表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

世界は救わない聖女たち ~でこぼこ聖女は2人でひとり~

作者: 水藤紗弥



「は? 聖女? 事情を説明されても、嫌なモンは嫌よ」



 気の強そうな黒髪の女が、腰に手を当てて魔法陣の上に仁王立ちしながら――周囲に鋭い視線を向けた。



「そ、そうは言ってもだ、実際世界の危機に聖女が、あなたたちが現れて――」

「へぇ~……今まで聖女ってぽんぽん出てきてたの? じゃあ、あたし達じゃなくて良いわよね」


 弱り切った顔の召喚士の爺様。



 ふんと鼻を鳴らして、女は横でへたり込んでいる……暗い表情の女を見る。


 腰まである長い黒髪は、三つ編みでまとめられていた。

 じっと見ていると、彼女も視線を感じたらしい、ちらっと目を合わせ、すぐに俯く。


 この人は交渉もまともに出来なさそうだ。すぐに押し切られる……。

 と、仁王立ちしている聖女……トモエは瞬時に悟った。



「勇者様ご一行がまもなくご到着なさるのです。ですので、一緒に……」


「あのね、勇者は仲間がいるんでしょ? だったら勝手に仲間と旅を続ければいいじゃない。だいたい聖女の力って一体、討伐の何に使うのよ」


「魔王の封印に……」

「封印? それって、力を込めて『封じるぞー』って念じれば良いの?」


 トモエが周囲の者にそう聞く。

 周囲にいるのは恐らく有識者だと思われたが、結局封印方法はよく分かっていないらしい。



「さぁ……」「たぶん……」「どうなんだろう……」



 そんな声ばかりで、はっきりと『そうです』『違います』『わかりません』と言い切る奴はいない。



「ったく、こんだけ人数いるのに誰も知らないのを疑問に思わないとかダサすぎ……いいからなんか、無地の札貸して。そこでボーッとしてる聖女のあんた、あたしの手を握って」

「えっ……? わ、わた、わたし?」


 声をかけただけでビクついた女の手を無造作に握り、召喚士から札をむしり取るように受け取る。



「いい? ここに、封じるぞ~って念をあんたも送るのよ」

「……は、はい……わたしなんかに出来るかな……」

「出来る『かな』じゃなくて『やる』の。分かった?」

「は、はいぃ……」


 なんとも覇気の無い女だが、聖女として異世界に召喚されたらしいので、何かしらの力はあるだろう。


 三つ編み聖女……ユラハのかざした手から、札へ青白く光るものが流れていく。



 周囲からは『おおっ』というざわめきが起こった。


 そこで、トモエも念を送るために息を吸い――……。




「破ァーーーッ!!」




 というかけ声と共に力を放出させた。

 ボワッと、赤く光る魔力が炎のように揺らめき、札に送られる。


「ヒッ……、ちょっと、なに寺生まれみたいな技を……!」


 隣で集中しているときに、そんな喝が飛び出せば誰だって驚くだろう。

 しかし、トモエはそうねえ、と普通に受け入れる。


「寺生まれみたい、っていうか……あたし実家が寺なんだけど……あ、はい封印の札。勇者に渡しといてよ。まったく、上司からの書類のほうがまだ作り甲斐があったわ」

「う、うわあぁ……寺生まれって凄い……」


 謎の感嘆を口にするユラハの手を掴んだまま、トモエは行くわよと立たせる。




「せっ、聖女様がた! どこに行こうというのです……!」

「あたしたちが住みよい場所を自分で探しに行くのよ!」


 召喚士達が止める間もなく、力の使い方のコツを得たらしいトモエは、ユラハを引きずるようにして異世界旅を満喫することにしたらしい。



◇◆◇



「ど……どこに、向かってるの? だいぶ、歩いたけど……」

「来たばっかで、場所なんか分かるわけないでしょ。なんか良さそうなところよ。大丈夫、汚い水だって綺麗な水に変えられるから。奇跡って便利ね~」

 

 互いに打ち解けてきたものの、トモエのポジティブさがユラハにはまぶしい。


 奇跡というのを自分のために使い始めたトモエはユラハと一緒にいて、いろいろ分かったことがある。



 トモエはなんでも『破ァー!』してしまうので、効果も力の消耗も大きい。

 ユラハは怖々と力を解放していくので、時間がかかるし効果も小さい。



 二人で手を繋ぎながら力を解放すると、お互いの魔力消費は最低限かつ、最大の効果が生まれることだ。



「あれはすごい発見だったわね。あたしたちは二人でひとつ! ばしばし奇跡起こすわよ!」

「あ、あまり、目立つようなことするの、嫌なんですけどぉ……」

「まあいいじゃない。一人より心強いでしょ? あ、見て。村があるわよ」




 小さな村に入ってすぐ、トモエは渋い顔をして民家のやや上のあたりを凝視する。


「この村に、邪気があるわ」

「じゃ……き? えっ、あの、おばけとかです、か……?」


「そんなようなモンかしら」

「やだぁ……怖い……家帰りたい……」


「うっさい、泣かないの…………あ、すみませーん! 通りすがりの聖女なんですけど……なんか、村に邪気が充満しているので事情を聞きたいな~って!」

 

 めそめそし始めるユラハを引きずりながら、モブ村人に事情を聞いてみるトモエ。


 通りすがりの聖女という自称を訝しむことなく、村人は『おお、あなたが伝説の聖女様ですか!』というテンプレセリフのようなものを口にし、村に起こった出来事を話し始めた。



「実は……ここ最近、夜になると幽霊が出るのです」

「うっひょー! 幽霊! 任せて任せて! 破ァしちゃうわ!」


 トモエは目を輝かせ、ユラハは嫌そうに顔を歪めた。


――何が破ァしちゃうわ、だ。動詞として使うな。


 そう言いたいのをぐっと堪える。


「それが……婚約破棄された村長の娘、ミリアの姿によく似ているんです」

「は? ……浮気? 婚約破棄? 相手は?」



 浮気と言った瞬間、ユラハの目が鈍い光を放つのをトモエは見逃さなかった。


 先ほどまでの態度とは打って変わって、まるで……歴戦の戦士のような顔をして村人を見据えるユラハ。



「ええ。半年ほど前でしょうか……。とある若い男爵と婚約が決まっていたのですが、男爵がミリアとの婚約破棄を突然言い渡してきたのです」

「婚約破棄……!! 許せない……!」


 ユラハの顔が険しくなってきた。

 聖女というより鬼女のほうがよほど似合いそうである。



「破棄の理由は、男爵に『ミリアではなく、新しく好いた女が出来た』ということです。将来を誓った相手なのに、とミリアはとても悲しんで……そのまま井戸に身を投げて死んでしまいました。そこからです。夜、井戸の近くで……殺してやる、呪ってやると呟くミリアの幽霊が現れるように……」


「なるほど……よくわかりました。とりあえず、その後……男爵は……?」

「男爵は、気味悪がっているらしくそれ以来村にあまり顔を出しません。近くには来るようですが……」


 まあそうだろうな、とトモエは頷く。よくある痴情のもつれ話だ。

「幽霊は適当に破ァして終わりかな……って、ユラ? どしたの?」

 

「マジクソ男……呪われて当然……つーか百倍くらい怖い目に遭わすか……」

 ブツブツと小声で呪詛を吐き出していた。


『死ぬ百倍くらい怖い事』がいまいち分からないが、ユラハは聖女ではなく魔女かもしれない。



「トモエちゃん……。今日、ミリアに会おう。破ァするのは最後」

「あんたがちゃんと意思表示するなんて……わかった、なんか考えがあるのね」


 ユラハが頷くので、分かったと笑顔を向けてから……村人にトモエは微笑む。


「あ、ここ泊まるところありませんか? ……あたしたち、文無しなのですが」



◇◆◇



 夜、聖女達は村長のご厚意で借りた馬小屋からそっと出て……くだんの井戸へと向かう。


「お化け怖いとか言ってなかった?」

「ミリアはオバケじゃない……! 誰かに気持ちを伝えたい……それができるのはわたしたち、いや、わたし……!」


 随分と感情移入してしまっている。

 きっと過去に男で嫌なことがあったのだろう。


 トモエは後ろからついていきながら、ユラハって怖いなあと思った。


「おとなしく清純そうな女のほうが怖いということを、男は知らなすぎる……」

「そう。そうなのよ。あいつら……清純そうに見せる、って計算してるんだから。連日オゴリでいいから飲み会に連れて行って、さんざんたらふく飲み食いさせてボンレス体型にしてやりたい……でもあいつら食べないで飲まないで酔っちゃった~って男に甘えて……はいきた!! そーきたか!!」


 頼もしくも恐ろしい発想力を発揮する魔女……いや、聖女ユラハ。



――なんか……本当に嫌なことがあったんだなあ。



 しみじみと思いながら、ふと気配を感じて井戸を見ると……半透明の女が立っている。


「ユラ、見える? 女の人が立ってるの」

「ばち見え……トモエちゃん、まだ破ァしないでね」

「はいはい」


 ずんずん臆することなくユラハが幽霊に近づく。



「ミリアさん……だよね……?」

『…………コロス……』

「わかるわ」

『ウ……アァ……ノロッテ、ヤル……』

「わたしも思った……うん、一緒に男爵の屋敷いこ?」

『アァ……ああ……! ダンシャク……、ダンシャク!』


 ミリアは男爵と聞くと、頭を抱え体を大きく前後左右に振って身もだえる。



『ああ、わたくしを愛してるって言っていらしたのに……! どうして、わたくしの妹をお選びになったの……!』


「うわっ、泥沼じゃんそれ。まあ、どっち選んでも村のためにはなるから……」

『ウギィイイイ!!!』

「ちょっとトモエちゃん黙って、ミリアが発狂する」



 ユラハはミリアを落ち着かせ、どうしたいのかを聞く。

 ミリアは幽霊だというのに、半透明な体で、ぽろぽろと透明な涙をこぼしはじめた。


『わたくしに隠れて逢瀬を重ねていたのが、ずるい……! どうして、妹も正直に言ってくれなかったの……? なんで、どうして……何もかもがうまくいかなくなるまで黙って……! こんなの、ひどすぎる……!』



「だって、お姉さんに婚約者取っちゃった~って言って、喜んでもらえるわけ無いし、誰もハッピーになれるわけないじゃん」

『ウグアアアア!!』

「トモエちゃん!! ミリア……どう、どう……落ち着いて……」

「すんませんね」



 再びミリアが落ち着くまで待ち、ユラハは微笑む。


「ミリア、男爵と妹、どっちが許せない?」

『……両方……』

「ですよね~……トモエちゃん、ちょっと妹連れてきて」

「え……」

「はやく!!」


 顔がマジだ。


「はいはい……」

 逆らったら大変な目に遭うかもしれない。


 トモエはこういうときのユラハに逆らわないようにしようと思いながら、村長の家に向かう。


 ミリアの妹……ユリアをなんとか連れてきたとき、ミリアの態度が明らかに威圧的になった。



『ユリア……! よくも、男爵様を……! 信じてたのに!』

「ね、姉さん……! ごめんなさい、ごめんなさい……!」

「謝って済むなら悪役令嬢も処刑されねえんだよ!」

「ユラ、何言ってんのかわかんないけどちょっと黙って……」


 急にねじ込んでくるユラハを宥め、すっかり怯えきったユリアにトモエが近づくと、ミリアの動きを牽制すべく手を前に差し出す。


「ユラ~? これから何すんの? ミリア激おこで妹呪い殺しそうだけど」

「男爵も呼び出すから、トモエちゃん手を貸して」

「うっそ。顔分かんの? ていうか、そんなことできんの?」

「奇跡の力でなんでもできるかな、って……オルアァァ、男爵ゥ! とっとと……出てこいやァ!」



 ユラハが高らかに呪文(?)を唱え、手をかざすと――ちょっと肥えぎみの青年が寝間着姿で宙に現れて、尻餅をつく。



「ぎひっ!?」

「はん……。汚ねぇ鳴き声だねぇ……豚野郎」

 ユラハが汚いものを見るような目で男爵を見つめ、その視線に射られた男爵はびくりと身をすくませた。


 ユラハはもう、聖女というか……女王様のようである。



「な、なんだ貴様は! ここは……ひっ、ミリア!? ユリアまで……!」


 聖女に突然召喚されるという珍事。


 状況が分からない男爵だったようだが、この姉妹のことは認識できたらしい。

 突然あたふたとミリアに向かって、違うんだ、と口にした。



「ちょっとした気の迷いだった。ミリアを困らせようとしたら、ユリアのことをだんだん……放っておけなくなって……」

『男爵様……なぜわたくしを困らせようとお考えに……?』

「そ、そりゃあ、僕という男を大事だと思わせたくて……! でも、ユリアのことも好きになって……ユリアも僕を好いてしまって、どうしようもできなくて」



――稚拙。

 その言葉に尽きた。



 興味なさげに話を聞いているトモエも、なんだか嫌な気分になってきた。

 ユラハなど、この豚男爵を樽に詰めて剣を刺していきそうである。


「許してくれ、ミリア……! 死んでしまうとは思わなかったんだ!」

「私も、つぐないはします……だから姉さん、どうか安らかに……!」


『…………では、ふたりともわたしのことで後悔しておられる……?』

 相手を思いやるようなミリアの口ぶりに、ユリアと男爵ははっとする。


「! も、もちろんさ!」

「当然です、姉さん!」


『嬉しい……』

 にっこりと微笑むミリア。



 そして、次の瞬間、悪鬼のような顔で……こう言ったのだ。




『じゃあ誠意を持って……死んでくれる?』




「え……」

 顔面蒼白になる二人に、ブラボーと拍手を送るのはユラハだ。



「ちょっとユラ、夜中なんだからさー、騒がないでよ」

「これが拍手を送らずにいられる!? 最高の二択じゃない!」

 ユラハの手首を掴んで拍手を止めさせたが、逆に怒られてしまった。


「この豚男爵と妹の態度は……まあ気に入らないけど、人が死ぬのはマズいよ」

「それはそうだけど……このままじゃ、ミリアだって浮かばれないでしょ。まぁ見てようよ」


 二人がヒソヒソと話し合っている間に、ミリアは男爵達に迫る。



『はやく……井戸から身を……さあ……うふふ……』

「あ……ミリア、許してくれ……許してください……!」

「ごめんなさい、姉さん……! 私、死にたくないよぉ……!」

 ひれ伏すようにして謝罪を繰り返す二人の前に立って、ミリアは身を縮めて怯える男爵を見た。



『では……こう致しましょう。どちらかの命を差し出しなさい』



 ミリアの顔は恐ろしいが、口調は子供をあやす母親のようで、とても優しかった。男爵とユリアが互いの顔を見つめ……無言の(とき)が過ぎる。


『ユリア。あなたは男爵のために死んでくれる?』

「ひっ……、そ、それはっ……!」


 いやいやと首を振るユリアに、男爵は座ったまま向き直ると、ユリアの手を握って頼むよ、と囁くように懇願する。


「ユリア……頼む、ミリアの言うとおりに……!」

「いや、そんなの……無理です……っ」


「何をそんな……僕のことが好きだっていってくれただろ? だったら、出来るんじゃないか? ミリアのように、僕のために命を捨てることが!」

「いや! 男爵が私のために、姉さんを棄てたのよ! だったら――」



 醜い言い争いが目の前で繰り広げられていた。



「そろそろお腹いっぱいだからさ、止めようかな~って思うんですけど先生」

「ダメ。もうちょっと待って」


 こんなドロドロの展開を見たあとで、ユラハは安眠するつもりなのか。

 早く終わりにしたいなと思うトモエだったが――ミリアの甲高い声が響いた。



『……ふっ、ふふっ……アハハハッ……!』



 急に笑い出すミリアに、何があったのかと覚えながらも視線を向けた男爵とミリア。しかし、彼らの目はすぐにあらぬ方向を向いた。


 ミリアが自分達を嘲笑しながら見ていたからだ。

 ずっと目を合わせることなど、出来るはずもない。



『とてもいいものを見せていただきましたわ』


 ミリアはそのまま、妹ユリアに言葉を浴びせる。


『ユリア……ご覧なさい。幽霊にただ怯えるしか出来ない男爵の姿を!! あなたを庇うこともせず、結局この男は自分が助かりさえすれば良いのです。また同じ事を繰り返すのでしょうね!』


 違う、と消え去りそうな声で呟く男爵。ユリアは硬い表情で彼を見ている。


『そして男爵、あなたも眼前で見ていたはずです。あなたに愛してると(うそぶ)きながら、やはり我が身可愛さしかない妹のことを! あなたに恋をしたのは、きっと……真昼の夢のようなものでしょう。お二人はお似合いですわ。ええ……本当に、ね。ああ、おかしい……お腹がねじれてしまいそうですわ』


 ミリアの冷笑が男爵とユリアの耳に届く。

 しかし、二人とも何も言い返さずうなだれたままだ。


『聖女様がた……身内の、醜くお恥ずかしいところを長々とお見せ致しまして申し訳ございません』

「あ……うん……」

 ずっと見ていたトモエがこくりと頷き、ミリアはふわりと笑った。


『わたくし、本当に……二人を恨んでおりましたの。でも、自分のためにと、相手のために何もしないで自分だけ助かろうとする二人を見ていたら……急になんだか、馬鹿馬鹿しくなってしまって……』

「まあ、そうかもしれないねえ」

『ええ。幽霊ですけど、憑き物が落ちた感じで……うふふ、すっきりしました』


 恥ずかしそうに笑うミリアを見て、可愛らしい人だな、とトモエは思った。


 生前、こんな豚男爵に捕まらなければ……と思わざるを得ない。


『……もう大丈夫です。聖女様にお手間をおかけ致しません。自分で出来ます』

「……そう。気をつけて。次は、こうなる前に誰かにちゃんと相談するのよ?」

『ありがとう存じます……それでは、皆様ごきげんよう』


 優雅に淑女の礼をして、ミリアはすぅっと消えていった。



「ミリア……ええ子だったなあ……」


 危うく人が死ぬところだったのだが、ユラハは滂沱の涙を流し、ハンカチで鼻をかんでいる。

 ハンカチも奇跡で綺麗にするのかなとトモエは頭の隅でくだらないことを考えたが――……。



「クソッ……、こんな所で、嫌なものを見せやがって……!」



 悪態をつく男爵の言葉が耳につき、無言のままそちらに顔を向けた。



「あの女、執着が強すぎたんだ……フン、消えたならいい気味だ……! こんな村、厳しく取り締まってやるからな! ユリア、貴様との婚約も破棄だ! 二度と顔を見せるんじゃないぞ!」

「だっ……男爵様! そんな、あんまりです!」

「当然だ! 貴様の態度と、ミリアの化け物のせいだろうが!!」




「――男爵さん」

 トモエが、男爵に近づいて肩を叩く。



「なんだ――」「喝ッッ!!」


 トモエの重いストレートが、男爵の顔面に炸裂した。


「――……グホォァアッ!?」

 数メートル吹き飛び、仰向けに大の字で倒れる男爵。


「ブヒィッ……痛ぇ……! 痛えよぉ……!」



「あたりめーだわ。あたしのパンチは、100キロとか余裕で出るからな?」

「トモエちゃん、ナイスショット……いや、パンチはなんていうんだろ……まあいいか」

 拍手を送るユラハに軽く笑んでから、トモエは男爵の側に再びつかつかと歩み寄って、屈んだ。


 暴力聖女に、ひぎぃ、と汚い悲鳴を上げる男爵。本当に汚い悲鳴だ。


 拳がめり込んだ顔面が赤い。

 鼻血を垂らしながら怒鳴る男爵が滑稽で、トモエはこらえきれずふふっと笑ってしまう。


「あたしがあんたを殴ったのは、ミリアの精神を馬鹿にしたからよ。本当は、妹がやったら良いことでしょうけど……ミリアが、あんたを殴る価値もない人間だって思ってくれて良かったわね。寺生まれのあたしも、渇は入れてやったけど説法する気にはならないし……せいぜい楽しく生きるがいいわ」


 すっと立ち上がると、トモエと入れ替わりにユラハがやってきて、男爵に可愛らしい笑顔を向けた。


「おい、豚野郎。今から聖女が奇跡を起こします……男爵様は、治めている土地の安寧のため、何でも喜んで引き受けてくれるようになります。嫌がると、どんどん体が本物の豚になっていきます……」


 ユラハが男爵の前に手をかざすと、ぼぉぉっと青白い揺らめきが現れた。


「でも、男爵がどんどん民や人のために良いことをするようになると、皆が男爵を慕うようになります。豚化もしません」

「ひっ……やめろ、そんなわけわからん変な術をかけるな!!」


 頼むやめてくれと連呼する男爵に、ユラハはもうかけちゃったから、と笑いながら立ち上がり、トモエの側に立った。


「何日で豚になるかなぁ? ……豚になったら、だれが男爵と家畜の区別がつくのかしら? 撲殺されないよう気をつけて? 楽しみですね! あははっ!」


 笑い声を残しつつ……ついでにユリアにも同じことをした。

 二人は豚は嫌だと叫んで混乱しているが、ユラハはどこ吹く風といった顔だ。



「……最後に言いますよ! 聖女の奇跡は現実になるから! さっさとあなたたちも諦めて、豚にならないよう気をつけながら幸せになってね~!」


 ユラハのドヤ顔は、この二人の脳裏に永遠に刻まれることだろう。



――最低最悪の聖女、として。




◇◆◇



「トモエちゃん、もう行こう……。ここにいたら、あの二人の声で皆起きちゃう」

 特に荷物という荷物も持っていない二人は、その身一つで村を出る。


「やらかしておいてなんだけど、あの村、きっと今後大変でしょうねえ」

「でっ、でも、もうミリアは出ないから……」


 再び、いつものおどおどとした態度に戻ってしまったユラハ。

 こいつもしかして二重人格なんじゃないのか、とトモエは感じたが、ちょっと面白かったからそのままでもイイかなと思い直した。



「あのさ、さっきの豚の奇跡ってマジなの?」

「えっ? ……そんなワケないよ。わたしだけだと、効果全然弱いんだもん」

 ちょっと脅かしただけだよ、そう言ってユラハは微笑んだ。


「……あれで、村が本当に良くなると良いなって」

「聖女の奇跡はホンモノ。たとえ……奇跡がかかっていなくても、ウソでも。豚たちが頑張ればホントに良い村になっていくに違いないわ」

「そ、そうかな……それじゃあ、いっぱいあちこちに幸せな奇跡を起こしていかないとね」

「できるわよ……あんたと、あたしなら」


 トモエは照れを隠すように笑って、風に吹かれて暴れる髪を手ぐしで直すと、行くわよとユラハの手をぎゅっと握って歩き始める。




「次はさ~、南の島とか目指さない? なんかコッテリした奴見てたら、おいしいお刺身食べたくなっちゃった」

「あ……わかるかも……でも、お醤油ないし……」

「醤油なんか奇跡でパパッとできるからオッケー」

「あはは……奇跡の無駄遣いだねぇ……」


 満天の星空に見送られながら、聖女たちは歩く。


 2人の影は、おおきなひとつのかたちになっていた。


- おしまい -

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ