第十四話 並行世界での再会
いま俺が見ているもの全てが現実だとは思えなかった。あらゆる現象が俺の認識になじまず、はねつけられた。
「盛谷」「硯川」? そんな地名は聞いたことがない!
そもそも俺はいま、憧れであった東京に住んでいるのだ!
ベランダから見える超発展的な街並みや、部屋の空調システム、それから送迎バスの無人自動車! どこを見ても、何十年も先を言ってるとしか思えない「未来の超テクノロジー」に満ちていた。
俺の身に起きていることは何一つとして理解できず、困惑を極めているが、「まだナオトとカレンは傍にいてくれている」という事実はなにより俺を有頂天にさせた。
今日の十四時、二人は俺の家へ遊びに来る、ということになっているらしい。
俺は冷静にその事実を捉えようと努めた。記憶としてではなく、概念としてではなく、本当に彼らが目の前に現れるのだ。大学時代以来、俺の中で二人は観念上の存在となっていた。現実を離れて俺の頭の中だけの存在となったナオトとカレンを自由に遊ばせていた。楽しい記憶を再現する時や、もし社会人になってから彼らと会ったらどんな感じなんだろうと想像する時などに。「時が戻ればいいのに。そうすればまた三人、高校生の時のような仲良しのまま、一緒に大人になれるのに」と、祈りのように何度も願った。
時は戻らなかった。だがいまでは……。
時計を確認した。あと十五分もすれば玄関の呼び出し音が鳴るだろう。
キッチン前の机に座り、ぎこちない手順で淹れたコーヒーをちびちび飲んでいた。味は何も変わらない。
携帯のスケジュールやバッグの中に入っていた台本らしきものを見て分かった。どうやらこの世界の俺はすでに俳優としてデビューしており、しかもある程度成功しているようだ。台本にはとある役名に丸が付けられており、そのセリフにはところどころメモが書き込まれている。それを読む限り、メインキャストとまでは言わないまでも、物語上はそれなりに重要な役どころのようだ。その事実が、かえって夢のようにふわふわした気持ちの俺に現実味を与えた。
渇望していた夢がついに叶った。たとえ理解を超えた超常現象的な形であれ、何年も願い続けた理想が成就したのだ。確かに心の中で嬉しさは感じている。だが、自分でもどうすればいいのかが分からない。このあとどうなってしまうのか、次の一ページが分からない。二人と会った時、自分は冷静でいられるのだろうか。二人は、俺の想像しているナオトとカレンなのだろうか。
その時、玄関の呼び出し音が鳴った。俺の胸は騒いだ。
おそるおそる玄関へと歩いて行き、ドアを開けた。
その瞬間、違和感は吹き飛んだ。
彼らは、俺が思い描いていた通りだった。二十歳だった六年前のあどけなさは影を潜め、二人とも大人の顔になっていたが、その顔はまぎれもなく俺の知っているナオトとカレンだった。緊張は一気にほぐれた。
ナオトに続いて玄関へ入ってきたカレンと、間近で目が合った。その瞬間、俺の心臓は大きく飛び上がった。そして彼女がすぐ横を通り過ぎた時、俺はそこではじめて彼女の全身を目に納めた。
デニムのワンピース。その色は、さっきベランダで見た空の色よりもずっと濃い青だった。気持ちの良い色だ。そして腰回りは、くびれを強調するように、同じくデニム素材のベルトでキュッと引き締めていた。
背中を見送る俺は、この服装が彼女の愛らしさを何倍にも増していることに感動していた(この「愛らしさ」には、自分の知らないところですっかり大人の女性になっていたことへの不思議な感慨深さも含まれていた)。俺が知っているカレンは、そんな大人っぽいオシャレな服を着るような女の子ではなかったからだ。
我に返った俺は出来るだけ手際よく見えるように二人を招き入れ、キッチンで飲み物を注ぎ、リビングのソファでくつろいでいる二人の前のテーブルに置いた。
ナオトは俺が同じソファに座るか座らないかのタイミングで、いきなり「あ、この前話した女の先輩と付き合うことになった」と言い出した。二人はほとんど開口一番での交際報告に驚きの声をあげた。
三人の対戦ゲームの準備をはじめつつも、その後に続く会話は、自動的に「ナオトはどうやって先輩の心をつかんだのか」という話になった。カレンからの質問攻撃を浴びて一通り話し終わった後、彼は自信たっぷりの話しぶりでこう言った。
「いままで僕はゲームの世界以上に楽しい世界はないって思ってた。ゲームの世界に入りたい、そこに住みたいと思ってたほど。それは、恋愛ゲームでもそうだった。だから、いつも恋愛ゲームみたいな恋がしたいと思ってた。それが僕の理想の恋愛になってた。でも、最近ようやく気づいたんだ。恋愛ゲームじゃ、何度フラれてもまた女の子と出会うところから始められるけど、リアルでは当然そうはいかない。だから逆に現実世界での出会いを大切にするようになったよ。そうすると、出会いってのはその時々に一度きりの必要・必然があって起きるものなんだっていうことに気づけたし、何かのきっかけで出会った人のことを、好きだって気づいた時は、そのタイミングで思いを伝えなきゃって思ったんだ。で、真剣に恋愛に向き合って感じたのは、当たり前かもしれないけど、どれだけ技術が進歩してゲームの世界と現実の壁が薄くなろうと、本物の恋愛が一番なんだなって。やっぱり現実が一番なんだなって」
キャラクターを選びなおして次のラウンドに移行するときに俺はその言葉を聞いた。俺はテレビ画面を見つめながら呆然としていた。
この世界のナオトは、カレンと険悪な雰囲気は微塵もなく前のように仲の良いままであることにまず驚いたのだが、俺を差し置いていつの間にかカレンを奪っていったナオトが(少なからず当時からそう感じていた)、俺に恋愛について堂々と語っている! それも、「目の前の現実の恋愛が大切だ」といったことを! だが俺は不思議と怒りは感じなかった。このナオトは”俺の知っているナオト”ではないという認識が働いたからなのかどうかは分からない。
一時間半ほどゲームに熱中した後に三人が小休憩を入れている時、ナオトの携帯が鳴った。
彼はそれを確認するや否や興奮しながら「先輩からだ! 十八時からデートだって!!」と叫んだ。スマホを握りしめた彼はそのまま「ごめん! 今日は抜けるわ!」と言いながら玄関を駆け抜けて行った。バタンッ! と勢いよくドアが閉まる音が聞こえた後に残されたのは、テレビのスピーカーから聞こえてくるゲームの楽しげなBGMと、俺とカレンの間にある静寂だけだった。




