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ルキフェルの夢の終わり  作者: 美夜
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第四十三話 アン

 目の前に、はるか彼方までまっすぐに伸びる階段が現れた。金色の装飾に縁どられた白いドアが遠くにおぼろげに浮かび上がって見える。この高さからするに、かなりの段数がある。

 藤原ケン、中村ユイと名乗る、スーツ姿の男女とともに上り始めた。

 三人の靴底が階段の段を叩くたびに、闇に紛れているために高さが計り知れない天井に靴音が反響して、けたたましく響く。女が履いているハイヒールの音はとりわけ目立った。

 ついさっき男は、俺が「”彼女”に気に入られている」と言った。「”彼女”」とは……? 俺をここへ連れてくる前、「うちの上司が話がある」とも言っていたが……。

 見上げるほどの高さにある、白く輝くドアを見て思った。

『この先に、”誰か”が俺を待っている』

 俺の心を察したかのように、男は言った。

「あのドアの向こうに、<エウニル>で一番偉い人がいる」

 果てしない長さの階段にもかかわらず、彼は一段一段踏みしめるように登りながら続けた。

「彼女の名前は、アン。さっき説明した通り、ここは、君たちの世界を包括的に管理しているところだ。そのトップだから、無数に存在する<浮世>への影響力は一番大きい。君の世界も同様で、はるか昔から世界各地に神話というものが語り継がれてると思うけど、アンはあれにだいぶ大きく関わってる。彼女には”物語”を左右する力があるんだ。だから、かつての人間たちは彼女を崇拝してきた。『秘密結社』というものを名目に、君たちの世界の管理権を陰から握っている組織も、長い間彼女を心底崇敬してきたみたいだしね。まぁ、壮大すぎて理解しがたいと思うけど、それくらい彼女はデカい存在だってことだよ。だからこそ、一つ警告しとく。彼女は君たちの神話で語られているように、何か君に『見返り』を期待するかもしれない。もしそうなったら、慎重になった方がいい。君自身のためだ」

 階段の最後の段を上った。おぼろげな光量に対して異様なほど眩しく見える白い扉はまさにそこにあった。

 俺の膝は、歩行が困難になりそうなほど震えていた。

 これまで感じたことのない、広く、深く、奥行きのある恐怖。

 その恐怖に際限があるのかどうかは分からないが、俺の認識をはるかに越える高い次元から自分を包み込んでいるということは分かった。

 だが、あの時見た、孤城の暗闇の中に浮かぶカレンの顔が、俺に力を与えた。

 スーツの男と女から聞いた話が本当ならば、きっとカレンを、平和な元の世界に帰してくれるはずだ!!

 金色に光るノブを掴み、押し込んだ。

 堅牢で大きな扉は、後ろで大きな音を立てて閉まった。

 そこにあるのは、単なる円形の広い部屋だった。

 全ての壁面が透明なので外の夜の景色がそのまま見える。それそのものが光っているかのように暗闇の中で燦然と輝くビル群が広がっていた。いずれも俺の眼下にあった。”ここ”はかなりの高さにあるようだ。

 ふと自分の体を見ると、先ほどまでほとんど全裸の状態だったにもかかわらず、知らぬ間に衣服を身に着けていた。オーバーサイズのクリーム色のシャツと、黒いズボン。俺が最後に着ていた服だ。

 何が起きたか分からず呆然としていると、部屋の中央の床に、見覚えのあるシンボルが描かれているのに気づいた。俺は、奇妙なほど納得した。

 八つの光を投げかける金色の星。それを背にして、こちらへ向かってとぐろを巻く金色の蛇。その一つ目は、見る者を威圧し恐怖で静止させるかのように、紅く光っていた。

 円形の部屋の中心に位置しているその目から、突然、閃光が放たれた。俺は眩しさに目を細めた。

 その”光”は回転を始めた。

 すると、床と天井にある、幾何学模様のように外へ向かって何重にも囲まれた円の中心から、白く、澄み切った竜巻のようなものが生まれた。それは、まるで生き物のように震え、躍動し、溢れるような生命力をあたりに広げ始めた。目の覚めるような神秘的な様を見て、俺はそれをとぐろを巻く竜のようだと思った。

 回転運動を繰り返す胴の長い生き物は、次第に形を変え、一つの白く光る球体となっていき、ついには人型となった。

 その人型のシルエットは、にわかに動き始め、部屋の中央からこちらへ歩いて来た。

 俺はいまにも腰が床につきそうになった。

 ”それ”は俺のもとへ一歩一歩近づくに従って、墨汁を清水に垂らしたように、みるみるうちに黒く変色していった。

 全体が完全に黒く塗りつぶされたと思った時、今度は顔や手の部分だけが白くなっていった。俺はなぜかそれを見て、心臓が掴まれるような艶めかしさを感じた。

 俺の数メートル前まで来て”彼女”が立ち止まるまでに、その容貌は、完全に「人間」のそれになっていた。しかし、その美しさは、人間が持てる美の範疇を優に超えていた……。

 一本一本が重みを持ち、なおかつ輝いているように見える、漆黒の髪。”彼女”の身を優しく包むレースのような衣服は、胸元から現れている白い肌を際立たせるように、どこまでも深く、黒い。引き締まっていながらとろけるように艶やかに見える口元は、俺をその無限の黒い胸にかどわかすように、甘い赤さの中で薄く微笑を浮かべている。そして真っ直ぐに見据えている目。俺は”彼女”の瞳を見て、すぐにそらした。再び目を合わせることがとても恐ろしいような感じがした。その目は一見すると、とても美しく、慈愛に溢れ、見る者を彼女の官能的世界に即座に引き込むような魅力があるが、瞳の奥がはっきりと「”彼女”は何者であるか」を語っていた気がしたから。

「アシン。久しぶりだな」

 ”彼女”――アン――は、蜜が溢れるような唇を開いてそう言った。

「いや、いまはミノルか」

 俺の顔を見て、アンは薄く笑みを浮かべたまま言った。

「そう怖がらなくていい。お前を罰したりなどしない。――なぜなら、私がお前をここまで導いたんだからな」

 アンの口元を見ていた俺は、それを聞いて驚いて視線を上げた。

 そこで俺の瞳と彼女の瞳は交わり合った。

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