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賢者マンシャム02

 ベルが右手を顔の横で構えるとクリスタルのタクトが現れた。


 タクトを振ると炎が現れ、回すと風が起こって竜巻ができ、竜巻は炎を巻き込んで火柱を上げた。さらにベルがタクトを振るとどこからともなく現れた水でできた竜が火柱を回り、炎を消した。


 役目を終えた竜が空中ではじけた。思うとゴトリ、という音を立てて机に降ってきた。机の上には、先程の竜と同じような形をした岩の置物がある。ベルがそれをタクトで叩くと竜の置物は突然命を持ったように動き始め、身体をうねらせながらベルの周りを一周した。


 左手で輪を作り、顔の前に出す。すると竜はその輪の中めがけて飛んでいき、小さくなって輪の中に入ると消えてしまった。


「……生きていない物を動かす魔法……まさしく魔術、闇魔法。君は気づいていないようだが、何もないところから物を出したりしまったりするのもそうなのだ」


「そうニャんですか? 知りませんでした。身体強化もお見せしましょうか?」


「いや、結構。十分だ。獣人が四大精霊魔法や闇魔法を使えることだけが分かれば良い」


 それだけ言うと賢者は顎をさすって何かを考え始めた。思考を邪魔するわけにもいかず、ベルは黙って彼が口を開くのを待った。


 尻尾が右に左にゆらゆら揺れる。


しゃわしゃわしゃわ……


 暖炉で火にかけられていたポットが音を立てた。湯が沸いたらしい。


 音に気を取られてベルはポットを見た。賢者も湯が沸いたことに気づき、そちらの方に左手を向けた。するとポットが浮き上がって飛んできた。同時に火も消えている。さらに賢者が指をさすとティーカップが二つ飛んできて机の上に並び、茶葉の入った瓶も机に乗った。全て風魔法で操っているようだった。


「お茶は好きかね?」


「好きです」


 結構、と柔和に笑って賢者は茶葉をポットに入れ、少し時間を置いてからティーカップにお茶を淹れてくれた。ベルの敏感な鼻をお茶の優しい香がくすぐる。花のような落ちつく香に猫耳がパタパタと動く。不安げに揺れていた尻尾も嬉しそうに先が曲がった。


「どうぞ」


 賢者がティーカップを差し出す。ベルは礼を言った。


(そういえばお腹が空いたなぁ)


ぐぅ~


 思った途端に腹が鳴って、ベルは頬を赤らめて腹を押さえた。


「昨日焼いたパンが残っているから食べなさい」


 パンの入ったバスケットが机の上に乗った。


 ごくり、とベルの喉が鳴った。腹も獣のようにぐるぐる唸っている。食べて良いと言うのなら、ぜひ食べたい。何せ昨日から何も食べていないのだ。


「いいんですか?」


「遠慮しなくて良い」


「それじゃ、お言葉に甘えていただきます」


 パンを手に取り、かぶりついた。少し硬めのパンだったが、歯が発達しているからか容易に千切って食べられた。もぐもぐ口を動かし、飲み込む。


 美味しかった。塩味が絶妙で噛む度に味がする。小麦やイースト菌の香も良い。


 飢えが満たされていく。腹が減った時の飯は本当に美味いものだな、と噛みしめながらパンを食べた。続いて冷めたであろうお茶を手に取って飲もうと口をつけたのだが、まだ熱くて舌を火傷した。


(猫って本当に猫舌なの……)


 ベルはヒリヒリする舌を少しだけ出してこれからは気をつけようと決めた。


「……確かに、君はこの世界の理からは逸脱している」


 舌を引っ込め、飲むのを一旦諦めてティーカップを机に戻した。


「しかし自慢ではないが、私自身、他とは違ったことが出来るのでそれだけで君を別世界の人間だと判断することは出来ない」


「今、世界で唯一、貴方あニャただけが光魔法を使えるんですよね?」


「……そうだ。疑問なのだが、どうして君は別世界から来たというのにそれを知っているのかね? 私がこの場所にいるということも、知っている者はほとんどいないはずなのだが」


 ベルは口を薄く開いたが少しだけ躊躇った。この世界がゲームの世界だと説明すれば相手はどう思うのだろうか。良い気はしないのではないか。この世界の全て、それから貴方の人生は全て電子で作られた世界なのだと言われて、はいそうですかと言えるとは思えない。


「……えぇと、その……私の世界からこの世界を覗くことができると言いますか……。とにかく、私の世界からこの世界を見ることができて、しかも時間の経ち方が違うんです。私の一年がこっちだと何十年……もしくは何百年にもにニャ……。そんニャ感じで、私はこの世界を知っているんです」


「ふむ。参考までに君が知っているというこの世界のことを話してほしい」


「分かりました。長く(ニャがく)ニャりますがよろしいですか?」


「結構。……君も知っての通り、ここはほとんど人の立ち入らない辺境だ。最近は長話なんてしていなかったから、楽しめるだろう」


 ベルはふふ、と笑ってから「そう言っていただけるとありがたいです」と返して話し始めた。


 デーモンクライの物語。それはよくあるRPGの物語である。プレイヤーは魔王の侵略や圧政をどうにかしようと奮起した革命軍の一員となり、魔王を倒すべく街を出る。道すがら苦しむ村や街を救ったり、仲間を増やしたりして魔王の城を目指し、魔王の城で四天王や魔王を倒してこの世界に平和をもたらすといったものだった。


 何を話せば良いのか、何を話さなくて良いのかベルには分からなかった。時々言い淀んだりもした。けれど賢者が時々質問を投げたり、頷いてみせたりと良い聞き役だったので、ベルは最終的に判断することをやめて思いつく全てのことを話した。


 話し終わる頃には正面の窓から入っていた陽の光が傾いて、室内が茜色になっていた。


「ふむ、大変興味深い話だ」


 賢者は右手を唇に持ってくる。


「人々の生活やこの世界の理、それから魔王の城に四天王がいるということなど合致することは多い。加えてこの世界にいれば誰でも知り得ることもあれば、多くの者が知らないこともある。しかし、君の知っているこの世界と実際のこの世界とで食い違っていることもある」


「食い違っていること?」


「うむ。君が主題にした魔王が世界を支配しているということが、違う。君の知るこの世界は、ほとんどが魔王の領地になっていると言ったが違うのだ。今この世界は、精王と獣王と魔王がほとんど平等に土地を分け合って治めている。過去には土地を奪い合う戦争もあったが、私の生まれる遥か前のことだ。しかし、過去を振り返ってみても君の言ったような魔王が世界のほとんどを支配している時代はないのだ」


「えっそんニャ……。じゃ、私が知っている世界とは違うということニャのでしょうか……」


 賢者は頷いた。


「似てはいるが別の世界ということは有り得るだろう。しかし、先程も言ったように魔王の城の内情が合致している。他の世界に同一人物がいるともいないとも証明はできないが、そんなところまで言い当てているのに世界の体制が違っているから君の知る世界とこの世界が違うとは言い切れない」


「難しいですね。ニャんにせよ証明できニャいし証拠もニャいので」


「そうだ。君の言う通り、君の話は判断しきれない。よって君の話から君を判断することもできない」


 猫耳がしゅんと下がった。


「そう、ですよね……」


 ベルはカップの水面を見つめた。机に戻した時は冷めてから飲もうと思っていたが、飲む気は起きなかった。


 この世界はゲームの世界とは違うかもしれない。自分の容姿やこの場所など、ゲームの世界に類似しているのは確かだが、完全に同じではない。どうやら世界は平和らしく、ゲームのように革命軍が奮起することもなさそうなのだ。しかし、何故こんなにもデーモンクライの世界に酷似しているのにそこだけが違うのか。


(もう少し情報を集めてからここに来た方が良かったかも)


 世界の様子を見てからでも遅くはなかった。何日か人のいるところで暮らしてみてどうしようもなくなってから、最後の頼みの綱として来た方が良かったかもしれない。


「そういえば、君の名前を聞いていなかった。君は何という名なのかね?」


 ベルは顔を上げた。


「ベルです」


 どうして今更、と思ったが名乗った。すると賢者はこくりと頷き、立ち上がった。


「私はマンシャム。人は賢者と呼ぶが、君の好きなように呼んでくれて構わない」


「はい……」


 とりあえず返事をする。


 話の流れが予想できず、ベルは頭の中で疑問符を浮かべた。それに気づいたのか、賢者マンシャムはにっこりと柔和に笑った。


「これからここで生活するのに呼び名がないと困るだろう」


 ベルは目をぱちぱちと瞬いた。耳もぴんと立つ。


「ここに置いてくれるんですか!?」


「そのつもりで来たのだろう?」


「そ、そうニャんですが……」


 恥ずかしながらそうである。情報収集できれば可。さらに協力してもらえれば良。置いてもらえるならば優。そんなことを思ってここへ来た。しかしベルは一言もそんなことを言っていないのに、意図を見抜くとはさすが賢者だ。


「私は君を追い出さない。……本当に君が別世界の人間であるならこの世界で生きるのも難儀するだろう。私のところで学ぶと良い。なに、一人でいるのも飽きてきたころだ。いくらでもいると良い」


 それからマンシャムは「お茶を温め直して夕食を作ろう。今日から食事が余ることがなくなりそうだ」と言ってポットを持った。ベルは感動で目をきらめかせ、耳を立たせ、尻尾をふにゃふにゃと動かしてマンシャムの隣に立った。


「お手伝いします!」


 こうして賢者と猫耳娘の生活が始まった。

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