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ルキフェルの夢の終わり  作者: 美夜
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第二十話 さらなる並行世界へ

 俺とカレンは並行世界のその先を走っていた。

 カレンの手を引っ張りながら、路地や民家の間をいくつも曲がって行く。

 白い光に囲まれたドアを開けた瞬間、強烈な違和感に襲われた。あの細く暗い路地で目にするはずのない異様な光景が、俺たちの前に飛び込んできた。

 俺の勇気を怖気づかせ、脚をつまずかせた。それでも俺は互いに確かめ合った「絆」を信じて、一心に走っていた。

 この「何かが違う」感じ……。まるで、世界と俺がうまく噛みあっていないような感覚。ドアをくぐりぬける前に感じたよりもずっと強い。

 なぜかさっきからヒリヒリする肌。上を見上げると、薄く黄色がかった灰色の空。

 そして、目前に見える景色は、数分前まで見ていたものとはうってかわって時代が後退していた。

 写真や映画だけでしか見たことがないような古い建物を、いくつも目の端で捉える。

 走りながら耳を澄まし、後ろから足音が聞こえてこないのを確認して、さらに一つ角を曲がった。いまにも朽ちそうな古い小屋の裏に回り込み、それを背にして、座り込んだ。

 地面はアスファルトではなく砂の感触があった。

 二人の胸は激しく上下していた。しばらくどちらとも喋ることができなかった。

 手の平を通じて、カレンの体も俺と同じくらい熱くなっているのが分かった。俺は息を整えつつ、言葉がとぎれとぎれになりながらカレンに聞いた。

「もう追ってきてないみたい」

「うん……。ドアを抜けたところから足音が聞こえなくなった」

「もしかして、あの二人は、入ってこれないのかな?」

「どうなんだろう。でもミノル……逃げ切れたのはいいけど」カレンは辺りを見回しながら言った。「私たち、また変なところにいるよ」

「……でも追手からは逃げられた」

 俺はおもむろに小屋の影から首を差し出して周囲を見渡した。

 大きな通りに出てみると、俺たちが背もたれにしていたのは小ぢんまりとした駄菓子屋の建物だったことに気づいた。

 売り場に並ぶ色とりどりの駄菓子を見て、俺は懐かしさを感じた。地元が田舎だったので、小学生のころに親からもらった五百円玉を握りしめて、学校の近所の駄菓子屋に何度も通ったものだった。そしてそこで買ったキャンディやスナック菓子を家で食べていると両親に懐かしがられたのを思い出した(中学生になると時代の流れに逆らえずその店はつぶれてしまっていたが)。

「ここ、駄菓子屋といい、街並みの雰囲気といい、昭和のイメージそのままじゃないか」

 と俺が言うと、カレンは振り向いて、

「え? 昭和って? ミノル、何か見覚えあるの?」と言った。

 俺は言葉を失った。うっかり忘れていた。隣にいるカレンは姿かたちは俺の知っているカレンでも「別の世界のカレン」なのだ……。だから当然、彼女は俺と違う別の過去を辿ってきたわけで、「昭和」も知らないだろうし、もちろんこういった俺が懐かしいと感じるものも、記憶の中にないのだ。さっきまでいた、俺のいた世界よりも数十年先を行った未来都市の景色を思い出して、妙に納得がいった。

「……いや、いいんだ。俺の地元を思い出しただけ」

 そこで俺は気づいた。あの赤い空を見るまで頭の中にあった「二重意識」の感覚が、いまではすっかりなくなっていたのだ。記憶を呼び起こす度に起きたあの記憶の混線のようなものはなくなり、元々の世界にいた時の自分と同じく、意識はすっかりとシンプルになっていた。

 その時、傍から複数の足音が聞こえ、身構えた。

 が、朽ちかけた柱から現れたのは子供の集団だった。まさに俺が昔に駄菓子を買いに行っていた七歳から十歳くらいの年齢の子供たち。彼らは、各々歓声を上げながらお菓子を選んだり、くじを引いたりし始めた。

 するとそのうちの一人が突然驚きの声を上げた。そして、奥へ向かって「おばあちゃーん!!」と叫んだ。すると奥から現れたのは、祖母の若いころの写真で見たことがあるような、かなり古い時代を感じさせる、派手目の服を着たお年寄りだった。かなり”本格的な”駄菓子屋なんだな、と心の中で苦笑した。しかしよく見ると、周りの子供たちも、絵に描いたような古さを感じる格好をしていた。男の子の何人かは、ティーシャツが”つぎはぎ”だったり、穴が開いていたり。二人の女の子はどちらともおかっぱ頭だった。

 何かの予感を感じて、俺は自動車のエンジン音が行き交う大きな道路に出た。

 黒い排気ガスを出してゆっくりと俺の前を通過していく自動車は、これまた異様なほど古さを感じた。車体が平べったく長く、安っぽくて薄い金属板をいくつか合わせたようで、どこか出来が悪そうに見えた。

 そこで俺ははっきりと理解した。ここは、俺の知る「昭和」という時代が時間の風の中に留まって、かつての姿形のまま世界に滞留した、もう一つの世界なのだということ。

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