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プロローグ

 デーモンクライというRPGがある。プレイヤーは勇者となって魔王を倒すというありきたりなストーリーのゲームだ。ありきたりすぎたせいか、続編はない。


 笹野……いや、ここではもう『ベル』と呼ぶべきなのだろう。


 ベルはそのRPGの世界で目を覚ました。


(……寝てみても何も変わらないか)


 正確に言うと一日前に目を覚ましていた。今腰かけている石の祭壇の上で。


 ベルはため息を吐きながら一日前の出来事を思い出してみた。


 気がつくと目の前に廃れた神殿のような世界が広がっていた。石でできた床はひび割れており、規則的にいくつも伸びた太い柱は欠けているものもあって屋根はない。見上げると青い空が広がっていたことはなんとなく心を落ち着かせたが、それも一瞬だった。


 すぐに不安が押し寄せてきた。


 ここはどこ。


 家にいたはずであった。家で寝転がりながらゲームをしていて、クリア後にもう一度やり直そうと、『はじめから』を選んだ。それが気づけばこんなところにいた。家でもなければ日本でもなさそうな、身に覚えのない場所。しいて言うならゲームの中の神殿に似ている気がした。


 彼女は混乱して、この場を歩き回った。そうしてここが高い山の天辺に位置していることと、自分の容姿がおかしいことに気がついた。


 ベルは昨日同様、己の頭に手を持っていってそれを確かめた。


(やっぱり、ついている……)


 指先にふさふさとした感覚がある。軽く引っ張ってみても抜けず、頭皮が引っ張られている感覚もする。それから後ろを振り返ると長くてふさふさの黒いものがうねうねと動いた。こちらも引っ張ってみたが抜けなかった。


 つまり、動物耳と尻尾が生えているのである。人間の耳がないことは確認済みだ。


(服も変わらずか)


 視線を落とし、スカートの裾を持ち上げてみる。服装は黒と赤を基調としたゴシックロリータ。こんなに可愛い服は買ったこともないし着たこともない。身に覚えのないものだった。しかし、彼女には思い当たる節があった。


 動物耳に尻尾、それから黒と赤のゴシックロリータ。尻尾に赤いリボン。


 ゲームを『はじめから』した時に設定したキャラクターだ。


 黒猫の獣人で黒と赤のゴシックロリータを着た『ベル』という名の女の子に設定した。今の姿はそれそのものだった。つまり、彼女はゲームの中のキャラクターになっているというわけだ。


 昨日は有り得ないと半ば自嘲気味に笑いながら頭を振って、考えを改め直そうと思ったが、気になったのでいくつか試してみた。


 まず、ステータスが見られるかどうか試した。


 見られた。四回目の『はじめから』になるので揃いに揃った装備や限界まで上げられた能力値が見られた。ゲーム画面のように。思考一つで画面を出したりしまったり、さらには物を出したりしまったりできる点はVRゲームのようだった。


 次に魔法やスキルが使えるのか試した。


 使えた。足の速くなるスキルを使ってみたら物凄い速さで動けるようになった。また杖を装備してゲームでよく使っていた呪文を唱えたら難なく使えて柱の何本かが吹っ飛んだ。なんなら呪文など唱えずとも魔法は使えた。ただ、杖を外に出していないと使えなかった。そこはゲームシステムと同じだった。


 そう、ゲームシステムと同じだったのだ。それでようやく、ゲームの世界に入り込んでしまったという実感を得た。


 お気楽な夢ではないことも確認済みだった。


 頬をつねった。痛かった。水の魔法で出した水を飲んだ。普通の水だった。耳をすませば鳥の鳴き声が聞こえたし、目を閉じれば真っ暗になった。


 もっと言えばそうして実験している間に日が暮れて空は真っ暗になり、気温も下がったらしく肌寒さを感じて服を変えた。さらに、飢えも感じた。腹が減って仕方ないのである。


 時が経っている。時間の経過という概念がある。


 何もかも普通だった。感覚もいつもと変わらない。獣人だからか音や匂いに敏感みたいだが、感じるという点においてはいつもと変わらない。つねれば痛いし水だって飲める。


 本当に、ゾッとするほど、現実だった。


 最後の頼みの綱に『寝て起きたら夢だった』という、俗に言う夢オチかもしれないと寝てみた。ここまでが昨日の話だ。そして先程目覚めたわけである。


 目覚めて元の世界に戻っていれば、やっぱりなと笑って済ませるところだったのだが、世界は相変わらず寂れた神殿だった。自分の部屋ではない。


「ニャんでこんニャことに……」


 おまけに口から出る言葉は典型的な猫語だ。


 彼女は頭を抱え、しばらく考えてから「よし」と言って祭壇から降りた。思考の時間は短かった。


(こうなってしまったことは仕方がない。何とか元の世界に戻れないか探りながら生活していこう)


 彼女は今日この瞬間、この世界で『ベル』として生きることに決めた。


 考えてみれば好機である。前々からこういうゲームの世界に入り込んでみたいと思っていたし、最強ステータスなら困ることもなさそうだ。それにここが思った通り『デーモンクライ』の世界なら、もう四周目になるので地図も頭の中に入っている。現実世界よりEASYモードかもしれない。元の世界での自分がどうなっているのかは気になるが、好奇心が勝った。


 それでもほんの少しは元の世界に戻りたいなんていう、ある種ホームシックのような気持ちがある。元の世界への帰り方を探っておいても損はないだろう。いつでも帰れるようにしておいて、この世界での生活が気に入ればここにずっといても良いのではないかとベルは安易な考えに行きついた。


 こう、楽観的に考えてしまうのは仕方がない。


 なんたってここは何度もやり直しをするくらい大好きなゲームの世界!


 ベルは昨日とは一変してうきうき気分で神殿の端まで走った。眼下には青々とした木々が広がっている。見上げれば澄んだ空。空気を肺いっぱいに吸い込めば、頭も体もすっきりした。


(うん、悪くない!)


 右手を顔の横に出す。クリスタルでできた、先の曲がった杖がいつの間にか握られていた。曲がったところにはこれまたクリスタルでできた小さな鐘がぶら下がっている。


「まずは情報収集、それから生活拠点を探そう!」


 ベルは杖に横座りした。杖は音も立てずに浮き上がり、ゆっくりと出発した。

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