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獣人ベル02

「……やり直します」


 自ら申し出て踵を返し、杖を戻して深呼吸した。


 すう、はあ。


 足の指に力を入れる。


【風の舞】


 地面が抉れ、跳んだかのように大きな一歩を踏んだ。地面を踏んだらすぐに次の足を出し、それを繰り返す。自分でも驚くほどスムーズに足が出た。一息の間に景色が飛ぶように過ぎていく。まるで空気を割いているかのようだった。


 熱くなる身体とは逆に不思議と頭が冷えていく。心が高揚してくる。


 家についた。ベルは地面を蹴って跳ねあがると宙で一回転して屋根を蹴り、来た道を戻り始めた。


 上りだというのに下りと同じような感覚で進める。全くスピードが衰えていない。


 あっと言う間に洞窟の前につき、ベルは足を止めた。途端ドッと心臓が大きく跳ねて熱い血が流れ、呼吸が大きく速くなったが、二度深呼吸している間に元通りになった。


「お待たせしました!!!」


 興奮で口から出た声が思ったより大きくなってしまった。


 マンシャムは耳を立てて大きな金色の目を輝かせ、活き活きとした表情をしているベルを上から下に見て満足そうに頷いた。


「君は想像力が豊かなのか魔法にはセンスがある。しかし、身体能力の優れた獣人であることを忘れているようだった。というより、意識になかったのだろう」


 マンシャムは家の前で草原を破壊した時にベルを分析した。ベルは四大精霊魔法や闇魔法を応用して組み合わせ、多才な技を見せてくれた。しかし、ただの一度も身体強化スキルを使っていなかった。さらに言えば、そもそも自分が身体能力の優れた獣人であることをも理解していないようだった。それはとても勿体ないことだった。マンシャムはベルに己が獣人であることを思い出させたかったのである。


「自分が獣人だという感覚は掴めたかね?」


「はい!」


 ベルは大きく頷いた。


(さすが賢者だ。ただの嫌がらせかと思ったけど、そんなことを考えていたなんて。確かに私は自分が獣の特徴を得ていることを忘れていた……)


 まだ感覚を掴み切れてはいないが、身につけばあらゆる点で相当有利になる。まずはこの感覚を身につけるところから修行を始めると良いかもしれないとベルは思った。


「結構。では、もう一度やり直しなさい」


「えっ」


 我が耳を疑い、ピクリと動かした。猫の聴覚で聞き間違えることはなさそうなのだが。


「ほら早く行きなさい。早くしないと私の足が根付いてしまうよ」


 聞き間違えたわけではなかった。マンシャムはもう一度やり直せと言っている。


「えっでも」


「もう一度やり直しなさい。三度目を言わせないでくれ」


 にっこりとマンシャムは笑っている。しかし断るのを許さない強いオーラが放たれているのが見える。何故。何のために。そんなことを聞ける雰囲気ではない。


 ベルは顔を引き攣らせ、踵を返してもう一度身体強化をかけた。


「行ってきます!!」


(鬼だー!)


 半泣きで木々の間を駆け抜けた。


 再び洞窟の前にやって来た時には太陽が傾き、そろそろ日も暮れるかというところだった。


 マンシャムは肩で息をするベルについてくるよう指示し、洞窟の中に入っていった。ベルは素早く息を整え、杖を取り出してその後ろについた。


 暗く湿っぽい洞窟。ぼうっと橙色に光る水晶が二人の姿を反射させていて、どこかでぴちょんぴちょんと水音がする。足場が悪く、油断すると滑りそうだ。ベルは耳をぱたぱた動かし、辺りを警戒しながら進んだ。猫の獣人だからか暗くても見やすい。全体的に少し明るく見える。


 マンシャムは洞窟の中を迷うことなく歩いていく。どうやら行先は決まっているようだ。ベルの記憶の中の地図によれば、この先には上層にいくための道があるはずだった。ゲーム通りなら洞窟には階層があり、入り口が最下層で、神殿のあるところに出るのが最上層という造りになっているはずである。


(今、何か……)


 ベルの耳が何かの音を聞きとり、ピクリと動いた。音源を探して首を動かしたが、姿は見えない。


「マンシャム様」


「師匠と呼びなさい」


「師匠。ニャにかいます」


 姿は見えないが、いくつか気配を感じる。ベルの耳は音を拾おうとくるくる動き続けている。


「数は分かるかね?」


「えっと三……四……ですか?」


「もっと集中しなさい。それでも獣人かね? その耳は飾りかね?」


 ベルは唇をぎゅっと結び、神経を聴覚に集中させた。


 獣人の身体能力は優れている。周りの音を聞き、出所を数えるくらいは造作もないはずだ。そう自分に言い聞かせ、ベルは音を拾っていった。不思議なもので、言い聞かせて集中すると先程よりもしっかりした音を拾うことができた。


 前方に二。後方に一。それから……。


「前方に二、後方に一、上に二ですにゃ!」


 ベルが口に出した途端、音源が姿を現した。


 大きなミミズのような、目の退化した魔物が前方に二、後方に一。それから上から一メートルばかりのコウモリのような魔物が二匹出てきた。ゲーム画面で見るのとは違って随分リアリティがあり、好き嫌いが分かれる見た目である。


(そうだろうとは思ってたけど、結構気持ち悪いし怖い!)


「シャー!!」


「にゃぁっ!」


 上から降ってきたコウモリ二匹が先制攻撃を仕掛けてきた。魔物を初めて見て怯えていたベルは完全に後れを取り、肩を噛まれてしまった。


いニャぁー!!!」


 コウモリモンスターの鋭い牙が刺さり、激痛が走る。軽くパニックになって持っていた杖を振り回すといつの間にか近づいて来ていたもう一匹に当たり、もう一匹はバランスを崩した。しかしベルはそんな好機に構っていられず、肩に噛みついているコウモリモンスターめがけて杖を何度も振り下ろしていた。


 ゴンゴンゴン、と音が鳴る。


「にゃー! はニャれろー!!」


 攻撃が軽すぎるのか、コウモリモンスターは諦めない。ベルは痛みと怖れでパニック状態である。


「早くそのレッドキロプテラ共を片付けないと、オリガキータ共が押しかけて来る。急ぎなさい」


 マンシャムは涼しい顔でベルのピンチを眺めている。


「師匠見てニャいで助けてくださいよー!!」


 ベルは必死に訴えた。命がかかっているのでそれはもう必死だ。


「これは君の修行だ。私は手を出さない。自分で何とかしなさい」


「そんニャこと言ったって、私魔物と戦ったことニャんてニャいんですよー!」


「誰にでも初めてということはある。幸いベルには戦う術があることを私は知っている。安心しなさい。君は一人でこの世界に生息する魔物の九割を倒せる。そんな雑魚に負ける君ではない。頑張りなさい」


「スパルタにゃー!!」


(あぁぁぁ! もう知らない!!)


 ぷつん、とベルの中で何かが切れる音がした。

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