第十話 一日で世界一周
「ムーンドゥス」の館内に響く自動音声に案内されて見たのは、ただの巨大な真っ黒い部屋だった。全体が円筒状になっており、上から見下ろすときれいな円形に見える。出入り口からは真っすぐ一本の通路が伸びているので、鍵穴のような形にも見える。
入口の扉が閉まった後には最低限の灯りしか残らなかった。ほとんど真っ暗闇な空間に取り残された三人は、口々に動揺の言葉を漏らした。部屋に入る前にAIに説明を受けた通り、俺が「ムーンドゥス!」と呼びかけると、三人の周りにある壁が光を放った。かと思うと、先ほどまで真っ黒だった壁には地球上のあらゆる多様な大自然が次から次へと現れた。その映像は前面からだけでなく、上下、左右に加えて三人の背後にも映し出されていた。
スクリーンの境目の様な物は見あたらない。完全に”景色”が三人を包んでいた。その映像のあまりの綺麗さは、海や山々や峡谷の大自然が本当にそこにあるように感じさせた。
目にもとまらぬ速さで世界中を旅するように、大自然は休む間もなく前から後ろへと流れていった。すると、視点はものすごい勢いで上昇していき、地上を離れ、雲を越え、成層圏を越え、ついには、三人は地球を見下ろしていた。
その時、部屋のどこかから女性の声が響いた。透き通るような美しい声だ。
「今日はどちらへ行かれますか?」
三人は唖然として口々に「すご……」と呟いた。
先に我に返ったカレンが「どこに行く?」と二人に問いかけた。しばらく話し合った後、彼女は「じゃあ、アマゾンのジャングルで!」と元気な声を部屋いっぱいに響かすように言った。
視点は再び猛スピードで動き始めた。地球の引力に引っ張られるように、南米大陸へ向かって降下していった。直後に現れたのは一面緑の世界。そこはまぎれもなく俺たち三人が頭の中で思い描いているようなジャングルだった。三百六十度、どこを見渡しても種々雑多な植物が入り組んだ複雑な世界だ。
再び三人は驚きの声を上げた。最初にそれを言葉にしたのはカレンだった。
「ちょっと待って待って! これ、すごくない?」
俺たちはほとんどすべての感覚器官で「世界」を感じていた。蔦を手に取って引き寄せられそうな立体感とその質感、ジャングル内に響き渡る未知の動物たちの鳴き声、雨が上がった後の草原のような濃い植物の匂いと土の匂い、まとわりつくようなジメジメした蒸し暑さ……。
「これもう、本当にアマゾンにいるのと同じだよ」
ナオトはあたりの空気を嗅いでそう言った。
「本当だな」俺は壁に向かって歩きながら「本当にジャングルの奥に進んでるみたいに映像が動くし」と言った。
そう俺が言うのを聞くや否や、カレンは雑草を踏み分ける音を立てて一人で大きな川のある方へと駆けて行った。俺は冗談っぽく「ちょっと待てよカレン! 迷子になるぞ!」と言いながら彼女の姿を追った。ナオトもそれに続いた。
三人は世界中を旅した。思いつくままに、地名や国の名前を「ムーンドゥス」へ呼びかけ、その通りの場所を、その場にいながら”体験”してまわった。世界一周旅行に行ったような満足感が味わえた。エジプトのピラミッドの壮大さや砂漠の砂の熱さ、グランドキャニオンの果てしない景色、サングラッチェ大聖堂の天井一杯の絵画、アメリカで一番高いビルであるプリンス・ビルディングの頂上からの足もすくむような高さ。
そのあと、何を思ったかカレンは「ムーンドゥス」に「噴火してる火山が見たいんだけど」と呼びかけた。すると、火口が真っ赤に染まり溶岩が吹きあがる火山が現れた。カレンは火口の近くまで行き、俺とナオトに向かって「見て見てー! 本当に噴火してるよー!」と手招きした。俺はカレンの隣に行き、灼熱を浴びながら赤い飛沫を飛ばす火口を見下ろした。これ以上近づいたら焼けてしまいそうだ。
その時カレンはすかさず俺の背後にまわり「行ーけーよー」と言いながら俺の背中を押す真似をした。それに対してすぐ俺も「やーめーろーよー」とされるがままになったが、すぐに真顔になって「いやこれは本当にやめろ!」と言った。
「いいじゃん、本当に落ちて焼けるわけじゃないんだから」と言ってカレンはいたずらっぽく笑った。
「それでも恐いわ!」
ビビりの俺は思わず叫ぶようにして言った。
カレンと俺はまだ高校時代からの”ノリ”を忘れていなかった。もちろんナオトもそうだった。傍から見て子供っぽく見えようとも、出会う度にこれをすることが三人の仲の良さの秘訣だった。こういった積み重ねのおかげで、社会人になってから感じるようになった加速度的に進みゆく時間の流れの中でも互いの絆を繋ぎとめることが出来ていた。




