るようにバッグに手を挿し込んで台本を取り出した。今日撮影するシーンを確認するためだ。車の中は俺一人しかいないので、いつも声に出して自分のセリフを最終チェックしている。
しかし、今日のセリフはなぜか俺の胸をざわめかせた。台本を見ずにシーンをイメージしながら空で言えるくらい覚えているし、どの言葉に重きを置いてセリフを発した方がいいのかも分かってるのに、セリフを繰り返している間は、妙に鼓動が早まる。今日の教室での昼休みのシーンはいわゆる”前フリ”の段階であって、主人公たちがその後に繰り広げる冒険と比べると対して重要ではないというのに。
心の高まりに釈然としないまま台本を閉じた。
役作りのためにセリフの中の背景知識を出来るだけ知っておこうと思い、携帯を取り出して一つひとつの固有名詞を検索していった。
とある単語を調べているとき、一つのマークが目に留まった。
説明書きを読んでみると、大昔には星の象徴として扱われていたらしいことが分かった。
星が夜空に光り輝いている様子を線で表しているようだ。
「五芒星」は知っているが、「八芒星」、か……。
俺はしばらくそれを凝視した。
その時、俺は頭が前後に大きく揺さぶられた感じがした。思わず両手で頭を支えたが、揺れているのは頭ではなく脳そのものだと分かった。……まだ揺れは止まない。めまいのように焦点がぼやけ始め、携帯の画面に映っている図形もぶれて見えてきた。
八つの方向に鋭く光を放っている、星を象った図形。太古から受け継がれているもの。
――文明のはじまりから。
おさまらない揺れと先ほどよりも早い胸の鼓動に堪えながら、
『どこかでこれを見たことがある』
と思った。
この既視感には、何か日常を超えた信じられない体験、例えばミサイルでも降ってくるような、壮絶な感覚が伴っていた。大きな波こそないが人並みに幸福な日々を送ってきたこれまでの自分の人生を振り返ってみても、そんな壮絶な体験はどこにも見当たらなかった。
顔を引き剥がすように画面から目を離し、少しばかり火照った体をシートにあずけた。撮影前にメンタルを崩してはいけないと思い、しばらくこうしていることにした。
十分ほどたって車はゆっくり停車し、目的地に着いたことを知らせる音が車内に流れた。
監督のスタートの声がかかった。
騒がしい昼休みの教室の中で、学ランを着たショウタ役の俺は周りの男子生徒たちへ向かって興奮しながら聞いた。台本は全て頭に入っている。あとは周りの雰囲気に合わせるだけだ――。
「昨日のニュース見たか? 太平洋の海底に沈むムー大陸が核戦争で滅んだ決定的証拠が見つかったって話!」
向かいに座っているセイヤとマサはどちらも弁当のおかずを口に入れながら「んーんー」と首を横に振った。二人ともあまり興味がなさそうだ。
セイヤは飲み込んだ後に、
「核戦争? ずっと昔の文明なのに?」
と聞いた。
それに対してショウタは生き生きとした声で「そう! そこがすごいところなんだよ!」と答えた。
マサはあとに続いて、箸の先を口に含みながら考え込んだ様子でこう呟いた。
「……”歴史は繰り返される”ってよく言われるけど、本当なのかもしれんね」
ショウタはマサの言葉に『待ってました』と言わんばかりに熱を込めて説明し始めた。身を乗り出して指先のジェスチャーを加えた。
「うんうん、僕もその説を推すよ。人類はこれまで何度も文明を興しては滅んでを繰り返してるんだと思う。それに、人類最古の文明と言われる古代メソポタミアの時代には天まで届く巨大な建築物や、今じゃ僕らにとって当たり前の『空中庭園』がすでにあったらしいし。だから、姿形は違っても同様の営みを人類が繰り返すってことは、歴史を紐解いてみても十分説得力のある仮説なんだよ」
座りなおして、ショウタはさらに言葉を続けた。
「それでだ。そのメソポタミア文明の後世への影響は計り知れない。イシュタルっていう女神……」
「ストップ! ストォーップ!」
突然セイヤはショウタの顔の前に手をかざして制した。そして苦笑しながら言った。
「ショウタは語り出すとチャイムが鳴るまで止めないからな」
マサも笑いながらそれに同意した。
――しばらくこの男子生徒たちによるシーンが続けられた後、監督のカットの声が教室に響いた。




