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賢者マンシャム01

(たぶんここは『賢者の森』ってところだ)


 森の上空を飛びながらゲーム上のマップを思い出す。


 ゲームの中で山の天辺にあった神殿は『太陽と月の神殿』と呼ばれていて、プレイヤーが光魔法を覚えられるようになる神殿だった。光魔法は治癒系の魔法で、賢者とプレイヤーにしか扱えない。神殿はゲームではもっと綺麗だったが、その面影はあった。


 『太陽と月の神殿』に行くにはまず山を登りながら『賢者の森』を抜ける。次に『黄昏の洞窟』を通り抜ければ神殿だった。つまりその逆を通れば良いということになるのだが、こうして飛ぶことができれば洞窟なんて通らなくても良い。飛んで下まで降りてしまえば良いのだ。こういうところがゲームと現実の違いだ。


(ここが『賢者の森』なら、賢者がいるはず)


 ベルの目的は森に住んでいる賢者であった。


 ゲームの通りなら魔物ばかり生息している森にぽつんと一つだけ家があり、そこに老人が住んでいるはずなのである。老人は優しく、休憩していかないかと提案してくれる。洞窟に入る前に全快できる休憩ポイントだ。そしてその老人は神殿につくと賢者として現れるという実はすごいお爺ちゃん設定だった。


(確か賢者と言われているすごい人は一人しかいないはず。そんなにすごい人なら何か知っているかもしれない。それから優しかったし、何も知らなくても助けてくれるかも)


 賢者の登場シーンはその場面しかないが、どこかの本棚を調べたりすると名前が出てきたり、どこぞの研究者が賢者について語ったりと、名を目にする頻度は高かった。頼って損はないはずだ。


(あ、あった!)


 森を四角く切り取ってある空間が目に入った。空間の真ん中には家が建っている。きっとあれだ、とほとんど確信を持ってベルは高度を下げ、森の中に降り立った。


 赤い屋根、アイボリーの煉瓦。煙突からは白い煙が出ていて、タマネギが吊るしてあったりダイコンが置いてあったり袋が積まれていたりする。ゲームではこんなに現実感がなかったような気がしてならない。


 ドキドキする心臓を押さえるつもりで杖を胸の前で持つ。緊張で尻尾がうねっていた。


 いざ、と四角く開かれた土地に足を踏み入れた。


(? 何か、変な感じがした気が)


 土地に入る時に薄い膜を破ったような妙な感覚がしたが、思い過ごしかもしれないと無視して家まで歩いた。


ガチャッ


 するとあと二メートルというところで中から扉が開いた。


 出てきた白長髪で生地の長い服を着た老人と目が合った。ベルはゲームの中の賢者そのものだったことに驚いた。


「あ、あの。賢者様ですか!?」


 咄嗟に自分から名乗らず聞いてしまった。やってしまった、と思ったが次の言葉も出てこず、ベルは口を閉じてどぎまぎしながら答えを待った。


 老人は上から下にゆっくりベルを見てから口を開いた。


「君は……誰かね? どうして私を訪ねて来たのかね」


 深い青の目がすっと細められる。


 警戒されている。初対面で相手のことを知っているような口ぶりだったのだから無理もない。そもそもこんな辺境まで訪ねて来る人なんてほとんどいないのだろう。


 これ以上粗相があってはいけない、とベルは深呼吸して心を落ち着かせた。


「申し遅れました。私はベルと言います。賢者様の知恵を貸していただきたくてお伺いいたしました」


 賢者はじっとベルを見た。


 緊張する。一度落ち着いた心臓がドキドキ訴え始める。


「……何を知りたいのかね?」


「この世界のことです。私は……ここではニャい別の世界から来ました。証拠を見せろと言われても見せられニャいのですが……」


 賢者はもう一度上から下にベルを見た。虚言ではないかと吟味していることはベルにも分かった。自分だって、突然「ここではない世界から来た」などと言われたらその人物がおかしな人物でないか疑う。


「私は嘘偽りを言っているわけではありません。前の世界のことを話せ(はニャせ)と言われたら喜んでお話し(おはニャし)しますにゃ。どうか信じてください」

 少し考えてから、賢者は扉を大きく開けた。


「よかろう。話を聞こう」


「ありがとうございます!」


 それまで不安げに伏せていた猫耳がぴょんと立った。


 家の中は狭かった。入ってすぐの壁沿いに台所があり、二人が向かい合って座れる程度の大きさの木の机と椅子があり、暖炉があった。食器など細々したものを除けばそれだけしかなく、もう一部屋にはベッドとクローゼット、それから本棚が置いてあるのが見えるだけ。一人暮らしにしても簡素な生活だった。


「座ってくれ」


 ベルは礼を言って賢者がひいてくれた椅子に座った。手に持っていた杖は邪魔だったのでしまうと、賢者は細くなった目を少しだけ大きくした。


「……別の世界から来た、とは、どういうことかね」


 向かいに座るなり賢者は組んだ手を机に置いて質問した。


 ベルは背筋を伸ばして座り直した。


「それが、私にもよく分からニャいのですが、私は別の世界からこの世界に迷い込んでしまったようニャのです。私のいた世界は……えぇと、魔物のいニャい世界で、精人も獣人も鬼人もいニャい世界ニャんです」


 ここがデーモンクライというゲームの世界ならば魔物がいて、人間は精人、獣人、魔人の三種類に分けられるはずだった。精人というのは、見た目は元の世界の人間そのものだが魔法の使える人間のことで、獣人は今のベルのような動物と人を混ぜたような人間、魔人というのは目の色や肌の色がさまざまで頭から角の生えた人間である。


「魔物だけでなく精人も獣人も魔人も? では、人はいないのかね」


「魔法の使えニャい人間がいます」


「ふむ。それでは君は何故その姿で……しかも魔術を使えるのかね?」


「気がついたらこの世界に、この姿でいたんです。私にもニャにがニャんだか分かりません。だから、賢者様ニャら分かるかもしれニャいと思って訪ねたんです。それから、魔術……たぶん闇魔法のことですね? 闇魔法は……えぇと……この世界の人生が四度目だからと言えば良いんでしょうか……? 実は、四大精霊魔法、闇魔法、それから身体強化もできます……」


 耳がしゅんと下がり、尻尾がゆっくりと左右に揺れる。賢者は鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしていた。たぶん、賢者の反応はごく普通の反応だ。


 デーモンクライというゲーム、つまりこの世界では通常、精人は地・水・風・火の四大精霊魔法、獣人は身体強化スキル、魔人は魔術とも言われる闇魔法が使えるがそれ以外は使えない。光魔法はどの種族にも使えるが、素質のある者にしか使えない魔法で、作中では賢者と賢者に会うイベントを終えてから主人公が使えるだけだった。つまり精人が身体強化スキルを使ったり闇魔法を使ったりすることはできないのである。しかし、プレイヤーである主人公はストーリークリア後、前回のデータを引き継いでプレイすることができるため、一周目に精人で四大精霊魔法を極めれば二周目に獣人となって四大精霊魔法を使用することができるのである。ちなみに手にした装備も引き継ぐのでサクサクプレイが可能だった。


 ベルはこれで四周目。精人で四大精霊魔法を極め、獣人で身体強化スキルを極め、魔人で闇魔法もとい魔術を極めて現在に至る。


 恐る恐る顔を上げてみた。賢者はまだ目を大きくしてベルを見ていたが、聞いた瞬間の衝撃はなくなったように見えた。


「それは本当かね? にわかには信じがたい……証拠は見せられるかね?」


「はい。では、軽く」


 ぴん、と耳が立った。

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