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揺すり

作者: るとら

ある夏の日の午後、僕、平野歩は、頬杖をつきながら、外の景色を眺めている。

今は国語の授業。すべての教科において、一番退屈な授業。なぜ自分の国の言葉を学ぶのか、僕は不思議でたまらなかった。世の中は分からないことだらけだというのをどこかで見たことがあったが、本当にその通りだと思う。

(ハンドボールか……)

 グラウンドでは、体育の授業が行われている。

すると、隣の席から、

「ねえ、平野君」

と声をかけられた。

 声の主は福井花音。

「何?」

 つい、ぶっきらぼうに返事をしてしまう。

「この時間寝ちゃっててさ、ノート書いてないんだ。見せてくれない?」

 確かに彼女の頬には寝た跡がついている。

 偶然にもノートは書いてあった。暇つぶしに書いただけだが。

「字、汚いけど」

「わー! ありがとう!」

 彼女はそう言うと、せっせとノートを写していく。 

 そしてまた、グラウンドに目をやる。もう試合は終わったようだ。片方のチームが極端に喜び、また片方のチームが極端に落ち込んでいる様を見る限り、いい勝負だったのだろう。

 見ておけばよかった。そうやって時間をつぶしていると、急に目の前が暗くなり、次の瞬間には西田さんに肩をたたかれていた。

「授業、終わったよ」

 どうやらいつの間にか眠っていたようだ。

「後、ノートありがとう。平野君が寝てた分のノートもとっておいたよ。明日、返してね」

「ああ、ありがとう」

「いいよ、礼なんて! 私たち友達でしょ!」

 僕たちは友達なのか。そんなことを言われたのは初めての事だった。今思えば、この些細な出来事が、僕の性格を変えてしまう要因となったのかもしれない。

その日の夜、僕は彼女が死んでいる夢を見た。それも、首吊り自殺で。

夢とは分かっていたけど、その死に方が現実味を帯びすぎていて、忘れることができなかった。



(暇だ……)

数日後の国語の授業、いつも通り退屈で仕方なかった。

(また彼女が話しかけてくれないかなあ……)

そんな思いも虚しく、誰も僕に話しかける人はいない。隣の席を見ると、彼女が熱心に教科書を見ている。まあ、授業中なのだからそれが普通なのだが。

前を見ると、黒板が真っ白になっていた。

(授業態度が最悪なのだから、ノートだけは書くか……)

ノートを書かないと、退屈で死んでしまいそうだ。

(暇だ……)

駄目だ。先生の書くスピードが遅すぎる。早く書いてもらわないとこっちが退屈で死んでしまう。

そんな思いも先生に届くことなく、ゆっくりとしたスピードで授業は進む。

(そうだ、教科書に載っている物語でも読もう。)

退屈に耐えられなくなった僕は教科書を開く。

教科書を開くなんて何時ぶりだろう。

教科書に載っている物語なんて稚拙なもので、読み終わるのなんてすぐだった。

あまりの退屈さに辞世の句を考えているとやっとチャイムが鳴った。

次の授業を確認しようと席を立とうとしたところを彼女が話しかけてきた。

「授業中、ずっとぼーっとしてたでしょ。私見てたからね」

見られていたのか。そう思うとなんだか恥ずかしくなった。

「まあ、国語はたしかに退屈だよね」

「むしろ国語が好きって人がいたら、僕は身を引くね」

「じゃあ私が国語好きって言ったらどうする?」

「身を引くね。間違いなく」

「ひどーい。私の事無視するんだー」

 彼女は笑いながら言った。

「でも君は国語嫌いだろ?」

「さーねー」

 彼女の曖昧な返事に僕はわざとらしくため息をつく。

なぜか急にこの前見た夢を思い出した。

 暗い部屋の中、彼女が一人、首を吊っている。

 そんな、クソみたいな夢。

 僕は思わず、頭を抱える。息が、荒くなる。

「どうしたの? 体調悪いの?」

 気づけば僕は、彼女に心配されていた。

 あんなの、ただの夢だ。忘れてしまおう。

「ああ、大丈夫だよ」

 僕は、無理に笑顔を作る。

「嘘。 絶対大丈夫なんかじゃない」

 彼女はなんだってお見通しだ。

「ちょっと、風邪ひいたみたいで」

 咄嗟に嘘をつく。こんなのはお手のものだ。

「嘘っぽいけど、そういうことにしておこう」

 そういう彼女も心なしか顔色が悪い。

「そういう君も顔色悪いよ、どうかしたの?」

「そんなことないよー、いたって元気だよー」

(僕の勝手な妄想か……)

 また、あの夢を思い出しそうになる。

「そっか。 よかった」



その日、僕はまた夢を見た。

けれどこの前の夢とは全然違う。

彼女が、草原を走り回っている。

満面の笑みを浮かべて。



 次の日も彼女は、夢で見たような笑顔をしていた。

何も心配することはない。そもそも、彼女について僕が心配すること自体が間違っているんだ

 そう自分に言い聞かせ、あの悪い夢を忘れようと、決心した。

 次の日、彼女は学校を休んだ。体調不良だそうだ。

 あの彼女が体調不良なんて珍しい。

 ふと、先日のことを思い出す。

(まあ、彼女だし、すぐ学校に帰ってくるだろう)


 予想通り、彼女はすぐ戻ってきた。

「体はもう大丈夫なの?」

 思わず尋ねる。

「うん、もう大丈夫だよー」

 心配しないでいようと思っていたが、それは無理みたいだ。

「私がいない間寂しかった?」

「そんなことないよ。 むしろ君がいなくて勉強しやすかったよ」

「もー、素直じゃないなー」

「あ、昨日までのノート見る?」

 僕は彼女に悟られないように話題をそらす。

「あ、見せてー」

 良かった。そんなことはないみたいだ。

「じゃあ、返すのはいつでもいいから」

「おっけーありがとー」

 ノートをほとんど書いてなかったうえに落書きまでしてたことを思い出すのはその日の夜の事だった。



次の日、彼女は顔に痣をつけて学校に来た。

彼女は転んだだけと言っていたが、僕にはそうは思えなかった。

 なんの根拠もないが、なんとなく、そんな気がした。

 だが、そんなことを聞けるわけもなく、

「そうなんだ」

 としか返せなかった。




また、彼女の夢を見た。

これで彼女の夢を見るのは何回目だろうか。

夢の内容は、少しずつ現実に近づいていく。

初めは首つりの夢だったが、今回は教室で彼女が僕と話している。

現実に近づいてるといったものの、これも少し前まではあり得なかったこと。

僕は不思議に思った。

どうして彼女が何回も夢に出てくるのかと。

それを僕は、

「たまたまそうなっただけ」

と捉えることにした。




次の日、彼女はどことなく元気が無かった。

席が隣ということもあって、互いの変化も気づくようになってきた。

 まあ、変態と言われれば否定できないのだが。

 だからこそ、互いの嘘もすぐにバレるようになる。

 他愛ない嘘でも、彼女は容赦ない。

「ねーちょっと聞いてよーうちの親さー」

 聞くとも言ってないのに彼女はマシンガンのように話し出す。

 やっと授業が終わったから早く帰りたいのに。

 思えば、相談、というのはこれが初めてか。

 この場合、相談というより愚痴を聞いてる、と言ったほうがいいか。

「ほんっとに頭にくるよ!ってきいてる?」

 いかん、聞いてなかった。

「ああ、聞いてたよ」

「嘘、絶対聞いてなかった。君の嘘はすぐわかるんだからね」

 ……やっぱりばれてたか。

「ごめん、聞いてなかった。」

ほーら、やっぱり聞いてなかった。じゃあもう一回聞いてもらうからね」

「地獄か何か?」

 


 結局聞いたはいいが実のなさすぎる話で死ぬかと思った。死ぬのは言い過ぎたが本当に退屈だった。

 言いたいことを言って彼女はスッキリしたようだが僕のことも考えてほしかった。

「じゃあ、帰ろっか」

「そうだね。早く帰ろう」

そうして僕は考えるのをやめた。


家に帰りつき、ベッドにダイブした僕は、それと同時に携帯を起動させる。

 一件のメッセージ。彼女からだ。

「今日も疲れたねー」

 あんなに喋ったのにまだ話し足りないのか。彼女がどれだけ暇なのかがよくわかる。

「ああ、君のおかげでね」

 皮肉混じりに言っても彼女には通じなかったようで、誇らしげに胸を張っている熊のスタンプが送られてきた。

彼女に何を言っても無駄だ・・・

僕はそう思ってそのまま眠りについた。




この頃、彼女は人が変わったかのように静かになった。

ほんの半月前まではあんなに明るかったのに、どうしてしまったのだろう。

かと言って僕がなにか傷ついた訳でもないし、言い方が悪いかもしれないがどうでもよかった。




彼女と話す機会は殆ど無くなった。彼女から話しかけてくることもないし、僕から話しかけることもない。この前までに逆戻りだ。

僕はこれまで通りに一人で休み時間を過ごし、一人でお昼ご飯を食べ、一人で帰った。

これまでの生活となんら変わらない。僕からすれば「さよなら非日常、こんにちは日常」といった感じだ。



そんな生活が続いて半年が経っただろうか。またまた彼女が学校を休んだ。だからと言って心配することはなかった。僕と彼女は完全に赤の他人になってしまったのだ。


彼女が学校に復帰した日、科学で実験があった。二人一組でする実験だった。僕と彼女は出席番号が前後だったので僕は彼女と組むことになった。

実験自体はすぐに終わった。だけど、ふと彼女の手を見たとき、僕の中に戦慄が走った。

色が、所々青紫や紫になっているのが見えた。

(ただ事ではない)

そう思うと同時に僕は

「その手……」と呟いていた。

その声は彼女にしっかり届いてたみたいで、

「なんでもないよ、大丈夫!」

と無理やり笑顔をつくった。

そのとき、僕の中にあった疑問が、確信に変わった。

「いや、大丈夫じゃない。絶対何かあったはずだ」

少し前まではどうでもいいなんて思っていたはずなのに、いつの間にか僕は彼女の心配をしていた。

「……今日、放課後残れる?」

彼女は少し、申し訳なさそうに聞いた。

こんな風に頼まれたら断れない。

「うん、残れるよ」

考える間もなく口が動いていた。


そのあとの授業も終わり、教室には僕と彼女だけが残っていた。

「あの…ね。今日残ってもらった理由なんだけど……」

彼女が口を開いた。彼女の弱弱しい声に僕は口をつぐむ。

「君になら、言ってもいいって思ったんだ」

何の話か、大体予想がついていた。

「最近…っていっても半年前くらいからなんだけど、家にいるのがつらいんだ」

やっぱりか。あまりにも当たっていたからか、それでも衝撃が大きかったのか、僕は何も返せなく、相槌を打つことしかできなかった。

「 親から悪口を言われたり、殴られたり、蹴られたり…そんなのがずっと続いてるんだ。でも誰にも相談できないし、相談した後にそれが親に伝わって怒られるのが怖かったんだ。だけどなんだか、君になら言える、そう思ったんだ」

最後あたりは涙声でなんて言ってるか聞き取りづらかった。一人のクラスメートがそんな環境にいる、というあまりにも残酷なことを知ってしまった僕がようやく言えた言葉は

「やっぱりなんでもないことないじゃないか」

あまりにもくだらない皮肉だった。

「へへ、ごめんね」

彼女は笑顔を取り繕ってそう言った。彼女の笑顔を見るのはとても久しぶりな気がした。

「それで、君は親のことをどう思ってるの?」

やっと僕はまともなことを話した。

「親の事は好きだよ。暴力されようがなにされようが親は親だからね」

なんとなく僕は遣る瀬無い気分になった。


親の事が好きな彼女とそれに気づかず暴力を加える親。双方が傷つかずに元の生活に戻ることはできないのだろうか。

考えれば考えるほどわからない。こうなってしまっては彼女に対して何も言ってやれない。僕がフリーズしていると彼女が気を利かせたように

「ごめんね、気を遣わせて。ここからは自分で解決していくから」

なにも言ってやれない自分が嫌になる。

「それじゃ、また明日ね」

そう言って教室を出ていく彼女を引き留めることなく、別れの挨拶すら言えずに僕はただ突っ立っていた。




そうしてついに彼女が学校に来ることはなかった。

彼女と教室に残った日からちょうど一週間が経った日の朝のホームルームの時に彼女が亡くなったことを知った。

死因は、頭部を殴られたことによる脳挫傷出血。その日にお通夜があるので、その案内だった。


その日は何も考えられなかった。何もする気にならないし、食欲もない。

そんな状態で一日の授業が終わった。

通夜に行くときは制服がいい、と聞いたことがあったので着替えずに式場へ向かった。


式場に着き、案内板に「福井家」と書かれているのを見てようやく、彼女が亡くなったという実感がわいてきた。それと同時に彼女と過ごしてきた時間が思い出された。

立つことが出来なかった。床に膝をつき、頭を抱える。


数分後ようやく立ち上がれた僕は式に参列した。

しかし、彼女の親の姿は見えなかった。まさか、と思ったが予想は的中した。

彼女を殺したのはほかの誰でもない、彼女の親だった。


その事実を知った時、強い憎悪と後悔、怒りの感情が込み上げてきた。

それは彼女でも、彼女の親にでもなく、僕自身に向けてだった。


なぜあの時にもっと気の利いたことを言わなかった。なぜもっと早く気づくことが出来なかった!!


ことごとく自分にあきれる。

そんな心の叫びも虚空に消える。

僕は、何もできなかった。揺るがない事実が、僕の心を、体を、締め付ける。

目の奥が熱い。僕は、泣いているのか。

なぜこんなにも、涙が溢れる。

なぜこんなにも、息が荒い。


な ぜ こ ん な に も 、 彼 女 の こ と を 想 う こ と が 出 来 た 。


分からない。

何も。




世の中は、分からないことだらけだ。


どうも、るとらです。この投稿で2作目となります。(大事なことなので2回(ry

はい。以上です。

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