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伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートの平凡な日々  作者: 堂道形人
マッチ売りの少女アリーセ

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マッチ売りの少女アリーセ 第二話

 アリーセが立ち去って数分後。



「ホーッホッホッホ! 悪くないミンクのマフラーですのに、たった三百九十フラムとはどういう事かしらねぇ! サリエル! もしかしてあのブティック、もうじき潰れるのではなくて?」


 戦勝記念通りの四辻のテーラー前へと歩いて来たのは、狐の毛皮のコートを身にまとい上機嫌で孔雀の羽根の扇を揺らす、伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートだった。

 その後ろに控えているのは彼女専属のメイドのサリエルである。サリエルは色々な店の買い物袋やら商品の入った箱やらを持たされていた。


「お嬢様、お声をお控え下さい……それではまるで下品な成金のようですわ……」

「下品な成金!? ホーッホッホッホ! そのような邪推をされる方がいらっしゃるのならむしろ愉快ですわねぇ、わたくし、下品な成金などではございませんわ。私はカトラスブルグに四百年続く伯爵家の後継者、エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートですのよ!」


 エレーヌはそう言ってまた高笑いをして、扇でヒラヒラと自らをあおぐ。今宵のカトラスブルグは氷点下に迫る寒さなのだが、もふもふの毛皮のコートに革手袋をつけ毛皮のブーツまで履いたエレーヌにとっては少し暑いくらいだった。


「あの、お嬢様、そろそろお帰りになりませんか? 今夜はジェフロワがお嬢様の好物の極光鱒をホワイトソースのシチュー仕立てにして四種のきのこと煮込んでらっしゃるそうですが」


 サリエルの方はごく普通の臙脂色のメイドのお仕着せの上に島国風の防水コートを着ている。これは軍人が塹壕で着る為に開発されたコートだと言うが、海の向こうでは女性が着るのも流行っているらしい。


 しかしエレーヌはサリエルの話を聞いていなかった。エレーヌの視線は、普段は目にも留めない庶民用テーラーのショーウインドウに釘づけになっていたのである。


「何、これ……」


 エレーヌはショーウインドウに駆け寄り、両手でべったりとそのガラスに触れる。ただしエレーヌは黒い牛皮の手袋をつけているので手垢はつかない。

 サリエルもエレーヌが凝視しているそれを見た。


 それは白い毛糸で編まれたミトンだった。大きさからしてもデザインからしても女児用のようだ。

 そしてそのデザインは奇抜で微妙だとサリエルは思った。ミトンの手の甲の部分にはうさぎと思われるキャラクターの顔がついているのだが、妙に目の位置が高く顔が細い上に変にリアルで全く可愛げが無い。はっきり言えば気持ちが悪い。

 顔がこんな感じだとこのうさぎ、八頭身で二足歩行していそうだ……サリエルはそう思った。


「子供用ですわね……ですがこれは子供も着けたくはないのではないかと……」

「何をおっしゃるの!? こんなに可愛いのに!!」


 サリエルはミトンを凝視し続ける主人の横顔をそっとうかがう。どうやら今のはジョークではないらしい。彼女の主人は本気でこれが好きなようだ。


「そ、そう言われてみれば趣がある気が致します、申し訳ありませんお嬢様、私には侘び寂びのセンスは無いのです」

「買ってらっしゃい」

「は……はい! あの、お嬢様は入店なさらないのですか?」

「残念ですがショーウインドウがあるような新世界風の浅ましい店に、伯爵令嬢である私が入る訳には行きませんわね。良い物を置いてらっしゃるのに……そうだわサリエル、買い物ついでに店の主人にたっぷりと嫌味を言ってらっしゃい」

「……かしこまりました」


 サリエルは空返事をして店に入って行く。




 数分後。サリエルは店から出て来る。サリエルはここまでずっと伯爵令嬢の買い物に付き合わされ、たくさんの買い物荷物を持っていたのだが、この店で増えた買い物袋は無いようだった。


「申し訳ありません、このミトンは売約済みなので売ってはいただけないそうですわ、それに一点物で同じ物は無いと……」


 外で待っていた主人に、サリエルは頭を下げて詫びる。エレーヌはその下げた頭に思いきり閉じた扇を叩きつける。


―― スパーン!


 かなり良い音が響き、近くの歩道を歩いていた人々だけでなく、通りすがりの辻馬車の乗客までがエレーヌとサリエルの方を向いた。


「貴女今何分私を待たせていたとお思いですの!? それでようやく出て来たと思えば何ですって! 買えなかった!? ミトンはここにございますのよ! 貴女何年屋敷に仕えてますの! 子供の使いではございませんのよ!!」


 エレーヌの扇の中骨は竹で出来ているが、親骨は黒檀こくたんで出来ており重量感があって結構痛い。エレーヌの腕力の強さもあり、サリエルの目には軽く星が飛んでいた。


「申し訳ありませんお嬢様、どうかお声をお控え下さい、往来には皆様の耳目じもくもございますわ」


 サリエルも勿論叱られると思ったので、店内でかなり粘って来た。しかし若い女性の店員は、他の御客様が先に予約した品物であると言って譲らなかった。


「無い物を買えと申し上げているのではありませんのよ! ここにあって、売ってもいる物が何故買えませんの!」

「ですからお嬢様、これは売約済みであるとお店の方が……」

「貴女ね、どうせ判で押したような返事しか出来ない雇われ店員とでも話したのでしょう! 責任者は! 店のオーナーとは話しましたの!?」

「お、おっしゃる通りでございます、店のオーナーは既に帰宅されておられていて、今日はもう従業員の方しか……明日にはまたお越しになるそうですが」

「それまでにこのミトンが売れてしまったらどうなさるの! とにかく! 私が直接話をつけますわ! 本当に役立たずなんだから!!」

「お、お待ち下さいお嬢様っ……!」


 エレーヌは肩を怒らせ踵を返すと、足音も高く店の入り口へと突進し、肩で体当たりをするように扉を開けてその、市民の間では十分格式が高いと思われているテーラーへと突撃する。サリエルも荷物を抱えたまま慌てて後を追う。


 扉は閉まり、往来はまた十二月の夜に相応しい静けさと、慎ましい程度の賑わいを取り戻す。



 それから数分後。



 テーラーの扉が開いた。そこから現れたのは勿論伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートでその表情には喜怒哀楽、いかなる感情も浮かんではいなかった。

 その従者サリエルもエレーヌに続いて出て来るが。彼女の方は店の出口の所でもう一度店内に振り返り、無言で何度も深く頭を下げる。


 エレーヌは音もなく往来に歩み出すと……再び、今出て来たテーラーのショーウインドウに飛びつく。


「何故……何故ですのッ!? 何故売っていただけませんの……ッ」


 ショーウインドウの前で膝をつくエレーヌ。サリエルも慌てて駆け寄る。


御労おいたわしゅうございますお嬢様……ですがお嬢様、やはりこのミトンはそもそもお嬢様の手には小さ過ぎるように見受けられますわ」

「毛糸だから伸びるわよ! 第一私の手はそこまで大きくございませんわ! このミトンなら十分入りますわよ!」

「それに、その……このデザインはやはりその、今のお嬢様の御召し物にも、他のドレスや制服にも、合わないのではないかと……」

「でしたらこのミトンが似合う服も買いますわ! 私が欲しいのはこのうさぎのミトンですのよ……! 何故……何故私の物に出来ないの……」


 がっくりと肩を落とし下を向くエレーヌ。サリエルはその傍らに、母や姉のように優しげに寄り添う。


「お嬢様……世の中、こういう事もございますわ。さあもう帰りましょう、このミトンはもう他の方が予約をなされているのです。いくらお嬢様が世界一美しい伯爵令嬢でも、手に入らない物もあるのですわ」


 そう諭すように言うサリエルを。エレーヌは横顔を上げて睨みつける。


「何をおっしゃいますの……私、少しも諦めてなくてよ……! このうさぎのミトン、絶対に私の物に致しますわ!」


 エレーヌは再び肩を怒らせ拳を握って立ち上がり、踵を返すと、脇道の方に停車させている伯爵家の豪華な四頭立ての馬車の方へと大股に歩いて行く。


「お嬢様? あの、お待ち下さいお嬢様、それは一体……」


 サリエルも再び大荷物を抱えてエレーヌを追い掛ける。


 カトラスブルグに、冬のホリデーシーズンが近づいていた。

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[良い点] 列車強盗やったり騎士団と銃撃戦やったりカーチェイスやったりで もしかして、エレーヌお嬢様は実はおっさんなのでは説が、俺氏の中で定説になりかけてましたが やっぱりお嬢様は、どうもちゃんと女…
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