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伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートの平凡な日々  作者: 堂道形人
マッチ売りの少女アリーセ

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マッチ売りの少女アリーセ 第十六話

更新が遅れまして申し訳ありません、今週中にはきっと次話も更新させていただきます。

「グスン……いけない、私ったら自分の事ばかり……そうだわ! どうしましょう、私ディミトリにこれと同じミトンを買って来るように御願いしていたのよ……サリエル? どうなさいましたの、具合が悪いの?」


 一旦サリエルから少し離れた、だけどサリエルの左腕に抱き着いたままのエレーヌが、心配そうにサリエルの顔を覗き込む。


「だ、大丈夫ですわ……」


 混濁した意識の中でサリエルが答えられたのはそれだけだった。けれどもサリエルの脳裏で嫌な予感の種が芽を出したのもその時である。


「あの時はまさか、お母様が同じ物を買って下さるとは思ってもおりませんでしたの……」


 エレーヌはうつむき、あのメッセージカードをもう一度広げる。


「梟の……森?」


 エレーヌがサリエルの腕から離れた。サリエルの脳裏の嫌な予感の双葉が開く。


「まさか……このミトン、梟の森のショーウインドウにあったものではなくて!?」


 エレーヌは慌しくミトンをあらためる。果たして。ミトンには日付らしき数字の書かれた小さな札がついている。


「これは……売約済みの札ですわ!」


 エレーヌはサリエルの顔を見る。

 サリエルはつい、エレーヌから視線を逸らしてしまった。何と言う事か。自分も店員もこの札には気づかなかった。サリエルはどうにかミトンの方を見ていたが。


「あの……十二と十四というのは……このミトンのサイズの事かもしれませんわ」


 苦し紛れに、サリエルはそう言った。実際サリエルはそれで何とかなるのではないかという期待を持っていた。

 しかしエレーヌはその数字の意味を知っていた。この札は十二月十四日、すなわち明日の閉店までを期限に売約者が居るという事を示している。


「……行ってみるわよ。あのテーラーに」

「お嬢様、もうじき夕食の御時間ですわ、今夜のメニューはスモークをカプレーゼに、ソテーをメインに据えた極光鱒尽くしですのよ」


 サリエルはそう言いながらも解っていた。どのみち走り出したお嬢様は止められない。嫌な予感の茎が伸び、葉が茂り、枝分かれしてまた伸びて行く……


「いいから早くその鞄を置いてらっしゃい」

「お嬢様、それにあの様子では馬車はしばらく外に出られませんわ、馬達は疲れてますしお腹も空いているのでは」

「走って行けばいいじゃない。結構よ、私は一人でも行くわ!」

「お、お待ち下さいお嬢様、学院の制服のままというのはその、はしたのうございます、お嬢様!」


 エレーヌはミトンやリボンを袋の中にしまう。そして学院の制服のまま、走って屋敷の門を飛び出して行く。

 サリエルはエレーヌの学生鞄を玄関ホールで見ていた別のメイドに託すと、メイド用のロングドレスを着たまま、エレーヌを追い掛け疾走して行く。


 サリエルには解っていなかった。エレーヌが何故このミトンが売約済みの品であった事をそこまで気にするのかを。火曜日のエレーヌは、その事を承知の上でどんな手を使ってでもこのミトンを手に入れるというような事を言っていたのに。



   ◇◇◇◇◇



「やっぱり! 無いわ! ここにあるはずのミトンが無い!」


 すっかり日の落ちた街角のショーウインドウにすがりつき、エレーヌは叫んだ。


 追いついたサリエルは肩で息をしつつ、これから起こる出来事に思いを馳せる。今回は一体何がいけないというのか? 全く想像が出来ない。


「お嬢様、美しいお嬢様が街角で大声を上げてはみだりに殿方の視線をきますわ、そうでなくても淑女は家に居る時間でございます、今夜の所はどうか、お屋敷に御戻り下さい」

「このミトンを何方どなたがお買い求めになったのか、いてみなくては」


 エレーヌはサリエルを無視してそうつぶく。サリエルは悲鳴を上げそうになるのをこらえ、エレーヌと店の入り口との間に立ちはだかる。


「お待ち下さいお嬢様、制服姿で商店に立ち寄る事は校則で禁止されておりますわ、私、側仕えの者として見過ごす事は出来ません」

「いいからどきなさい」

「出来ないものは出来ません! どうしてもとおっしゃるのなら、このサリエルの屍を踏み越えてお進み下さい!」

「ちょ、ちょっと、そんな事大声で言うんじゃないわよ、皆見てるじゃない」

「ここでお嬢様の御手討ちを頂くなら臣も本望にございます! さあ殺して下さい! 私は魂となってお嬢様をお守り致しますわ!」


 サリエルの本気の抵抗、そのあまりの剣幕に押され、さすがのエレーヌも二歩後ずさる。


「アンタだって前に制服姿で本だの硝石だの買いに行ってたじゃない……」


 エレーヌは自分でそう口に出す事で、その時もサリエルは抵抗していたという事を思い出した。


「……いいわよ。だけど貴女いつからそんなに校則にうるさくなったのよ。解ったわよ。では貴女が行って事情を聞いてらっしゃい」

「は……はい?」


 サリエルは目を丸くして答える。エレーヌにそう言われるのは当然と言えば当然だったのだが。

 サリエルはメイドのお仕着せで来ているのだから校則には違反しない。まあそれは正直、昼間制服姿でこの店に入店していたサリエルにはどうでも良い事だったのだが。


「このミトンはあのショーウインドウに飾ってあったミトンなのか。このミトンを買ったのが誰なのか。以前このミトンを予約していた人はどうしたのか。聞いてきて下さるかしら」


 エレーヌはそう、真顔で言った。


「あ……あああ……はい……畏まりました……」


 そう答えながらもサリエルは頭の中で必死にこの抜け道を探す。出来ればこの店には入りたくない。しかしお嬢様の命令に逆らう理由も思いつかない。


「お嬢様は、こちらで、お待ち下さい」

「解ったから。きちんと聞いてきなさい」


 サリエルは手足を同時に出しながら店の入り口へ向かう。そして店の入り口で一度、エレーヌの方を見る。


「お嬢様……長い間お世話になりました」


 念の為サリエルは小声でエレーヌに最後の挨拶をしておく。

 そして改めて扉に向かい、その取っ手に手を掛ける……しかしその扉は非常に重く。サリエルはなかなか開ける事が出来ない……勿論実際に扉が重いのではなく、気分が重いのだが。


 エレーヌは腕組みをしたままただじっと見ている。


 サリエルは深呼吸をする。何が出るのだろう? この扉の向こうに何が? 今度こそあの男性店員に見つかり、侵入犯だと見破られてお縄を頂戴する事になるか。そこまで悪くなくても、あの商品は予約品だったので返して欲しいと言われるか。あのミトンがお母様からのプレゼントではないと知ったら、お嬢様はどんなに怒られるか……サリエルはようやく扉を開け、静かに店内へと滑り込む。

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