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煙突掃除のフリック 第七話

 ヘルダは思わず、助かったと思った。サリエルが貴賓の前でニワトリの物真似を披露して、誰も何も言えないような空気になるよりはマシであると。


「君は……誰だね」


 呆気にとられたまま、ディミトリが押し出すようにつぶやく。


「いやいや名前なんて、おいらただの煙突掃除だからさ、はい、今出て行きますんで今、失礼します」


 その少年……顔も服も煤で真っ黒のフリックは、そう言ってダイニングの正面入り口から出て行こうとする。


「君……君……そこは御客様用の出入り口だから……」


 ディミトリはそう言ってフリックの肩を掴むが、すぐに離す。ディミトリのてのひらはたちまち真っ黒になってしまった。


「ああっ、ごめんなさい、隣が通用口ね、はい、はい」


 フリックはまた会釈をして、ダイニングの両開きの扉のすぐ隣にある、少し小さな扉から廊下へと出て行く。



「……今の少年も使用人なのですか?」


 アンドレイがぼんやりとした表情のまま尋ねる。


「い、いいえ……違いますわ」


 最初に答えられたのはサリエルだった。この屋敷で一番背が低いのはポーラだが、今の子供は明らかにポーラより背が低かったように見えたし、多分男の子だった。それにポーラが暖炉の中から煤まみれで出て来るとは思えない。


「それでは……不審者ではないのですか?」


 アンドレイがそう聞き返した瞬間。



「ヒエッ! 出たあああぁぁぁぁ!」


 少年の叫び声がした。その後で。


「お待ちなさぁぁい!」


 もう一つの叫び声が続いた。アンドレイもサリエルも他の皆も、それをエレーヌの声だと思った。


 アンドレイは再び紳士らしく素早く席を立ち、廊下に向かおうとする。しかし今度はサリエルもすぐに動き、アンドレイに先立って動いた。

 いち早く廊下に飛び出したサリエルが一瞬だけ見る事が出来たのは、廊下の角を左に曲がって駆けて行くエレーヌの、青いイブニングドレスの裾だけだった。


「お嬢様!?」


 廊下の黒い煤跡もそっちの角の方に向かっている……まさかエレーヌはあの煤だらけの少年を自ら追い掛けているのか?


 そこで思わず立ち止まってしまったサリエルを追い越し、アンドレイは廊下の角まで走って、そこで左右を見渡す。角の左側には、誰も居ない。


「ああっ、今、煤だらけの小僧を見なかったか」


 そして角の右側、少年とエレーヌが消えた逆の方から、初老の男……筆頭庭師のエドモンが慌てて走って来て、アンドレイに何か尋ねようとする。サリエルは慌ててその間に入る。


「エドモンさん、こちらはお嬢様の大事な御客様ですのよ」


 それは心にもない台詞だったが、サリエルはきちんと言う事が出来た。


「こ、これは失敬」

「構わない。あの少年に心当たりがあるのですか」

「あ、あいつは煙突掃除の小僧で、俺は確かに外の使用人長屋の煙突の掃除をあいつに頼んだんですが……あいつまさか、屋敷の煙突まで勝手に掃除してるのか! それも御客様がいらっしゃる時に!」


 アンドレイは、煤の跡が続く廊下の反対側を見つめながら尋ねる。


「もう一つ気になる事が。先程からその少年が、化け物でも見たような事を言っているのだが」


 サリエルは一刻も早くエレーヌを追い掛けたいという気持ちにも駆られていたが、この場でのアンドレイとエドモンの会話も気になっていた。


「化け物だって……まさかまた怪人じゃないだろうな」

「怪人?」

「エドモンさん、それは……!」


 サリエルも思わず口を挟む。それはアンドレイに聞かせても大丈夫な話なんだろうか? しかし、エドモンは話してしまった。


「最近、屋敷の周りにおかしな奴が出るんです、勝手にそのへんを掃除したり、正門の近くをうろうろしたり……みんなそいつを怪人と呼んでいます」

「それは……」


 アンドレイの顔色が曇る。サリエルは察する。エドモンが言っているのは屋敷に出る黒髭くろひげに帽子の不審者の事だが、アンドレイは自分が伯爵屋敷につけた密偵の事を言われているのだと思ったのかもしれない。


「あの、とにかく私共使用人が見て参りますので、お客様はどうか、ダイニングにてお待ちいただければ……」


 とにかくサリエルは、そう言ったのだが。


「エレーヌ殿に何かあっては大変ですし、こういう時は男手が必要でしょう。とにかくこの煤跡を辿ってみましょうか」


 アンドレイはそう言い、上着のポケットから白い手袋を取り出して身につけつつ、煤跡の続く玄関ホールの方へと急ぎ足で歩いて行く。


「あ……お待ち下さい、あの」


 サリエルはそう言いながら、アンドレイについて行く。


「俺は念の為屋敷の外周を探そう!」


 エドモンはそう言って、元来た方向へと戻って行く。




 一時的に無人になった、屋敷の大廊下とダイニングへ続く廊下が交差する三叉路の、大廊下側の壁にある、三十センチメートル四方程の、金属製の扉が開く。これは掃き掃除などで塵取りに集めた、砂埃を捨てる為のハッチである。

 煤だらけの少年、フリックはそこから這い出して来た。


「あー、びっくりした……嫌な屋敷だなあ、いかにもお化けが出そうだと思ってたんだ……」


 フリックは体についた砂埃を払おうと、自らの服を叩く。それでさらに、煙突掃除の煤が廊下に飛び散る。


 次の瞬間……ホール側の壁に飾られていた、大きく口を開けた河馬を描いた六十センチメートル四方程の絵画が、まるで扉のようにパカッと開く。


「そんな事だろうと思ったわよ!」


 扉のように開いた額縁の向こうから現れたのは、青い絹のイブニングドレスを着た怪人だった。

 その顔を覆う巨大な魔神の仮面は、遥か東南の海の彼方で作られた物で、現地では魔除けとして家の玄関などに飾られる物なのだが……


「ぎゃあああああああ!」


 フリックはハッチから廊下へと飛び出して駆け出す。

 悪魔も逃げ出すという恐ろしげな魔神の仮面をつけた、伯爵令嬢エレーヌもすぐに追い掛けようとしたが、その縦四十センチメートルもある楕円形の仮面が隠し扉の枠に引っかかり、少し遅れる。



「来ないでぇぇええ!」


 フリックはバケツと短いデッキブラシも持っていた。バケツには雑巾や小さなブラシの他、黒々とした髪の毛の塊も入っていた。


「お待ちなさい! 返せ! 返しなさい!」


 魔神と化したエレーヌは腕を振り上げながら少年を追う。さすがのエレーヌもイブニングドレスにハイヒールでは、全速力の半分も出す事が出来ず、すばしっこい少年にはなかなか追いつけなかった。

遅筆で申し訳ありません……最低でも週一本は更新したいと思います……

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